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光り降る音
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| 第24話(2) |
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背中に月明かりを受けて逆光になったせいで、来訪者の顔をはっきりと確認することは出来なかった。
だが、例え闇に包まれていようが、霧にうもれていようが、友雅の目が彼女を確認出来ないはずがなかった。
「神子殿………」
友雅の手が緩んで、そこからすり抜けた短刀が床に転げ落ちた。一瞬閃光を放った鋭い刃に、あかねはびくっとして驚きを隠せなかった。
そんな彼女の様子など気に止めず、友雅は何でもなかったように短刀を拾い上げて刀袋に納めると、やっとこちらに向けて顔を上げた。
「こんな時間に、こんなところまでやって来て…それほどの急用があったのかい?」
「あ、あの………」
すぐにでも会いたくてたまらなくて、あんなに急いでここまでやって来たというのに、いざとなってみたら声が続かなくなってしまった。
蘭に会いに行ったときと同じだ。やっと決心が付いたのに、いざその時になってみると足がすくんで動けなくなる。
たった一言、言えばいいこと。それだけなのに、声を出そうとするとうわずって喉が詰まりそうになる。
彼の視線が自分に向けられていることを実感すると、更に手足や胸の奥が震えてきた。
「中に入ったらどうだい?いくらこんな季節でも、夜の山は冷えるものだ。そんなところで外気にさらされていては、身体が冷たくなってしまうよ。」
そう友雅に言われて、あかねは声を出さずにうなづいた。
山荘の中に入れば二人だけの空間が出来上がって、更に息が詰まりそうになるだろう。でも、ここまで来て引き返すことなんて出来ない。
決心だけはついている。あとは、そのきっかけだけ。
言う前に、彼に気付いてもらえたらいいと思ったり、それでいて、やはり自分の言葉で告げたいという気もあって。
きしんだ戸を再び閉めると、友雅の後ろにある開いた蔀戸から光が差し込んでいた。
明かりとは言えないほどのうすぼんやりとした月の光と、遠くに見える川岸を舞う蛍の灯がそこにあった。
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わざと一定の距離を置いて目を反らしているのは、自制心を保つためのことだ。
思いがけなく彼女の姿を見た瞬間、自分の中に押し込めていた感情を堰き止めることは出来たが、次はどうなるか分からない。
向き合ってしまえば、目を合わせてしまえば求めてしまうだろう。これまでの事さえ全て忘れて、抱き寄せてしまうに違いない。
会いたいのに会わずに、触れたいのに触れずに、愛しくてたまらないのに、その想いをこれまで募らせてきたせいだ。
あの時、二人の糸が切れずにいたら、思い切り抱きしめられるはずだった。
黙っていれば、想いは深くなる。
沈黙が続けば、心は熱くなる。
会話を切り出さなくては、空気に押しつぶされてしまいそうだ。
「私がここにいると、よく分かったね。行き先は特に告げてはいなかったんだけれど」
顔を向けてくれていないが、友雅が先に言葉を切りだしてくれたので少しだけホッとした。このままじゃお互いに何も言えないで、時間が過ぎていくことになってしまいそうだった。
「友雅さんのお屋敷の…侍女の方が教えてくれたんです。『貴船の方に行こうか』って言ってたから、多分…って。」
「ああ、そういえば、そんなことを言ったかもしれない。なるほどね、他の者ならいざ知らず、貴船と言えば神子殿ならすぐにここだと分かるだろうね…」
ここは特別な場所だから。
二人にとって、心を抱きしめあうことが出来た場所だったから。
「それで?ここまで来た急用は何だい?」
友雅の言葉が本題に移る。重要なのはそれなのに、触れられるのが一番恐い。
「あ、その……」
うつむいて水干の袖を握りしめるあかねは、上手く何かを言い出せずに戸惑っている。それは友雅の聞きたい言葉なのか、それとも耳を塞ぎたい言葉なのか。どちらなのか。
「もう夜も更けてくる。屋敷に戻って、そっちで話を聞いた方が良いかな。」
そう言って友雅は立ち上がり、開けた蔀戸を閉じようと手を伸ばした。
さっきよりも蛍が増えてきている。川面に月が移って輝いているのが美しくて、目を奪われてしまいそうだ。
それなのに、まだ友雅が心を奪われているのは、背後にいる彼女だ。彼女に続く糸が途切れてしまっても、まだこうして吹っ切れずにいる。
自分の諦めの悪さに苦笑したくなった………時だった。
小さなぬくもりが、友雅の身体にしっかりとしがみついた。後ろから、華奢な手のひらが友雅の背中を包むように組みし抱いている。
「……お願いします。このまま……ここで…話を聞いて下さい………」
衣に顔をうずめて、ただでさえか細い声が更に小さく聞こえた。それでも聞き逃すことなどない。彼女の声ならば。
ここまでやって来たのは、それだけ想いが強まっていたから。ここなら、きっと素直に打ち明けられるような気がしたから。
あの夜、友雅が打ち明けてくれた心に幸せを感じて、初めてあかねは素直な心で友雅を見つめられた。
蛍に包まれた夜の記憶がまだ消えない、この場所でならきっと……また素直になれそうな気がした。
素直に、心を伝えられそうな気がしたから。
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友雅は黙ったまま、窓にもたれて川の風景を眺めていた。その背中にもたれながら、あかねはしばらく彼の残り香に埋もれていた。
背中に感じるあかねのぬくもりが暖かい。片手に途切れた糸を握りしめつつ、その感触に友雅はわずかな幸福感を抱いていた。
これから話すことに返事はしなくて良い。ただ、話を聞いてくれるだけで良い。
あかねがそう言ったので、友雅は何もせずに耳を傾けることにした。
もうひとつ、こちらを向かずに聞いて欲しいという3つの願い。それを聞き入れた友雅は、山荘にこのまま留まった。
「蘭に…今日、話をしてきたんです」
あかねの声がする。少し動揺したさっきの声とは違って、今度はしっかりと一つ一つの言葉が聞き取れるはっきりした声だ。
「本当のこと…言わないといけないと思って…だから、蘭にちゃんと話そうって、そう思って…行ったんです」
絡みつく彼女の手のひらに、触れようとして何度も思いとどまる。せめて彼女の話が終わるまでは、この空気を乱してはいけないような気がしたからだ。
衣を挟んででも、心音が伝わる。それだけ近くに彼女がいるという確信だけでも、友雅にとっては充分至福を得るだけの意味はある。
「そうしたら、何だか話をすり替えられちゃって……」
くすり、と苦笑いするような声。
「蘭…元の世界に戻るって、そう言ってました…。お父さんやお母さんも探しているだろうから、帰らないといけないから、って。」
そういえば彼女はアクラムに捕らえられていた間、数年の時間を行方知れずのままだったと聞いた。突然に姿を消したのだから、彼女の両親はさぞ不安にかられただろう。
天真があれだけ妹に固執するのも、そういう背景があったのでは仕方がないことだ。
だが、ふと思えば今のあかねの環境も、同じようなものではないのか。彼女の両親もまた、娘のことを心配しているに違いない。
「私も、そうだと思って…たんです。帰らないと、って思ってたんですけど…」
言葉では理解している。あかねは元の世界に戻ることが、いわば当然の展開だと言える。
だが、それでもやはり、今でも………。
再びためらいがちに、友雅の手があかねに触れようと動いた。
「そしたら…蘭が、『私は帰してもらえない』って、そう言ったんです」
あの時、蘭が言った言葉は次々に浮かんで蘇ってくる。こうして友雅の前にやってきた、その意味を忘れるなと背中を叩くように。
「元の世界、帰りたいです…。でも、帰れないなら…帰してもらえないなら、それでも良いって…私、思ってたんです」
帰りたいと思うのは嘘ではない。生まれ育った世界は、今でも懐かしくて戻りたい。
だけど、懐かしさよりも強い『愛しさ』を知ってしまった今になって、その比重は逆転してしまっている。
『帰りたい』よりも『残りたい』。ここで、ずっと生きていきたい。この人が、ここにいる限り。
「でも、ここにいる意味がなければ、残ってもしょうがないから……。だから最後に、正直になろうって……正直にならなくちゃって…」
だから、もう我慢することはやめた。ここにいたいから、わずかな望みに期待をしたかった。
「思い残すことがないようにって。背中を押してくれた蘭の為にも、心配してくれたみんなのためにも、もう嘘ついていちゃいけないんだって………」
言いたかったのは、ずっと言いたくて仕方なかったのは、簡単な一言。でも、何よりも言いづらくて、それでいて照れくさくて。
それでも、もしも言霊の力があるのならば………。
すっと息を吸い込むと、友雅の香りが身体の中に入ってくる。
目を閉じて、大切な一言を。
「………友雅さんのことが……好きです……っ」
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