光り降る音

 第22話(2)
「お師匠は、間違った結果を覆そうとするくらいの力がなくては、神子はやっていけないと言っていた。少なからずおまえには、そんな力が必要なのではないのか」
ぐっと拳を握って肩を震わせているあかねに、泰明は淡々と話を続ける。
「分かっているだろう。自分で選んだ答えが間違っていたと、身に染みて自覚出来ているだろう?」
間違っていたかどうかは、本当のところ分からない。
でも、この答えを選んでも自分が何一つ変わらないことだけは分かった。自分が悩み続けることも、友雅への想いが変わらないことも。


「友雅の心を救ってやれ。それが出来るのは、おまえしかいない。」

二人の想いは、二人でしか作り出せない。想い合うことがなくては、至福の時は来ない。
このままではきっと、お互いに求め合いつつ悲しみを抱いて生きるだけだ。
友雅の心に輝きを取り戻せるのは、あかね以外に誰も出来ることではない。そして同じように、あかねの想いを抱きしめられるのも友雅しかいないのだ。
八葉と神子という繋がり以前の、男と女が抱く自然の感情。そこに芽生えるものは…時として強く、運命さえも動かしてしまうほどの力を持つ。

あかねと友雅は-------出会ってしまった。その後に続く答えは、ただ一つしかない。


愛し合うこと。



「蘭の気持ちは…」
小さな声で、あかねが口にする。それをたしなめるように泰明が続ける。
「何故、打ち明けていない前から答えを自分でまとめようとする?どのみち悩むのであれば、動いてから考えろ。」
少し呆れたような面倒くさいという口調で、それでも泰明はあかねへ語りかけるのを止めなかった。
「予測だけで答えを探そうとしても、あれこれと悩んで答えがまとまらなくなるだけだ。その結果、おまえのようにいつまで経っても気が乱れたままになる。それではいつまでたっても収拾がつかない。」

例え黙っていたとしても、いつかは彼女も知ることになるだろう。
しかし、それがいつになるかは分からない。はっきりしない時間を長々と続けても不毛なだけだ。ならば行動を起こすしかないのだ。時間というのは無限ではないのだから。
「あの娘に、おまえの心を伝えることだ。おまえがそれを抑制する必要はどこにもない。どんな人間であっても、心は平等なものだと…そうお師匠は申された。私のような者には分からぬことだがな。」
天真の妹にとって、この事実は少なからず傷つくことになるかもしれない。
だが、彼女が友雅に好意を持つことは自由だ。止める必要はない。
それと同時に、あかねの友雅への好意もそうだ。そして、友雅のあかねに対する好意も同じこと。
その中で、お互いが通じ合った者が結ばれる。それだけのこと。それが…自然ななりゆきだ。


■■■


「…いろいろとご迷惑かけてすいません…」
「礼を言われることも謝られることもない。おまえが自分の出した答えにまで迷いを断ち切れずにいるから、口出しをせずにいられなかっただけだ。」
何でもない素振りで、泰明は表情一つ変えることもなく答えた。
だが、彼の包み隠さない本心の言葉のおかげで、どれほどあかねの心が落ち着けたか。どれほど勇気づけられたか知れない。
自分の心を押し殺さなくて良いと、友雅への想いを堰き止めなくて良いのだと。

「お話、終わりましたか?」
振り返ると、そこには鷹通が立っていた。
一体いつからいたのだろう。もしかすると…今までの泰明との会話を聞かれてしまっただろうか。というよりも、友雅とのことを鷹通に知られてしまったのかもしれない…。
そう思うと、何故か気まずくて顔を合わせられない。
そんなあかねの肩を、鷹通が優しく叩いた。
「無理をせずに、ご自分の心に優しく接してあげて下さい。もっと貴女は、幸せを感じても良いのですよ」
眼鏡の奥に光る鷹通の瞳が、あかねを包むように暖かく微笑んでいた。
「詩紋殿や天真殿から、お話を聞いておりました。泰明殿からも、今朝詳しいお話を伺ったところでした。」
「おまえがいつまでも落ち着かないせいで、皆戸惑っていたのだ。」

すーっと暖かな涙がこぼれてきた。みんなが、こんなに気に掛けてくれていたのだと思ったら、自然に涙が溢れてきてしまった。
こんなに多くの人に心配をかけて、不安にさせてしまって。そのくせ、いつまで経っても心は友雅のことを忘れられずに、立ち往生して身動きを取れなくなって。
みんなに申し訳なくて……それ以上に、想ってくれていることが嬉しくて。
「ごめん…なさ…っ」
両手で顔を覆ったところで、涙が止まるわけではない。声も上ずってしまって、はっきりと『ごめんなさい』が言えない。
鷹通はそれでも、優しいぬくもりを持つ手であかねの肩を支えるように触れながら微笑んでくれている。
「良いんですよ。貴女がどれだけ、誰かの心を思って過ごしてきたのか分かっていますから。」


詩紋達から話を聞いたとき、本当に彼女の想いを引き止めなくても良いものだろうか、と首を傾げた。
あかねが龍神の神子であること以前に、彼女が友雅と心を通わせることを認めても良いのだろうかと疑問が残った。
友雅はこれまでに、数多く華やかな話題をまき散らしてきた。幾多の女人との逢瀬というものに対し、それほど深く考えることもなく、ただその時の己の心に任せて時を楽しむものだという価値観が見え隠れしていて、そんな彼にあかねが溺れても良いのだろうかとためらった。
だが、彼らの話を聞いているうちに、鷹通の中で何かが変わった。
天真に言い放った、友雅の言葉。そんな強い言葉を彼から聞いたことなど、一度だってなかったことだ。ましてや彼が、そんな風に物事を考えるなど思っても見なかった。
彼がそんなことを口にするのは、余程のことだろう。余程……彼の想いは本気で、そして彼が初めて抱いた、真実の想いなのだと鷹通は感じた。

そしてあかねは、そんな彼に惹かれた。彼はそんなあかねに惹かれ、自然にお互いの心をただ求め合った。
他の誰が代わりになれることのない、たった一人。
それぞれが、そう感じているのなら---------それを阻むことなど出来やしない。

「まずは、貴女の心を正直に彼女に伝えることです。泰明殿のおっしゃるとおり、そこからまた考えればいいことですよ。踏み出す勇気は必要かも知れませんが……」


鷹通と泰明が言うとおり、もうあかねにはこれ以外の答えは残っていないのかもしれない。
いつかどこかで彼女の耳に友雅とのことが伝わったとしたら、その時の方が傷は深くなることもある。
それに、ずっとこの想いをごまかして生きていくのは…きっと辛いだろう。もしも、友雅があかねの選んだ答えのせいで、気を乱すようなことがあったとしたら、それもまた胸が痛む。
自惚れるつもりは毛頭ないけれど、彼の手を振りきったことが彼を苦しめているのなら……それは悲劇でしかない。最小限の被害で済むどころか、誰もが傷ついてしまう。
あかねは友雅への想いを捨てられず、友雅ははね除けられた想いの行き先を見つけられず戸惑い、そして蘭は………心がそばにいないからっぽの友雅の姿に、どこか不安を抱くだろう。

彼女にただ、一言だけ打ち明けよう。
『私も友雅さんのことが好きだった』と、そう告げよう。
彼の想いや、彼とのことはあとから考えるとして。ずっと抱えてきたことを、ずっと気に掛けていた彼女に伝えよう。
『あなたと同じ想いを、私もずっと抱いていた』と。
それは、どうやっても忘れられない想いだのだということを。


「少し早いですが、今日は屋敷にお戻りになられた方がいいかもしれませんね。お身体よりも、お心の方がお疲れになっているようですから」
軽く鷹通に背中を叩かれたら、背筋がぴんと伸びたような気がした。首がまっすぐに前を向いて、肩の力がすっと抜けたような軽い気分がする。
「詩紋や天真も不安に思っているだろう。早く戻って話でもしてやると良い。どのみち、今の神子の状態ではまともに封印さえ出来そうにもない。」
自己嫌悪に陥りそうなもっともの意見を、泰明はさらりと口にしてしまうけれど、今はそれさえ素直に受け入れられる。

ずっと重い荷物を背負ってきたような気がする。そのせいで、前を向くことが出来なかったのだろうか。
余計なものを抱えて、それに押しつぶされて視野が狭まっていた。

そこにある答えは、本当はとても簡単なものだったのかもしれない。まるで、すぐそばにいた青い鳥のように、難しく考えすぎて戸惑っていただけなのかもしれない。
素直に心を広げれば、答えはいつでもそこにあった。
自分の中に、その答えは存在していた。




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Megumi,Kasuga