★★★Christmas Smile★★★
午後になり、あかねと千歳は昼食を買いに出掛けて行った。
友雅と文紀とまゆきの三人は、家中の水道や電気の点検をしたり、庭の落ち葉を片付けたりしながら留守番。
塀の高さより少し長い紅葉の木は、もう数枚の枯れ葉を残して寒そうに立っている。
庭付きの4LDK一戸建て。築40年余りになるらしいが、丁寧なリフォームや増改築が施されており古めかしい感じはない。
元々は彼女の曾祖父が持っていた土地で、両親が結婚を機に譲り受けて家を建てた。
新婚生活から始まって、この家で子どもが生まれ育って行った。
あかねと、あかねの両親の記憶のすべてがここにある。
そのせいなのか、彼女の実家に来るたびに感じるのは穏やかさと優しさだ。
橘家とはまるで違うのに、不思議な懐かしさ。包み込まれる和みの空気。
若い夫婦が家を建てるというのは苦労も多かっただろうに、そんな気配は一切残っていない。
住人の人となりがこの家にはある。
夫と妻と、そして娘の心が今も生きている。

-------夕べのことだ。友雅は、あかねから気になる話を聞かされた。
彼女の両親が何故、半月近くも長く帰省することになったのか。
「定年後のことを考え始めてるんですって」
沖縄支店開業に合わせて支店長に任命され、夫婦揃って現地に引っ越した両親。
あれから6年が過ぎて、父も定年の時期が近付いて来ていた。
「一応65までは大丈夫なんで、まだ結構時間はあるんですけど…」
早めに考えなくてはいけないこともあると、電話では話していたのだそうだ。
その一番の問題が、留守にしたまま残っている実家の存在だった。
沖縄生活もすっかり慣れて、一人娘は既に嫁いだ。
今後、あの家をどうするのが良いのかと悩んでいるらしい。
「向こうに定住するつもりなのかい?」
「うーん、そこが決めかねているらしいんです」
慣れたとは言っても、ずっと生活していた土地から比べたらまだまだ。
それに、沖縄の家は元々橘家の別荘のひとつで、向こうに住むのならと無償で提供してもらっている。
交通の便も良く、広々として暮らしやすい家で不満はないのだが…。
「定住するのなら、正式に譲っても構わないよ」
「うん、綺麗で使いやすくて住みやすいとは言ってますけど、でもねー…」
そう、この家は両親にとって宝物みたいなもの。
自分たちのすべてが詰まった、かけがえのない家なのだ。
「定年後はこっちに戻るつもりで?」
「そうしたいのだけど、ほら、帰って来ても結局はいずれ空き家になっちゃうから…」
話はまた元に戻る。
仮にこちらで再び生活を始めるとして…もだ。一人娘のあかねは既に住まいが別にあり、ゆくゆくはやはり空き家になってしまう運命。
それならば、実家を処分してこちらで暮らしても変わらないのでは…という考えも捨てきれないらしい。
「大切な一人娘を私が奪ってしまったからね」
「そんなこと言わないでくださいよ。誰と結婚したってそうなるんですから」
「別の男と?それは例え話であっても許し難いな」
優しく手首を抑え込まれ、優しく強引に押し倒される。
自分の重みで動きを阻止し、ベッドの中から逃げられないようあらゆる手段を講じる。
「話がまだ終わってませんってー」
「じゃあ約束して。他の男と結婚するなんて想像は二度としないって」
「最初から出来ませんよ、そんなこと」
彼以外の人と結ばれて家庭を持つ?
こんな幸せを与えてくれる人が、彼のほかに居る訳がない。

それは友雅も同じだった。
あかねが自分に与えてくれたものは、すべて幸せが詰まっている。
その集大成が、庭で楽しそうに掃除をしている子どもたち。
この家で生まれた彼女が、たくさんのかけがえのないものを友雅にくれた。
彼女が育ったこの家を永遠に守り続けていく方法があるとしたら、自分はどんなことが出来るだろう---------。

「あ、母様たちが帰って来たみたいだ」
駐車場からエンジン音と、赤い車のボディが見えた。
友雅たちは庭から裏口を通って駐車場へ向かう。
「ただいま帰りました。ついでに買い物もしてきちゃいましたよ」
お昼ご飯を買いに行ったショッピングモール内にインテリアショップがあったことに気付いた二人は、さっそく色々なものを買い込んで来た。
千歳が言っていた座布団とこたつ布団のカバー。内側にボアがついたルームシューズ。
ホットカーペットのカバーに膝掛け、ソファカバーも暖かさを考えた素材と色合いで揃えた。
「だって沖縄からこちらに来たら、寒さでびっくりして風邪ひいたりしたら大変だもの!」
冬でも20℃を超える日が多い沖縄と、日中でも二桁に届かない気温が多いこちら。
いくら長年住んでいた土地だとしても、急激に寒暖差のある地域の移動は十分注意が必要だ。
「だから、あったかい色やあったかいもので過ごしてもらえたら良いなって思ったの」
「で、ついつい買い過ぎました」
「まあ良いんじゃないかな。暖かそうな部屋で、おじいさまたちもきっと喜ぶよ」
「そうよね!」
自分のために、孫たちからの手厚いおもてなし。
それだけで祖父母の心は春のように暖かく感じるに違いない。
「さあ、お昼にしましょ。食べたら模様替えをして、お庭の掃除をしておしまいね」
キッチンで湯を沸かし、買って来たものをレンジで温める。
インスタントでも熱いお味噌汁は、寒い冬の食卓に欠かせない。

「ねえ父さま、お庭には何もお花がないのね」
「ん?そうだね、冬は寒くて花も咲かないものが多いし、今は育てる人がいないからね」
橘家の庭は常に花でいっぱい。
今もパンジーやビオラ、ノースポールやシクラメンなどが咲いていて、毎日目を楽しませてくれる。
玄関先には色や種類の多いハボタン、和風建築の家屋にぴったりの南天やセンリョウの赤い実も鮮やか。
それと比べると確かにまゆきの言うとおり、現在の元宮家の庭は少し寂しげ。
「昔はうちもビオラとか毎冬植えてましたけどね」
梅や楓や紫陽花やコデマリなどは、管理会社の庭師が手入れをしてくれている。
季節になればそれらは花を咲かせてくれるはずだが、季節限りの花は愛でる者がいてこそ。
「うちのお庭の植木鉢をもってきてあげたら、おばあちゃまたちよろこんでくれるかしら?」
……なるほど。寄せ植えの植木鉢なら、手入れも簡単だし華やかだ。
しかもあかねの両親が沖縄に戻ったあとは、橘家に持って帰って世話をしてやれば良い。
庭に植え付けることは無理でも、移動が簡単な鉢ものなら大丈夫。
「みんなは本当にアイデアが豊富だねえ。父様たちはとても敵わないよ」
次から次へと発見しては、それらを形にする想像力は感服するばかり。
名プロデューサーと名コーディネーターの子どもたちに、二人はお手上げ状態だ。







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