★★★Christmas Smile★★★
そして--------時は現在へ。


「ジングルベールジングルベール」
「すずがーなるー」
「鈴のリズムに光の輪が舞うー」
「おー!」
クリスマスソングは二曲目に突入。
相変わらず賑やかな歌声を絡ませて、クリスマスツリーは一層華やかに飾り付けられて行く。
ツリーは子どもたちに任せて、こちらはパーティーのプランを考え中。
「やはりチキンが良いでしょうね。大きめのものなら取り分けられますし」
「ですねー、今回は人数も多いし頑張っちゃいましょうか」
豪華に丸ごと一羽のローストチキンに、毎年作る子どもたちが大好きなクリスマスツリー風のポテトサラダ。
サーモンや生ハムでピンチョスのオードブルと、スープはアクアパッツァみたいな魚介ものにして。
そしてクリスマスパーティーに欠かせない、ある意味メインディッシュのデザートは…。
「おばあさまのケーキ、久しぶりに食べられるから楽しみ!」
ごちそうはこちらで用意してもらう代わりに、ケーキは自分が焼いて行こうと母から申し出があった。
プロには到底及ばないけれど、家庭的で優しい味わいの手作りケーキは孫たちも大好き。
遊びに行くたび作ってくれとせがまれるので、毎回嬉しそうに製菓材料を集めている。
「じゃあ今年は詩紋くんのケーキはいらない?」
「あ、うーん…どうしようかしら」
普段の年は詩紋が作る(というか彼が勤める店の)クリスマスケーキ。
千歳姫ごひいきの詩紋パティシエのケーキ…諦めたくない気持ちが表情からも丸わかり。
「だったら、ケーキじゃないものを頼んだら?」
お店にはクリスマスケーキ以外にも、多くのスイーツが常時並んでいる。
シュークリームやムース、プリンやマカロンならケーキを食べても平気でお腹に入りそう。
「そうするわ!おばあさまたちにも詩紋殿の美味しいお菓子、食べてもらいたいもの」
あかねと祥穂は顔を見合わせて微笑んだあと、献立表のデザート欄に"詩紋くんのお菓子"と書き留めた。

クリスマスメニューが大体決まり、いつ頃から仕込みを始めようかと相談しているところに電話が鳴り響いた。
「はい、橘でございま…あ、友雅様」
電話の相手が友雅だと分かると、あかねも子どもたちもぴたりと手を止めて祥穂を見た。
午後3時に電話してくるなんて珍しい。何か急用でもあったのかと思っていると、祥穂が慌てて受話器を保留にして戻って来た。
「あの…友雅様からお電話なのですが、夕方から外出できないかとのことで」
「え、私ですか?それとも子どもたち?」
「あかね様だけなのです。実はパーティーに同伴してもらえないかと…」
基本的に友雅は自分も会社も定時終業を義務づけていて、午後五時を持って社員共々オフィスを後にする。
その後は自宅に直帰して、家族全員揃ったところで夕飯というのが習慣だ。
しかし稀に思いがけない急用やサプライズが発生し、帰宅が遅くなる場合もある。今回はその滅多にないことが起こった。
昨年パリで開催した日本美術の展覧会で、橘家の所有品に興味を持った人が来日している。
彼らが国際交流を兼ねたパーティーを今夜開くため、是非出席しれくれないかと連絡が入った。パーティーの当日に、だ。
せっかくの招待を断るのもなんだし、だからと言って一人で行くのもつまらない。
子どもたちは遅い時間なので無理として、せめてパートナーを同伴…という電話だった。
「でも今夜の夕飯の支度もありますし、子どもたちの世話も…」
「それでしたら、私がお世話致しますよ」
「大丈夫よ。父様とのデート楽しんでらして」
「デ、デートじゃないわよ、お仕事の付き添いっ!」
女の子はおませだから、両親がごまかしてもちゃんと理解している。
人一倍仲の良い両親、今でもラブラブなのよ、とこっそり友達同士で話しているのは内緒。
「すぐにドレスをご用意致します。4時頃にお迎えの車を向かわせるとおっしゃってました」
「4時!?急がないとマズいじゃないですか!」
クリスマスツリーの飾り付けを眺めながら、のんびりしていたのも束の間。
これから超高速で着替えやら化粧やら何やら…。
師走は後になればなるほど、慌ただしさが増してくる。


自宅のリビングに設置したクリスマスツリーも比較的大きめなサイズだが、ホテルのロビーに飾られるとなるとやはり規模が違う。
小さな光が連なったイルミネーションはツリー全体を覆う長さで飾られ、天使や雪の結晶のオーナメントがライトに反射して輝く。
吹き抜けの高い天井から吊り下げられたシャンデリアが、星くずのようにきらめいている。
「急に呼び出してすまなかったね」
「ホントですよー。突然だから着るものもゆっくり選べませんでしたよ」
海外からの客人に接するときは和装にしているのだが、あまりにも急なことで着付けも何も間に合わず。
結局着て来たのは、当たり障りのないネイビーのワンピースドレス。
パールのロングネックレスとカシミアショールで、少し華やかに見せてみる程度。
「十分だよ。ここにいる女性の中で、あかねが一番綺麗だ」
「やめてください耳元で囁くのはっ!」
ショールに包まれた腕の表面に、ぞわっと鳥肌が立った。
二人きりの場所ならともかく、大勢の人がいる中でそんなことされたら心身が震える。
「それで…いつまでここにいますか?」
招待されている立場で失礼な言い分だが、自分たちがメインになっているわけでもないし。
お開きの時間まで居座る必要も、特になさそうな気がする。
紹介された相手には挨拶も済ませたし、その界隈の業界人ともそこそこ交流をして、今は壁際でホッと一休みしているところ。
「そうだねえ。元々特に用事があってのことじゃないし、適当に退散しようか」
友雅は会場内をぐるっと見渡して、招待してくれたフランス人の男性の姿を見つけた。
彼の元に行き、通訳を介して今晩の礼と社交辞令の挨拶をし、あかねを連れて会場の外へと向かった。

クロークに預けていたコートを受け取り、翻してあかねの背中に掛ける。
彼女が袖を通している間に、友雅は自分のコートを素早く羽織った。
迎えの車が到着するまでしばらく掛かるらしい。年の瀬の夜は土日でなくてもタクシーや代行が混み合う。
パーティーの客が入れ替わり立ち替わり移動しているロビーで、少しの間ゆっくりと待機。
到着したときはキラキラしていたツリーは、ある程度の時間を過ぎると電飾を減らしているようだ。
「あの子たちはもう寝てしまったかな」
「9時近いですからね。家に着く頃には間違いなく寝てますね」
明日も学校があるし、多分祥穂が寝かしつけてくれているはず。
「仕方ない。今夜は寝顔だけで我慢するとしよう」
二学期の終了日もあと数日後。
今年の冬休みは子どもたちにとって、楽しみなことがたくさん待っている。
「終業式の日は忙しいですよー。学校が終わったらそのまま駅に行かなきゃ」
「空港まで迎えに行ければ良いのだけど、私も時間の調整が出来るのは午後からだしね」
学校の終業式とあかねの両親がやって来る日は、どちらも同じ21日。
空港からのリムジンバスが到着する時間に合わせ、家族全員で駅まで迎えに行く予定なのだ。
「あの子たちへのクリスマスプレゼント、沖縄で買うかこっちで買うか迷ってたみたいですけど、あれからどうなったでしょうねえ」
お土産とは別に用意するクリスマスの贈り物。
孫の話題になるとそりゃあ生き生きした声を出して。あの子たちに負けず劣らず会えるのが楽しみな様子。

笑いながら話すあかねに耳を傾けながら、友雅は足を組み直して身体の向きを変えた。
「お義父さんたちの話の流れだから、ちょっと私も良いかな」







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