光り降る音

 第22話(2)
決心は充分に出来たつもりでいたが、それでも実際にその場になってみると、やはり無意味なほどに緊張が体を縛り付けてしまう。
二日の日々が過ぎた。その間、相変わらず友雅が土御門家に姿を現すことはなかった。
不安は常にあかねの中に存在しているが、もう決めたことは変わるものではない。
その日、蘭に会いに行くことをあかねは決意した。


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一旦、入口で足が止まった。これからの展開に、やはり竦んでいるらしい。
そんなあかねの背中を、少し強く天真が押した。
「ほら。しっかりしろ。ここまで来たんだから、もう逃げるわけにいかねぇだろ?」
自分の前には誰もいないが、すぐ後ろには天真がいてくれる。振り返れば、何度でも彼はエールを送って励ましてくれる。
そのたびに、何度も心を決めた。何度も自分に言い聞かせた。
ここに来た意味を。


母屋から離れの蘭の部屋に続く渡殿の前で、天真は立ち止まった。
「じゃ、俺はここでな。ここから先はおまえのことだから、俺は立ち入りしねえし、立ち聞きもしねえから安心して頑張ってこい」
そう言って、天真はさっさと他の部屋に行ってしまった。
ここから先は、あかねだけが進むことの出来る道だ。歩いて数十歩くらいの距離なのに、とても長い距離に思える。
庭先からは光が差し込んでいるのに、どこか重苦しい世界につながっているような気がするのは、多分あかねの心を映し出しているからだろう。

蘭が待っている。彼女に言わなくてはならないことは、もう心で整理がついた。
深呼吸を二回。早まる動悸を抑えつつ、あかねは前に向かって歩き出した。


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もう、結果を変えることは出来ない。
自分だけならいくらでも変われるけれど、それは一人で出せる答えではないから。
この想いだけでは、どうにもならない。彼の想いがここになくては、新しい答えを作ることは出来ない。
そして、彼はここにいない。心も、そしてぬくもりも。

彼はいつだって、彼女のところにいるから。

『話がある』と言われて、何となく今日のことはうすうす直感が働いていた。
彼女から話したいことなんて、今更何があるわけでもない。
それはただ一つ、彼のことについてだろう。

気が早まる。彼女が近づく足音と人影を感じるたびに、終わりの一瞬を思い描いては胸がぐっと締め付けられた。

決めたことは、最後まで貫かなくてはいけない。
例えそれが、自分にとって辛いことであっても。
それは裏返してみれば、想う人の幸せでもあり友達の幸せにもつながることでもあるのだ。

せめて最後まで、泣かないように。ぐっと息を呑み込んで背筋を伸ばした。


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向かい合っては見たのだが、お互いになかなか言葉が切り出せない。
あかねは蘭に、蘭はあかねに、何かを気兼ねしてしまって、目を合わせるでもなく向かい合ったままだ。
竹林を駆け抜ける風の音が聞こえる。ほのかに香る、緑の匂いが鼻をくすぐる。
静かな空間だ。だからこそ、身体の中に流れるあらゆる想いがうごめくのが分かる。

二人にとって、迷いながら辿り着いた終着点がここにある。



「蘭……あの………ね………」
最初に口を開いたのは、あかねの方だった。
このまま黙っていても状況は変わらない。彼女に本当の想いを告げるために、ここにやってきたのだから、それを伝えなくては意味がない。
声を出すまで、気持ちを整理するのが大変だった。
やっと話を切り出せるか…と思ったのだが、それを遮るように蘭の言葉が重なった。

「あのね、私…やっぱりお兄ちゃんと一緒に、元の世界に戻ろうと思うの。」
蘭の発言に、あかねは用意していた自分の言葉を押し止めてしまった。彼女は特別動揺などしている素振りもなく、落ち着いた様子でその後も話を続けた。

「私はこれまでずっと記憶がなかったけど、その間ずっとお兄ちゃんもお父さんもお母さんも…私のこと心配して探してくれていたんだし。だから、帰らなくちゃいけないと思って。だから決めたの。」
それは、あかねにとって唐突な蘭の言葉だった。
これまでずっと友雅に気に入られようと、何でも一途に頑張ってきた彼女が、あっさりと京を離れて元の世界に戻るなんてことを言い出すなんて。
彼女の性格からしても、一人だってここに残ると言い出すだろうと思っていたのに、何故そんなにすっぱりとこれまでのことを切り捨てるようなことを決めたのだろう?
友雅への想いは、その程度だったということか?………そんなことはない。これまで近くで眺めていた蘭の姿は、いつだってこちらが羨ましく思えるほど輝いていたのに。
それがそんなに簡単に衰えるものとは思えない。
一体、どうしたというのだろう。
そんな疑問にかられていたあかねに、蘭はぽつりと愁いを帯びた声でつぶやいた。
「だから。恋人は元の世界で作ろうと思うの。」

紛れもなく、それは…彼女が友雅への想いを断ち切ったという意味に違いなかった。

「だって、こっちの世界に来ることなんて、もう二度とないかもしれないし。だったら恋なんてしてもしょうがないもの。」
少し声に笑いを含みながら、蘭はそう言った。そう言いながらも、どこか少し寂しげな瞳をして。本音ではないのだと、あからさまに分かるような表情で。
「あきらめるしかないじゃない……すぐに逢えなくなっちゃうんだもの。」
瞳を伏せた彼女は、今にも泣きそうな姿に見えた。

その言葉は、蘭にだけ当てはまるものではない。京の人間ではない者がすべて該当するものだ。
蘭、天真、詩紋……そしてあかねもその一人。帰らなくてはならない場所が他にある者だけが分かる心。
諦めたくなくても、それを運命が許してくれない。諦めるしか、結末がない歯がゆさ。

「そうだよね…もうすぐ、最後のアクラムとの戦いが終わったら………私たち、帰らないといけないんだものね。」
あかねが言った。
すると、蘭がうなだれていた顔を上げた。そして、はじめてあかねの顔をまっすぐに見た。
「帰るつもりなの?」
彼女の長い黒髪と同じ漆黒の瞳が、あかねを吸い込むようにじっと見ている。
「だって、私もここの世界の人間じゃないもの…」
龍神の神子の役目が終われば、ここにいる必要はない。そうなればもう、ここに居場所などあかねにはない。
生きる場所を失ってしまえば、必然的に生まれた場所に戻るしか方法はない。
たとえ帰りたくなくても。

「帰れるの?」
蘭が尋ねた。
-----帰りたくない。本当は。ここに残りたい。
「帰る決心出来てるの?大切な人がいるのに、その人と別れて元の世界に戻れるの?」
はっとして顔を上げた。
やっと、お互いの瞳がしっかりと相手の顔を見た。
何もまだ言っていなかったはず。なのに…………何故そんなことを。
動揺を隠せずに戸惑いの表情を浮かべているあかねを見て、蘭は苦笑しながら断言するような強い口調でこう言った。

「帰れないわよ。あなたは。」

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Megumi,Kasuga