★★★Christmas Smile★★★
ジングルベル、もろびとこぞりて、きよしこの夜…。
12月はどこにいてもクリスマスソングが聞こえてくる。
定番のクリスマスキャロル、懐かしいJ-POP、毎年新しいクリスマスソングも生まれる。
「ひいらぎかざろうー」
「ファララララーララーララー」
「晴れ着に着替えて」
「ファララララーララーララー」
家の中でも、子どもたちの歌声が響く。
リビングの大きなクリスマスツリーに、歌を歌いながらみんなで飾り付け。
白いコットンのモールで雪を。カラフルなグラスボールで彩りを。
オーナメントはたくさんあるけれど、今年は更にいくつか新しく買い足した。
いつもより華やかに賑やかなクリスマスツリーにしようと、子どもたちは例年以上に張り切っている。
それには、それなりの理由があるのだ。


-----------------遡ること2週間ほど前から始まる。


夕食の準備を始めようとしたあかね宛に、一本の電話が掛かって来た。
思いがけない相手からの、思いがけない連絡。
まず、あかねは友雅に電話の内容を伝えてから、全員が揃った夕食の席で正式に発表した。
「えーと、いただきますの前にちょっとみんな聞いてくれる?」
きちんと正座した子どもたちは、母の声に改めて背筋を伸ばした。
「実は今日の夕方に、沖縄から電話がありました」
沖縄からの電話というのは、あかねの両親…つまり子どもたちの祖父母からの電話である。
孫へのクリスマスプレゼントの相談かと思ったが、中身は全く違っていた。
むしろ子どもたちにとっては、プレゼント以上の嬉しい知らせ。
「おじいさまとおばあさまがね、年末年始にこちらに来ることになりました」
「えええっ!?」
正座していた子どもたちが、一斉に声を上げて身を乗り出した。
「いつ!?いついらっしゃるの!?クリスマス?!一緒にパーティー出来るの!?」
「こらこら、一度に言われたら母様も答えられないよ」
千歳のハイテンションに思わず苦言をしつつも、微笑ましさに笑顔は隠せない。
祖父母に会えるそれだけのことで、こんなにも喜びを露にできる素直さが何とも愛らしくて。
改めて、あかねが話を続ける。
「クリスマスだけじゃないわよ。お正月も一緒よ」
落ち着いてと言ったばかりなのだが、彼らの高揚はもう抑えようがなかった。
12月21日から来年の1月7日まで、なんと半月以上の期間をこちらで過ごすことになる。
つまり子どもたちは冬休みの間、ずっと祖父母と過ごすことができるのだ。
これまでも長い休暇を利用して沖縄に行ったり、祖父母も含めて家族旅行したりしていたが、こんなに長く一緒にいられるのは初めて。
限られた数日の中で、あれもこれもと予定をぎっしり立てたりしたけれど、今回はそんなに欲張らなくても大丈夫。
「そういうことなので、今度の土日はお家のお掃除に行きます。みんなも手伝ってね」
「お家って、母様の生まれたお家?」
「そうよ。おじいさまたちが帰ってくるから、綺麗にしないと」
友雅とあかねは橘家の客間で過ごすことを勧めたのだが、今回は長期滞在になるため実家の方が気楽だと言われた。
やはり我が家が一番落ち着くのだろう。長年住んでいた家、思い入れが違う。
それに、橘家と元宮家の距離はそれほど遠くはない。徒歩では30分以上掛かるが車なら15分程度、行き来するのも簡単だ(沖縄と比べたら)。
「クリスマスとお正月はこっちに来てくれる約束よ」
「じゃあ、クリスマスのごちそうもおせちもたくさん用意しなきゃ!」
まだ少し先の話なのに、夕飯もそっちのけで千歳たちは浮かれ気分。
せっかくの暖かいグラタンが冷めてしまうから、続きは食事のあとでと促してようやく夕食が始まった。

そして週末。
仕事が休みの友雅も一緒に、家族全員で元宮家を訪れた。
空き家状態になって数年経つが、橘家が管理会社を手配しているため傷みは全くない。
月に一度の清掃や点検も行っており、いつ住人が戻っても日常生活が開始出来る。
「あら、あかねちゃんじゃないの。久しぶりね」
玄関の鍵を開けようとした時、聞き覚えのある声があかねの名を呼んだ。
立っていたのは昔から顔なじみのご近所さんの女性。ちょくちょく母と出掛けたり、町内のイベントも常に顔を出す朗らかな人だ。
「こちらこそお久しぶりです。みなさんお変わりないですか?」
「まあねー、年取っちゃったから色々ねえ」
よくある挨拶を兼ねた立ち話をしていると、あかねの後ろから子どもたちが顔を出す。
「こんにちはー!」
「あーらまあ!みんな大きくなってまあ!」
実家に来る機会が激減したので、近所の人たちが千歳や文紀を見るのは数年ぶり。
まゆきに至っては、実際会った事がある者は殆どいないかもしれない。
「一番下の子がもうこんなに大きいのなら、私も年取るはずよねえ」
時間の流れは誰しも日常の中では気付きにくい。
たまにこうして子どもの成長を目の当たりにすると、否応にも年数の過ぎる早さを知らされる。
「それにしても今日は一体どうしたの?家族全員で」
「実は…」

「そうなの。じゃあ久しぶりにご両親とお会い出来るわねえ、楽しみだわ」
こんな機会はなかなかないから、他のご近所さんにも連絡しておかなきゃね、と言って彼女はその場を立ち去った。
踵を返して家の中に入る。
ああ、懐かしい空気だ。生まれたときから肌に感じていた空気。
あかねにしか分からない思い出の匂いが、この家には今も息づいている。
「母様、どこをお掃除するの?」
「えーと、どうしようかな」
前述の通り、管理会社の手入れが行き届いているので、汚れているところは殆どない。
ゴミもないしホコリもないし…。
取り敢えず部屋の窓を開けて空気を入れ替えて、あとは…。
食器棚をじっと見ていた文紀が、何かひらめいたようだ。
「お茶碗とかお箸とか、よく使うものを出しておいたら便利じゃないかな?」
「あ、それ良いわね。湯呑みとか急須とかカゴに入れてテーブルに置いておくと便利ね」
男の子だけれど、文紀はこういう細かいところに気が利く。
キッチンには食事用の食器、リビングにはお茶用の食器。
湯沸かしポットも手が届く所に置いて、旅館の部屋みたいにお茶菓子を添えたりして。
「ねえねえ母様、お座布団やおこたのお布団も新しいのに替えたらどうかしら」
「それも良いわね。あとで新しいカバーを買いに行きましょうか」
何もすることがないなんて、単なる大人の思い込み。
ここで過ごす人が心地良くあるように、工夫を凝らすことは限りなく存在する。
どうしたら相手の笑顔が見られるか。常にそう考えながら周りを見渡せば色々見えてくる。
子どもたちを導くのが大人の仕事ではあるが、実際は彼らから教えられることの方が多いのかもしれない。




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