光り降る音

 第25話(3)
最後の別れとなる神泉苑に向かう天真たちに、同行したのはあかねと友雅の二人だけだった。
全員で見送りたい気もあったのだが、さすがにあの大人数を連れてくるのは難しいと判断したためだ。

すべてがここから始まった。
広大な一面に広く水が潤った景色。はじめて見た水の色と空の色。色々なことがあって、もう記憶もおぼろげだ。


「あかねちゃん…さよならだね」
詩紋が今にも泣き出しそうな顔をして、懸命に笑みを浮かべながらあかねと向き合う。
「でも、あかねちゃんの幸せはここにあるんだもんね。だから、幸せになるためにも、ここにいなくちゃならないんだもんね…」
噛みしめる言葉を声にするたび、瞳が潤む。喉に想いが込み上げてくる。
水面を駆け抜ける風が、詩紋の金色の髪を揺らす。
「詩紋くん、色々ありがとう…。詩紋くんの言葉で、何度も何度も私、助けられたよ…」
小さくて可愛い、この後輩の少年に言われた力強い言葉が、あかねのぐらついた身体を支えてくれた。彼は彼なりに、あかねを護ってくれていた。その強い意志で。
「ホントにありがと……」
先に泣き出したのは、あかねの方だった。すると詩紋まで涙腺が緩んで、もう涙を抑えることが出来なくなってしまった。
「あかねちゃんっ…」
綿毛のような髪と宝石のような瞳。
うなだれた肩を抱きしめてくれる手は、見た目よりずっと力強くて頼りになる。


「おい。二人でわんわん泣いてどーすんだ。せめて泣く役目はどっちかにしろ。」
後ろから天真の手が伸びて、泣きじゃくっている詩紋の頭をくしゃくしゃとかき混ぜると、その身体をあかねから引き離した。
「男はそこで泣く場面じゃないぞ。そんなんじゃあかねが心配するだろうが」
上から詩紋を見下ろす天真は、妙に大きく見えて頼りがいのある存在に感じた。
「天真くん……」
「おう」
振り返って、あかねを見た。まだそこから溢れる涙は止まらない。
彼とも、もう会えなくなる。いつも護ってくれた、その大きな背中が頼もしかった。
「これで、ホントにサヨナラだな」
「…………っ」
『サヨナラ』という言葉に反応して、これまで以上に涙がどっと溢れてきた。もう何も言えなくて、顔を覆ったまま泣くしか出来ない。
「しょーがねえなぁ。友雅、この泣き虫をどうにかしてやってくれよ。このまま涙流し続けてたら干からびちまうぜ?」
天真が言うと、友雅は苦笑しながらうなづいた。



赤く腫れた目をこすって、やっと目を開けてみる。
その時、最初に移ったのは……天真の後ろに隠れるように立っている長い黒髪の少女だった。
「蘭……」
あかねがこちらを見ていることに気付いて、はっとした彼女は胸に下げているペンダントのトップを握りしめた。
そういえば、昔天真が言っていた。彼らの両親がお守り代わりに、プレゼントしてくれたものなのだと。
今まで気付かなかったが、蘭の胸にあるものは間違いなく天真と同じものだ。時空を超えて離ればなれになった二人を、それらが引き合わせたのだろうか。
「おい、早くよこしな」
天真が蘭に向かって手を伸ばした。ちらっと戸惑った瞳で見上げると、彼女は自分の首からペンダントを外して天真に手渡した。
「あかね、おまえにやるよ」
「…天真くん!」
蘭の首から外れたペンダントが、天真の手に捕まれて揺れ動いている。艶やかな色の勾玉に似た石が、揺れるたびに太陽の光を反射して輝きを放つ。
「だめだよ。それは…御両親がくれたものだって言ったじゃない。そんな大切なもの、もらえないよ」
懸命にその手を押し返したが、逆に捕まれて広げられた手のひらの中に、ペンダントはしっかりと閉じこめられてしまった。
あかねの手を固く閉じて、天真は言葉を続けた。
「良いんだよ。俺がずっとこれを付けていたのは、蘭を見つけたいからだった。これがきっと、俺とこいつを引き合わせてくれると信じていたかったからだ。まあ、願掛けのお守りみたいなもんだ」
何度も諦め掛けたこともある。もう蘭を見つけることは無理かと思った。
それでも信じていたかった。諦めたくなかったのだ。再び会える、その時のことを。
「俺は、蘭を見つけた。もうそれで十分だ。でも、それだけの力が宿っているとしたら、もしかしたら俺たちももう一度会えるときがくるかもしれないだろ?」
「でも………」
ぽん、と天真があかねの肩を叩いた。
「そんな都合良いことが起こるなんて思ってないけどさ。……でも、頼むよ。せめてあいつの分身だと思って、おまえたちと共に最後まで一緒にいさせてやってくれ。それくらい…大目に見てくれてもいいだろ?」

あかねの中に、天真の言いたいことが伝わってきた。それと同時に、彼に寄り添うように立っている蘭の想いまでが理解できた。
一緒に生きることは出来ないから、せめて…彼と共に生きていくあなたの手の中に閉じこめて欲しい。
私がそこに存在していたことを、忘れて欲しくはないから。
手の中のペンダントが、光を放っているかのように熱く感じられる。


「蘭殿、君は…本当に素敵な人だったよ」
友雅の目が、蘭を見ていた。その声と視線に気付いて、顔を上げたとたんに彼が微笑んでくれた。
「更に素敵な女性になった時を、一目見たかった気もするね。でも、君のことだから…素敵な女性になるだろう。誰もが羨むほどの、幾多の男達が心を奪われるほどの女性になるだろうね」
彼がゆっくりと近づいてくる。天真がすっと身体を避けて、蘭を前に出してやるなんてことは初めてだった。
「ありがとう。感謝しているよ。」
伸びた指先が蘭の額を掻き上げた。次の瞬間、かすかに触れた唇のぬくもり。
「……元の世界で、君が幸せになるのを二人で祈っているよ。」

蘭は何も言わなかった。ただ、深く頭を下げてから、手のひらで顔を覆った。
横からそっと天真が肩を引き寄せると。蘭は頭をうなだれて、彼の胸にしがみついた。
---------もう、充分…最期に幸せの一瞬をありがとう。

遠い世界で、あなたの幸せを祈っている。ずっとずっと、あなたのことを忘れずに想ってる。
あなたがいたこと。あなたの心。絶対に無駄にしないと誓うから。
大好きなあなただから、誰よりも幸せになって。

あかねは蘭の背中に向かって、そう祈る。背中越しに立ちつくしているあかねに向かって、蘭はそう祈る。
大切な友達は、いつまでも永遠に胸の中にいる。そして、これから一緒に幸せを探しに行く。


「じゃあな。あとは頼むぜ」
最後に、天真が振り返って言った。間違いなく、それは友雅に向けてだった。
「ああ、任せなさい。」
友雅のその言葉が返ってきて、ふっと天真の顔がほころんだ。

その笑顔が、最後にあかねの目に映った天真の姿だった。



それは一瞬の出来事。

数秒後、水面は波一つ立たずに静寂を保っている。

誰もいない。その気配もない。
あかねと友雅の二人だけが、その場所に残されていた。


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Megumi,Kasuga