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光り降る音
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| 第25話(1) |
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朝日が少しずつ闇を照らし始める頃。
小鳥のさえずりが聞こえる。木々の間を飛び回る羽ばたきの音と、川の流れる音。それ以外は雑音や騒音は、一切ない静かな空間。
そして、一晩中抱きしめてくれていた、彼の腕。
貴船の山荘で過ごした一夜が明けた。うっすら見える空の色は、すがすがしい薄青だ。ほのかに緑の香りも匂ってくる。
蔀戸から乗り出して川の方向を見たが、夕べ見た蛍の群衆はもう見えなかった。
こんなにすっきりした目覚めは、何日ぶりになるだろう。
いつも何かに怯えていて、寝不足になって朝もぼんやりとしていて。毎日がそんな調子だったのに、今は無駄な感情がすべて消えさえってしまったような爽快感がある。
勿論、その理由も分かっている。そして、その感情の中で…やはりどこか後ろめたさの残ることも自覚が出来ている。
蘭には感謝している。わざと突き放してくれたこと、背中を押してくれたこと。彼女があんな風に言ってくれなかったら、こんな風に素直に想いを打ち明けることは出来なかった。
だからどうしても、未だに彼女のことが胸から離れてくれない。
「黙って私の腕の中から逃げ出すなんて、油断のならない姫君だね」
ぼんやりしていて、友雅が目を覚ましていたことに気付かなかった。両手で背後から抱きしめられて、頬に軽く唇を寄せられた。
「逃げてなんかないですよ。先に目が覚めて、お天気がよさそうだったから…外を眺めてただけです」
「言い訳は聞かないよ。私から離れただけで十分咎めるだけの理由がある」
そう言って半分悪ふざけを交えながら、友雅はあかねの身体を抱き上げた。逃げる手段もなく、求められるままに唇を差し出した。
時折、相手と見合いながら笑い合って。それでもどちらからともなく唇を求めて、自然にあかねは友雅の腕に収まることになる。
彼の腕の中が定位置。そこがあかねの居場所。
あかねにだけ捧げられるぬくもりがある。そこならば、自然体の自分でいられるのだ。
だが、それでも……。
「友雅さん…私、アクラムとの最後の戦いが終わっても、京に残るって決めました」
あかねが言った。それは、友雅が聞きたかった言葉の一つでもあった。
彼女がここに残ること。永遠に、ずっと手に届く場所にいることを確信できる。もう二度と、彼女がここから消える時を恐れなくて良い。
「でも、多分天真くんたちは…元の世界に戻ると思います。」
直接はっきり答えは聞いていないが、彼らにはここに残る理由がない。多分、そう選択するだろう。元々生きていた世界に戻ることを、彼らは選ぶことだろう。
それは当然の選択だが、それによってあかねと彼らが会えることは出来なくなる。半永久的な別れとなる可能性も高い。
「……蘭も……」
そう、彼女とも。
出会った頃は最悪だった。
頭ごなしに感情をぶつけられて、何度も泣きそうになった。
『あなたばっかりみんなに護られてる』『私なんて一人で耐えるしかなかったのに』『あなたばっかり恵まれてる』『私は誰にも助けてもらえなかった』
突然に日常の世界から奪い去られ、いつのまにか自分の意志さえ押さえ込まれて、自覚を失い、そして行動さえも操作されて。
我に返った時には、身に覚えのない暗黒の世界にいた。望んでもいなかったことに手を染めさせられて。それでも誰一人、救い出してくれる人はいなかった。
同じ世界に生きていたのに、同い年の二人なのに。あまりにも対照的な……展開。
戸惑いと困惑しかない時間を生きてきた蘭が、あかねに対して感情をぶつけたのは当然のことだった。もしかしたら立場が逆だったなら…そんな風に思ったかもしれない。
だから、彼女を助けたいと思った。助けて欲しいと思った。
そして……自分を助けてくれたその人を、愛おしく彼女が思っても不自然ではなかった。
「蘭のこと、やっぱり忘れられないです。友達だったし…蘭は本気で、本当に本気で友雅さんのことが好きだったのを知ってるから…」
相手が友雅ではなければ、いくらでも応援してあげた。仲を取り持ってあげようとも思った。
だが、現実は上手くはいかない。蘭と打ち解けることが出来ただけでも良いとするが、恋愛に関しては都合の良い展開は期待出来ない。
そばにいて伝わってくる感情は、憧れよりも間違いなく恋だった。その想いを知っているあかねだからこそ、彼女の心が理解することが出来た。
「私もそうだったけれど…蘭だって同じくらい友雅さんのこと思ってた。」
だから、胸がまだ痛んでいる。それほどに一途な想いがあったことを知っているから、受け入れられなかった想いの行く末が気になって。
だが、自分はもううろたえない。
「でも、もう…私も手放せないから……」
足はしっかり地についている。そして、抱きしめてくれる腕もある。
そんな今、彼女のためにあかねが出来ることと言えば………。
「だからせめて、友雅さん…」
友雅の手を、強く握りしめる。
「蘭の想いだけは、理解してあげてくれませんか。蘭が本気で友雅さんを思っていたことだけ、分かっていてもらいたいんです。」
やっと手に入れた大切なもの。それを譲ることは出来ない。だけど、それを大切に思ったことは、あかねも蘭も同じことだから。
その想いが一つだけではなかったこと。もう一つ、そこに彼女の想いがあったことを…せめて胸に留めていて欲しい。
そうすれば、これからずっと思い悩むこともなくなる。辛い物事に対面しても、彼女が背中を押してくれた時のことを思い出せるだろう。
今、こうしていられるのは、彼女の存在があったことに違いないのだ。
「分かったよ。そこまで思われては、嬉しくない男なんていないからね。」
「……ありがとう、友雅さん」
以前の友雅だったなら、他人のことを構う必要などないと思っていたはずだ。
しかし、恋というものを知ってしまった現在では、人を想うという行為を素知らぬ振りでやり過ごすことは出来ない。
その切なさも嬉しさも全て知っているからこそ、その重要さを身に染みて分かる。
彼女を受け入れてあげられたら良かった。しかし、もうよそ見する余裕はない。
「私も君を手放せないからね……」
ぎゅっとしがみつく、その力が嬉しかった。
■■■
アクラムとの最終戦から、一週間後。土御門家では落ち着かない日々が続いていた。
「これも、そうそう、こちらもお持ちになって下さいませ」
「まあ、それでしたらこちらの方がよろしいのでは?この色、詩紋殿にお似合いになりますわよ」
侍女数人に取り囲まれている詩紋は、すっかり着せ替え人形状態になっている。
元の世界に戻るための支度をしているのだが、手みやげにとあれこれ持ち寄って詩紋を着飾って盛り上がっている。
「そ、そんなに持って帰っても…向こうじゃ着る機会なんてないですからっ」
戸惑っている詩紋など無視して、侍女たちはあれこれと楽しそうに談笑していた。
ここにやって来た頃は、その風貌から『鬼の一族』と同じような奇異の目で見られていた詩紋も、今ではこんな調子で侍女たちのマスコットとして可愛がられるようになっていた。
天真はというと……顔を合わせれば喧嘩ばかりだった頼久とは、深い信頼と友情とで互いを認め合うようになった。
誰もが少しずつ変わってきている。それほどの時間が流れていたのだ。
そしてあかねは………今し方藤姫と、彼女の父である左大臣との話を終えたところだ。
「おう、あかね。話、まとまったか?」
荷物をあらかたまとめ終わった天真が、部屋に戻ってきたあかねを待ち受けていた。
「うん。取り敢えずこのまま、今後ともここでお世話になるってことになったの。で、事情を見て養女ってことで受け入れるのも考えてくれるって」
「はーん。そうなりゃ藤姫とは義姉妹ってことになるわけか。」
「そうだね。でも、藤姫みたいな可愛い妹だったら嬉しいよ。それもまた楽しい未来予想図って感じだよね」
こんな未来がくるなんて思っていなかった。
過去の時代なのに、あかねにとっては未来の話。不思議な時空の悪戯の結果、生まれた新しい出会いと歴史。
だが、もう一つあかねには夢に見る未来がある。-----恋をしたときから、誰もが描く未来がある。誰にもまだ言っていないけれど。
「じゃ、俺は蘭のところに行ってくるわ。俺よりもあいつの方が荷物多そうだしさ。ちょっくら手伝ってくるぜ」
高欄から庭先に下りた天真は、軽くあかねに手を振って出ていった。
天真とも、もう逢えなくなる。蘭も、詩紋も…もう逢えないかもしれない。これまで一緒に過ごしてきたのに。
今なら、一緒に帰ることだって出来る。
でも……それ以上の大切なものがあるから、来た道を戻ることは出来ない。
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