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光り降る音
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| 第23話(3) |
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戸惑っているあかねを、蘭は突き放すような目で見ながら更に言葉を続けた。
「あなたは帰ることなんて出来ないわよ。それに、帰してもらえない、きっと。」
帰れない?帰してもらえない?その意味があかねにはぱっと分からなかった。
龍神の神子である役目が終わったら、元の世界に戻れると藤姫は約束してくれた。彼女がそんな偽りを言うはずがないことは、この短いながらも共に暮らしてきた時間で充分に分かっている。
なら、何故戻れないのか。戻りたくないとは思っていても、その意味が分からないのがもどかしい。
そんなあかねの疑問を、蘭は次々と言葉で砕いていった。
「あの人は、あなたを帰すつもりなんて全然ないわよ。だから、もう二度とあなたは元の世界には戻れないのよ。」
………あの人?
「ずっとここで生きていくしかないのよ。あの人のそばで……」
………あの人のそばで…………?
「いいじゃない、帰れなくたって。大切な人がいるなら、充分じゃない。」
もしかして、それは…あの人とは、もしかしてその人は。
ずっと彼のそばで生きていくしかないというのは、ここにいても良いという意味?
元の世界に戻らずとも、ここで生きていく意味があかねには残っているという意味?
「だから、私は元の世界に戻るの。安心して。あなたが帰ってこなくても、それについては私やお兄ちゃんが御両親に納得行くまで説明しておくから。」
それまで少し気を張ったようだった蘭の表情が、一転してすうっと柔らかないつもの物腰に戻った。
ただ、どこか寂しげな雰囲気は消えないけれど。
「御両親も可哀想ね。もう自分の娘と一生会えなくなるなんて。花嫁姿なんかも見られないんですものね。」
蘭は、きっとわざとそんな毒舌めいたことを言っているのだ。気持ちの切り替えをしようと、自ら言葉で示そうとしているに違いない。
一度芽生えてしまった想いを断ち切るのは、とても困難であり辛いことだ。あかねはそれを今までずっと経験してきた。
そんな想いを今彼女が味わっているのが、やはりあかねには辛くて仕方がない。
だが、蘭は言葉を終えなかった。
「……だから、御両親のためにも、幸せにならないと承知しないから……」
一瞬、声が詰まって息を呑み込んだ。
そして、上擦ったたどたどしい声で、やっとその一言をあかねに告げることができた。
「私の初恋の人を……幸せにしないと許さないんだから」
首をうなだれたまま、蘭は顔を上げなかった。細い肩が小刻みに震えて、膝に置かれた指先がぐっと力を込めて感情を堰き止めているように見えた。
そうして、あかねは涙が止まらなくなった。
言おうと決心してしたことは、言葉にする前にすべて彼女に知られてしまった。先に自分の気持ちに整理をつけていた彼女にとっては、あかねとは比べものにならないほどの決心と苦渋を味わったのだろう。
もっと早く教えていれば、ここまでこなくても良かったかもしれない。
だが、それも今となっては仕方がない。繕い直せるような過去ではない。
彼女が最後に背中を押してくれたことだけが、あかねの唯一の救いでもあり喜びでもあった。
彼女から受け取った想いの分まで、これからを真っ直ぐに生きて行かなくてはならない。
正直に真っ直ぐに。
嘘のない想いを抱いて、彼のところに本当の想いを伝えなくては。
「話はそれだけよ。あとは、お兄ちゃんに任せるわ。私はもう、帰る支度とかしないといけないから失礼するわよ。」
次に蘭が顔を上げたときには、涙のあとを見ることは出来なかったが、しゃんと背筋を伸ばして立ち上がると、それだけ告げて部屋を出ていった。
取り残されたあかねは、まだ瞳の奥が緩んで涙が止まらない。
彼女に向けて、たくさんのごめんなさいと、そしてそれ以上のありがとうを。
この恋を許してくれてありがとう。
その場から去った蘭に向けて、何度も何度もあかねはそう語りかけた。
■■■
しばらくして蘭から連絡を受けたのか、天真が部屋にやって来てくれた。
その頃には涙も落ち着いていたが、少し赤いまぶたを見て何となく天真も察したのだろう。あまり言葉を交わすこともなく、隣でずっと肩を支えてくれていた。
二人でこうして過ごしていても、想いが動くのはいつも天真の方だけで、あかねが心を動かすことは一度もなかった。
いつでも自然体で素直に向かい合って。そんなあかねに惹かれたのだから、こんな結果になっても仕方がないといえば仕方がない。
妹の蘭が友雅を諦めたように、やはり自分の気持ちにも区切りの潮時がやって来ているのかもしれない。
……なんて、そんな感慨深いことを思っては苦笑した。
詩紋のように、恋愛の絡まない付き合いで過ごせたら良かった。しかしそれもまた、どうにもならない過去のこと。
抱いてしまった想いは消せはしないが、考え方を変えればずっとその人を想い続けていられる。
ふっと、天真の手があかねの肩から離れた。
「おまえさあ。友雅のホントの顔、知ってるか?」
いきなり何を言い出すかと思ったら。一体どういう意味でそんなことを切り出したのだろう。
「あいつ、俺に食ってかかってきたことあるんだぜ。見たことないだろ、そんなの」
「えっ?天真くんがケンカをふっかけたんじゃなくて?」
意外なことを言われて、あかねはその様子を思い描いてみようとしたのだが、無理だった。友雅のいつもの様子から考えても、なかなかその状況は描きづらい。それが逆のパターンなら、あっさりイメージ化できるのだが。
「それと、一瞬我を忘れて感情をむき出した友雅ってのも、見たことないだろ?」
これまたイメージの出来ない、難しい場面だ。
「…友雅さんが?嘘…そんな、だって、いつも友雅さんて落ち着いてて、取り乱したりなんか全然しないじゃない…」
落ち着いているというか、どこか集中の糸が緩やかで、緊張というものとは無縁な感じのする友雅であるから、感情的になる姿なんて予想がつかないし、そんなことはあり得ないと思っていた。
天真は、笑いながらあかねの顔を見た。
「あのな、全部おまえが関わったときの、友雅の姿だよ。おまえのことが絡むと、あいつは理性まで吹っ飛んじまうらしいんだ。」
唖然としているあかねの表情が滑稽で、思わずこちらまで笑ってしまう。
彼女が言うとおり、そんな姿など普段の友雅しか知らなければ分からないだろう。だが、天真は知っている。彼があかねのことしか考えられなくなった時、どれほどに心を捕らわれてしまうかを。
「それだけ、本気だってことだよ、あいつの…おまえへの気持ちってのはさ」
同じ男だからこそ、分かったことがある。本当の恋を知ったときの、あきらかな変化。
それは言葉で示したことだけではなく、その人から溢れる光というものの輝きの鋭さ。
一人しか映らないその瞳の中に、永遠に消えることのない輝きを放ちながら生きる、その男の本当の強さと力。
「あんなんじゃあ、どうやったって勝ち目ないじゃん?。諦めるしかないよなあ…」
「え?」
友雅のことを思い出しながら苦笑いをする天真の隣で、あかねはまだどこかぼんやりしている。
「……最後まで鈍感だな、おまえは☆。友雅に気を取られてて、俺のことまで頭に回らなかったってか?」
「…………は?」
元々のんびりした性格で、だからと言って怖じ気づくような華奢な少女じゃなかった。だから話しやすかったし、一緒にいても気を遣うこともなかった。
いつしか居心地の良さを覚えるようになって、そして、いつでも一緒にいたいと思うようになって……つまり、恋していることに気付いたのが数ヶ月前のこと。
一体いつからそんな風に思っていたのか、自分でも分からないのだからこっちも結構ぼんやりしていたのかな、と思ったりもするが。
「あーあ、これじゃマトモに告る気にもならねー!!」
「…………ええっ!?」
仕方が無く天真が口にしたストレートな表現の言葉に、今度はさすがのあかねもびっくりして飛び上がった。
天真が自分のことを……?そんなこと、今まで考えたこともなかったというのに、まさかこんなところで本人から口にされるなんて思ってもみなかった。
パニック状態のあかねを見る天真の方は、その様子を楽しそうに見ながら悪戯っぽい笑顔でこっちを見ている。
「ま、もうそんなことするつもりもないけどな。相手が友雅じゃ敵わねえしさ。男らしくすっぱり諦めるから安心しろよ」
そう言って、いつものようにあかねの髪の毛をくしゃっと掻き上げてくれた。
それは、彼の照れ隠しだったのかもしれない。
「ごめんね……気付かなくて」
あかねが言うと、天真が呆れたように溜息をつく。
「あのなぁ、そんなこと言われたらこっちが惨めだろうが☆おまえは黙って、友雅を追っかけてりゃそれで良いんだよ!」
負け惜しみだと思われれば、確かにそうかもしれない。でも、今はもうそれしか天真にとって選択肢が存在していなかった。
あかねが友雅への想いを断ち切れないように、きっと自分もあかねへの想いを抱いて今後も生きていくのだろう。それならせめて、彼女の笑顔と幸せを願おうと決めた。
「俺の気持ちに気付かなくて悪いと思ってるんだったら、せめてさ…幸せになってくれよ。蘭の言ったこととかぶるけどもさ、あいつも俺も、同じこと思ってるからさ。」
友雅の幸せは、あかねが幸せになることとイコールだ。そうなってくれれば、今はもうそれで良い。
蘭が言った言葉を思い出す。
『初恋の人を幸せにして』
天真は、その時の蘭の気持ちが痛いほどよく分かった。
「昔、蘭に言われたこと思い出しちゃった…」
こつん、と天真の肩によりかかって、あかねがぽつりとこぼす。
「『あなたばっかりみんなに守られて…』って。最初、そういう風に言われてショックだったの、今になって思い出しちゃった…」
あの時は、そんな自覚は全然なかった。だからこそ蘭のその言葉に、とてつもないショックを感じてしまったのを覚えている。
でも、今になって本当に分かるのは、自分のことを思ってくれている人がこんなに多くいたということ。恋に溺れたたった一人の少女の心を、守ってくれる人がこんなにいること。
「ホントに私ばっかり、みんなに力になってもらってる…贅沢なことしてる。それなのに、みんなの力にもなってあげられてない…ホントに役立たずの神子だよね…」
それに加えて、蘭にまで最後は背中を押してくれて。自分だけが恵まれすぎているような気がして、何だか肩身が狭く感じる。
そんなことを考えているあかねを、天真が少し強く小突いた。
「ぐたぐたそんなの考えてねぇで、だったら友雅の力になってやれよ。あいつだって八葉なんだから、そうすりゃ八葉のためになるだろ?」
友雅の力になること。具体的に、自分が何をしてあげれば彼の力になってあげられるだろう?
できるなら八葉として、ではなくて……一人の男性として、女性として力になれることがあるのなら。
「……泰明や蘭にも言われただろ?。あいつを幸せにしれやれってことだよ。」
天真は頬杖を着いて、少し遠くを見ながら答えた。
「だから、おまえはすぐに友雅んとこに行け。そして、あいつに言ってやれよ。おまえの本心をさ。それだけで良いんだよ。」
その先には、あかねにとっての幸せがあるはず。
「行けよ。蘭はもう大丈夫だからさ。おまえが幸せになるのを、俺たちみんな願ってるからさ。」
先に立ち上がった天真が、その手をあかねの前に差し出した。両手で彼女の手をつかんで引き上げると、くるりと方向を回転させて車寄せのある方向へ背中を押し出した。
言葉もなく、天真の顔を振り返って見る。瞳の力が緩んで、また涙がこぼれそうになったが、更に彼が背中を押してくれたので、立ち止まらずに前に歩き出すことが出来た。
言葉には表せないほどの想いをみんなに抱きながら、あかねは足早に歩いていった。
そして………最後に、彼へ本当の心を打ち明けるために。
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