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光り降る音
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| 第25話(2) |
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「お兄ちゃんも、可哀想ね」
「人の事を言える立場か」
荷物をまとめ終わり、一段落している天真に蘭がそう言うと、テンポ良く返事が返ってきた。
サラサラと竹林の中を駆け抜ける風。もう、夏の気配が感じられる。
この世界に飛び込んだのは、春。桜の咲く季節だった。いつしか花びらは散り、季節が変わっていくのを気付く余裕さえない日々が続いて、やっと顔を上げたとき…日差しは少し眩しかった。
日数を数えれば、たいした時間ではない。生まれ育った年月から比べたら、ほんの一瞬に過ぎない。
それでもここで過ごした記憶は、これからもずっと色褪せることがないだろう。
「おまえが一緒に帰るって言って、ホッとしたぜ。居座るとか言い出すんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてた」
あれだけしつこく友雅に執着していたのだから、何を言い出しても不思議ではなかった。あかねのことがなかったとしたら、間違いなくここに残ると言っただろう。
そうなったら、こっちだって帰るわけにもいかなくなる。しかし、そうしたら兄妹そろって失踪となるのだから親に申し訳ない。
蘭には気の毒だとは思うが…今回の結果は結果オーライというところか。…天真にとっても、複雑なので『オーライ』と素直に言えない立場だが。
「でも…私だって、ホントに好きだったのよ。本気だったんだから。」
念を押すように、強く天真に押し寄ってくる。それを面倒くさそうにはね除けて、軽くこつんと頭を突いた。
「……ま、そうじゃなかったら俺だって、あんなにハラハラしてねえや」
今となっては笑い話のようなことだが、当時は本気で心配していたのだ。やっと見つけだした妹を、そう簡単に手放すなんて出来るわけがない。ましてや、相手が友雅なのだから油断ならなかった。
そんな心配も、もうこの時期には必要なかったのだけれど。
蘭が天真に近づいてきた。そして、下から顔を覗き込む。
「でも、お兄ちゃんだってそうでしょう?」
ちっ、と面白くなさそうに天真は顔を背けた。
ふと思い返してみる。
間違いなく、本気だった。少なくとも、ここにいる誰よりもあかねを長く知っていたし、それだけ絆は深いと思っていた。
彼女の何もかもを理解出来るのは、自分しかいないと強く確信していたが、突然の出会いですべては無になってしまった。
恋というものは突然にやってくるもので、それまで共に刻んできた時間さえ無意味にしてしまう。
友雅が、会った頃のような飄々とした男だったら……自分はあかねを無理矢理にでも奪っただろう。女とうわべだけの付き合いしか築けない男に、彼女を引き渡すつもりなどなかった。
だが、面と向かってきた彼を見たとき…もう何も出来ないと悟った。
そして、あかねを幸せに出来るのは『友達』という存在の自分ではなく、『恋』をした相手である彼であることを知らされた。
同じ男でも言葉を失うほどの力を示して、あかねへの想いを口にする彼に……勝てるわけがない。
「まあ…終わった事はしょうがねえや。あとは向こうに戻って、新しい矛先でも探すしかねえな」
勿論、すぐに気持ちを切り替えることが出来ないのは分かっている。だけど、そう思っていないとやはり辛いものだから。
「……見つかるかなあ、そんな人」
「慣れない京の男よりは、向こうの男の方がずっと付き合いやすいじゃねえか?」
「…そうかもね」
蘭は天真に寄り添って、肩に頭をこつんと横たえた。
ぼんやりと視線を流すその向こうには、もう彼の姿は見えない。つまびく琵琶の音も聞こえない。
目を閉じれば、記憶だけが蘇る。艶やかに響く弦の調べ。
背中に伸びた天真の手が、蘭を包むように肩を引き寄せた。
「兄貴の欲目かもしれないけどさ…おまえだってなかなか良い線行ってると思うし?すぐにイイオトコが見つかるんじゃねえの?」
「そんなこと言って、お兄ちゃんのことだからまた口を出しに来るんじゃないの?」
「心配してんだよ。愛情の裏返しってことだ。それくらい大目に見ろ」
まったく……と唇を少し尖らせつつ、蘭は声を出して笑った。
もう一人じゃないんだ。私にも、護ってくれる人がちゃんといるんだ。
それは恋とは全然違うけれど、かけがえのない優しさをいつも与えてくれる人。
近くにいたときは気付かなかった。天真が自分を、どれほど大切にしてくれていたのか。
肩を支えてくれる手が、とても温かい。
「素敵な人に、また会えるかなあ…」
蘭が、ぽつりと言う。
「いつか、な。いつになるかわかんないけどさ。そこまで運命ってのも、非情なもんじゃないだろ」
「………逢えるといいね、私も、お兄ちゃんも」
それまでは、もう少しこの手に甘えていたい。
■■■
溢れるほどの藤の花が咲き乱れ、水の音は涼しげに感じるようになっていた。
空は…はじめて見た京の空の色のように、遠くまで透きとおっている。
アクラムとの戦いが終わったあと、八葉全員が揃うのは初めてだ。
別れの日当日だと言うのに、土御門家は妙に賑やかな雰囲気に包まれていた。
共に招かれた蘭も、天真のそばに腰を下ろしている。特別会話を交わすことはなかったが、避けるような堅苦しい雰囲気もなく顔を会わせられたのでホッとした。
永泉の笛の音が響き、友雅の琵琶の音が重なる。宴のような盛り上がりは、ゆっくりと近づいてくる最後の瞬間を引き延ばそうとしているかのようだった。
これで、さよなら。大切な友達と…もうお別れ。そう思うと、しんみりしてしまう。
「最後に、蘭殿に私からお願いがあるのだが…聞いて貰えるかな?」
突然友雅が、そんなことを言いだした。視線が一斉に、蘭に向かっていく。思いがけない指名に、彼女は当然ながら戸惑っている。
「もう一度だけ、私の琵琶と共に琴を奏でてくれないかな。」
「…私…っ…でも……」
ふっと視線があかねに伸びる。蘭と目が合うと、苦笑しながら軽くあかねが手を振った。
「君の琴の音は、本当に美しかったからね。二度と聞けなくなる前に、耳に留めておきたいんだ」
そう言って、友雅は琴を蘭の前に差し出した。
この人に近づくために、琴をずっと練習してきた。初めて手にしたものだったのに、何度も繰り返しているうちに楽しくなってきて。上達すればするほどに、友雅との距離が狭まる気がしたのが嬉しかった。
「…全然、上手くないですけど」
蘭は手を伸ばし、久し振りにその弦に触れた。友雅が、琵琶を手にする。
もう気持ちは整理が着いた。でも、こうして琴を奏でている時だけは…彼のそばにいることを許されるから。
最後にこのひとときだけを、思い出として音と共に紡いで持ち帰ろう。
これまでの想いを込めて、彼の音に重ねて。
二度と会うことのない、初めて恋したその人に………さよならの言葉と一緒に。
「あいつが琴を弾けるようになるなんてな。親が知ったらびっくりするだろうな」
軽やかに弦をつまびく妹の姿を見ながら、天真が感心しつつそう言うと、隣に腰を下ろしたあかねが笑って答えた。
「友雅さんのためだもん。頑張ったんだよ。だからあんなに上手くなったんだよ。」
恋した人に振り向いて貰うためなら、女性は誰だって努力を惜しまない。その力が形になって、自分に返ってくるのだ。
友雅を想いながら奏でる琴の音は、瑞々しくて優しい。蘭の心そのものだ。
それは音として友雅とあかねの中に刻み込まれ、新しい時を生きていくのだ。
例え、そこに彼女がいなくとも。
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