光り降る音

 第24話(3)
組み合った小さな手が、力いっぱい彼の胸を掴んでほどけなくなる。
「ホントは、ずっと前から…好きでした…。今でもっ……友雅さんが…私に呆れてしまっても……私…ずっと……」
涙が声に混じって、とぎれとぎれになって。それでも一生懸命、言葉を続けようとしている。
「いい加減な態度をして…嫌われても…仕方ないって…。もう…会いに来てくれなくても…それもみんな私がしたことで…どうにもならないって…分かってます。でも、一度もはっきりと本当のことを…伝えてなかったから…」
不思議だ。切り出したら止まらなくなった。
あんなに戸惑っていた言葉が、今は当然のようにすらすらと声になる。
「ずっと…好きでした………っ」
止まらないのは、言葉だけではなく涙も同じ。好きだと告げるたびに溢れてくる。
まるでそれはあかねの想いが湧き上がるように。


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沈黙の時間が流れて、聞こえてくるのは川のせせらぎだけだった。
最初に自分から『返事はしなくて良い』と言ったくせに、今となっては友雅の沈黙が不安でならない。
背を向けているから、彼の表情を見ることも出来ないし。彼がどんな気持ちでいるかなんて、全く見当が付かない。
もう一度、抱きしめてくれるなんて…都合の良いことは期待していない。ただ、好きだと素直に告げたかっただけのこと。それが言えただけでも、ほんの少しだけあかねの心は軽くなったような気がしていた。
どんな結果になろうと、もう思い残すことはないだろう。たった一瞬とはいえど、恋した相手と心を通わせることの出来た時間は、思い出として永遠に刻まれて消えないだろうから。
例え、この京を離れることになったとしても。


………ふと、友雅の身体にしがみついたあかねの手に、触れるものがあった。
「そういう事を言う時に、『でした』なんて言い方は、あまり嬉しくはないね。まるで過去の想いのように聞こえるよ。」
あかねの手を包んでしまいそうな、大きな手のひら。長くて優雅な指先。あたたかなぬくもり。
「それでは、未だに君の事を想っている私の立場がないだろう?」

-----------------やっと、彼女の手に触れることが出来た。この時を、どれほど待ったことだろう。


「こんなに恋というものは、心労が伴うものなのかな…。随分と辛いものだね。もう二度としたくはないよ」
その小さな手を包み込むには、友雅の片手ひとつで足りた。それほどにか弱い存在なのに、彼にとっては何よりも大きな存在になってしまっている。
触れられないときに浮かぶ寂しさ。触れたときに浮かぶ嬉しさ。いずれも彼女の小さな手にしかない力だ。誰が手をかざしても、友雅の想いに変化の波を作ることは出来やしない。

震えるあかねの手を暖めるように、静かに、それでいてしっかりと友雅の手が包む。
相変わらずあかねは友雅の背中にしがみついたままで、お互いに顔を見合わせることはない。一歩たりとも動いていないはずのなのに、さっきよりもずっと相手の距離を近くに感じている。
それは身体の距離ではなくて、心の距離が近づいたから。同じ場所に立って、そこにいる彼と、彼女と、見つめ合うことが可能になったから。
このままで良い。もう、二人は遠くに離れているわけじゃない。顔が見えなくても、いつだって心に触れることは出来る。

「だから………これが最後にしたいね」
最後の恋。そして……………それは永遠の恋。



「長かったねぇ…君から、その言葉を聞くまでに随分と長い時間が流れたように思えるよ」
苦笑いをしている友雅の表情が、背を向けていなくても何となくあかねには分かる。
「このまま何も聞かないうちに、君が元の世界に戻る時がやってきたら、一生悔やみきれずに生きていくことになったかもしれない」
顔では笑っていながらも、本当は心穏やかではない日々を何日過ごしたことか。こんなにまで想った彼女を諦めることが出来るほど、友雅の心は器用には出来ていなかった。
彼女の言葉を耳に出来ない現実が戸惑いを生み出し、もどかしさを募らせる時間だけが流れていくのを体感するのは、結構辛いものがあった。
「まあいいよ。やっとこうして君の返事が聞けたのだからね。どうやったら言い出してくれるかとあれこれと策を練ったけれど、結局私には何も出来なかった。」
所詮、彼女が動き出してくれる他には方法がなかった。
友雅の想いをすくい上げる方法は。

「私は八葉で、八葉というのは龍神の神子を護るために存在している。神子殿がいなくては、八葉には存在の意味さえもなくなるのだよ。最近になって、それをしみじみと感じることが多くてね。護るための神子殿がいなくては、いてもいなくても良いような人間なのかと思ったりね…」
背中にもたれていると、友雅の鼓動が聞こえてきた。生きている証、そこに彼がいることが感じられる。
久し振りに聞く彼の声は以前よりも穏やかで、それでいて優しい。まるで川辺を舞う蛍の灯りのように思えた。
最後に別れた時の、他人行儀な声なんてもう聞きたくなかった。いつだってこんな風に語りかけてくれる彼の声が好きで、そして手を握ってくれる彼のぬくもりが好きだ。

彼の好きなところが、どんどん浮かんでくる。今まで気付かなかったことさえも。
そして気付くのは、こんなにまで彼に惹かれていた自分と、それを認められなかった自分の愚かさ。
こんなに好きなのに、誤魔化すなんて無理だったのに…一体自分は何をしていたんだろう、と。


彼女の手を握る方とは違う手の指先が、友雅自身の胸元の宝珠に触れた。不思議と肌に溶け込んでいて、違和感などもなく輝きは衰えずに光を放っている。
この宝珠が、友雅を八葉に認めた証だった。
その頃はまだ八葉なんて役目は面倒なだけで、適当にこなせばいいと軽く考えていたものだ。
それが今となっては、八葉であって良かったと思えてしまうのだから、人間はいつ変化を遂げるか分からない。
「以前、泰明殿は『八葉は神子の物だから』と言ったことがあったけれど、それは間違っていないと思っている。護るためには命を捨てる覚悟もなくてはならないと、泰明殿も頼久なども言うだろうね」
泰明は無駄のない考えを持つから、自分の役目に対してはそのまま受け止める。頼久は人一倍主に対しての忠誠心が強いから、自らを盾にしてでも主を護るだろう。
二人のような感情は、友雅には全くなかった。

「私はそこまで熱心に八葉の役目を果たしてきたわけじゃない。だけど、それでも君を護る役目はしてきたと思っている。でもね、私は八葉として、君のことを護り続けたわけじゃないよ」
----------変わったのは、いつだろう?。
「最初はそうだったかもしれない。でも、少なくとも今は違うとはっきり言える。」
----------きっと、彼女に惹かれた時から。
「私が護りたかったのは、龍神の神子でもない。君自身だ。」
----------彼女を、一人の娘として愛し始めたときから。


友雅の手が、あかねを抱きしめるかのように強く手を握りしめた。
この小さな手を、もう二度と離したくない。
「君だから、護ろうと思った。君を護るためならば、命を投げ出しても構わない」
頼久ならいざ知らず、自分がこんな台詞を心から口にすることになるとは。昔の自分が見たら、鼻で笑われてしまうような変化だ。
「……なんてね。そんな情熱が自分の中にあるなんて、思っても見なかったよ。でも、本当にそう思ってしまうのだから仕方がない。」
八葉としての役目と、それ以上に…愛した者を護るための意思。八葉に選ばれたことによって、その力を得ることになったのであれば、運命というものに感謝せざるを得ない。
例えその恋が許されないものであっても。
「私の命は、君のためにあるのだから。だから、君がいなくては意味がないんだ。君がいなければ、私など存在している意味など特にありはしないんだよ。」

あの日、ここに彼女を連れてきたのは、美しい蛍が舞う川の景色を見せたかったからだ。橘家の敷地内だからということと、山深く人の足が容易に届く場所ではないことが幸いして、人の手が入らずに自然のままに息づいている景色を、彼女にも見せてやりたかった。
誰も知らない場所にこんな美しい風景があることを、彼女に知って欲しかった。友雅だけが知るのではなくて、二人だけが知る特別な場所になれたら良いと思った。
ただ、彼女の笑顔が見たいがために。彼女の表情一つで自分の感情はいくらでも変化する。その笑顔で自分自身が幸福感を味わえることを知ったのだ。
こうして手を触れているだけでも、こんなに胸の奥が暖かいのだから。
「君が求めてくれなければ、生きている意味なんて何もない。この世のすべてが儚く感じられるんだよ。」
「そんなこと、言わないでください……」
「とは言ってもね。事実なのだから仕方がない。元々私は私自身に価値などないと思っていたし、適当に生きて適当に人生を終えられれば良いという考えだったからね。」
その瞬間が楽しければ、それで良いという考えしかなかった。しかし彼女と出会って、その時の楽しさを更にもう一度味わいたいと思うようになった。
もう一度、あんな風に楽しい時を過ごせたらいい。その繰り返しが何度も続き、最後には彼女の存在自身を求めるようになって。


「私を変えてしまったのは、君だよ。」
自分らしくないと我を振り返ってみたこともある。それでもそこに彼女がいることで、自分の変化に納得せざるを得なくなってしまった。
「君に逢ってしまって、君を愛してしまって、身も心も君に捕らわれてしまって、君のことしか考えられなくなって………その結果が、自分さえ見失ってしまった惨めな男の結末というわけさ。」
こんな男を、他人は笑うだろうか。女に魂まで奪われた、馬鹿な男だと指を差すだろうか。
だが、そこまで愛することの出来る女性に出会うことなど、そう容易いことではない。一生かかっても逢えないかもしれない。
ならば……この出会いを幸運と言わずに何と言えるか。

「だからね、私には君しかいないんだ」

龍神の神子ではなく、彼女が必要なのだ。
元宮あかねという、友雅がたった一人愛した少女が。

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Megumi,Kasuga