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光り降る音
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| 第22話(1) |
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桂の荘園は、緑一色に彩られている。一時は鬼たちの穢れにより、荒れ果てた風景が広がっていたこの場所も、近頃では落ち着きを取り戻して新しい苗がすくすくと伸びているという。
「これもすべて神子殿のお力のおかげです。貴女の力は、確かに京をお護り下さっているのです。」
まだ植えたばかりの小さな稲の苗を眺めつつ、鷹通は感慨深くそうつぶやいた。
私は京のために、ここにいる。
それが龍神の神子である私の役目であって……他には何も必要ない。
京の人達が平穏を取り戻し、幸せに過ごせる時が少しでも早くやってくるように。
そう祈りながら、来るべき時に備えて毎日を過ごせばいい。
何度もあかねは、自分にそうやって言い聞かせた。
この京に自分が呼ばれた理由。龍神が自分に託していること。それを果たさないわけにはいかない。
神子であるのだから。それがここにいる自分の存在理由。
何回くりかえしても、どこかしっくり馴染めない。頭では充分分かっているのに、もう一つ何か忘れているようなもどかしさが残っていて。
知らないふりをして通り過ぎるつもりでいても、それならそれで気に掛かってしまうのが辛いところだ。
「すいませんが……」
しばらく歩いていると、どこかからやって来た女性が鷹通の方へやって来た。身なりはいかにもこの辺りで農作をしているという出で立ちで、鷹通のような貴族の出ではない。
彼女は何かを話しているようで、鷹通はそれに耳を傾けていた。
会話が終わると、あかねの方へ鷹通がやって来た。
「神子殿、少しお時間頂いてもよろしいですか?あのご婦人はうちの荘園の近くに住む方で、親しくさせていただいているのですが、少しお話があるとのことで…」
貴族である鷹通だが、身分というものには平等な目を持っている。例え農家の婦人であっても、きちんと対応するのが彼の良いところだろう。
「いいですよ。泰明さんもいるし…しばらくこの辺りで待ってます」
「申し訳ございません。出来るだけ早く戻るように致しますので」
鷹通が頭を下げると、そばにいた婦人も丁寧にあかねたちに頭を下げた。彼女は多分、あかねが龍神の神子であることなど知らないだろうが、鷹通と共にいるのであれば、それなりの娘であると思ったのだろう。
見かけはさほど立派なものではないが。
さて。あかねは泰明と荘園の真ん中に取り残された。
辺りを見渡してみても、面白味のある場所などあるはずがない。ただ、広大な農地が緑の絨毯のように敷き詰められているだけの風景だ。
ここで泰明と二人で時間を潰すと言っても……どうしたらいいだろう。まず、何をするべきか。
「神子」
泰明があかねを呼んだ。
「丁度良い機会だ。おまえに話がある。」
振り返ってみると、泰明はどこか遠くに視線を流していた。あかねを呼びつつも、こちらを見ているわけではない。
風が流れてくる。若草色の長い泰明の髪が揺れた。
「鷹通が戻ってくるまでの間、私の問いに答えろ」
そう言ってやっと、彼はあかねを見た。透きとおるふたつの瞳が、あかねを取り巻く環境すべてを見据えるように輝いていた。
■■■
荘園を少し先に歩くと、木々の影になって大きな岩が2〜3個崩れかかって転がっていた。腰を下ろして休むには、丁度良い場所と言える。
あかねは腰を下ろしたが、泰明は黙って腕を組んだままで立ちつくしている。座ったらどうかと聞いてみたが、必要ないと断られた。
それから十分くらいが過ぎただろうか。泰明は何一つ、自分からは話さなかった。時々あかねの声に、簡単に反応するくらいだった。
ほんの十分程度の時間だったが、それは小一時間にまで感じられるほど重苦しい雰囲気だった。
泰明はあかねの前に立ち、その水晶玉のような瞳でじっとこちらを見ているだけで時間が過ぎた。
「お師匠が先日言った事だが、どうやらおまえは答えを出したようだな」
話した言葉の意味がどんなことであろうと、やっと泰明が声を出してくれたので、あかねはどこかホッとして顔を上げることができた。
「……はい。もう大丈夫です。おかげで吹っ切れました」
無理にでも微笑まなくてはいけないと、そんな義務感がよぎってあかねは笑いながら答えた。
何となく顔が引きつって、上手く笑顔を作れたかどうか不安だったのだが、やはりそんな仕草は泰明に通じることではない。
「私の前でごまかしは効かない。」
あっけなくあかねの作り笑いは、泰明の瞳にすべて暴かれてしまった。
「心から笑えることも出来ないのか。自分で答えを選んでおいて、そんな結果か」
いつも無感情に答える泰明の声が、今回はやけに冷たく胸に突き刺さる。それに対して何も反論が思い付かなくて、言い訳の言葉さえも思い付かない。
例え言葉で飾ってみても、彼にはその裏にあるあかねの心の影を見透かしてしまうだろうけれど。
「何故、その答えを選んだ?おまえの本心はそれを望んではいなかったはずだ。その証拠に、おまえの気は更に乱れつつある。これまで以上に酷い状態だ。」
泰明の瞳に映るあかねの心の中は、うっすらと闇に包まれている。曇り空のような灰色の靄が立ちこめて、その奥にうずくまっているあかねの本心が見える。
問いかけても反応を示さない。顔をあげない。
声も出さずに、彼女はその場に立ち止まったままで動けないでいる。それなのに、あの暖かな色をした気が今も息づいてる。何かを求めているかのように。
それらを闇と靄が包み込んで、身動きが取れないような…そんな感じだ。まさにそれが、あかねの今の本心だろう。
今にも飛び出して、友雅の胸の中に飛び込んでいきたいのに、それを奥深く閉じこめて。その中で…あかねの本心が泣き叫んでいるようにも感じる。
恋に落ちるということは、こんなにももどかしい葛藤が芽生えるものなのか。
「そんなに求めているのなら、友雅の懐に飛び込めば済むことだろう。何故、そうしない?」
びくっとあかねの肩が震えた。はじめて泰明が、率直に友雅の名前を口にしたせいだ。
あかねの想いには気付いていただろう。
だが、これまで泰明も晴明も、何となくという感じではっきりとした言葉は濁したままだった。だから、いきなり友雅の名前を言われた時に過剰に反応してしまったのだ。
「一度は友雅と心を分かち合ったはず。それを何故、今になって手放す?おまえはあの時、至福の時を味わっただろう。それなのに何故だ?」
至福の時。今も忘れられない、あの二人の時間。触れ合う手のひらと、抱きしめてくれる腕。重なった唇の暖かさと甘さ。
胸が早まるわずかな時間を、今でも鮮明に覚えている。
あのまま時が止まればいいと思った。
でも、流れる時間は現実に引き戻して、そこにあるもう一つの想いを気付かせてしまう。
「天真の妹が気に掛かったから、か」
あかねが答えなくても、泰明は読みとってしまう。あかねの中の、本当の感情もなにもかも。
「そこまでして、何故天真の妹の想いを優先する必要がある?」
自分の選ぶ答えなのだから、自分が一番満足ゆく答えを選べばいいことなのに、他人の意思を尊重してしまうあかねの心が泰明には分からない。
その結果、自分がこんなにまで傷ついているのに。
そして、行き場のない想いを抱えたままで、友雅さえも足下のおぼつかない道を右往左往しているというのに。
「おまえは『最低限の被害で済む答え』を選んだと、そう考えだろう。ならば今はどうなのだ。おまえは友雅に対しての想いを断ち切れない。そして友雅は、今でもおまえへの想いを抱いたままだ。
友雅が傷ついていないとでも言うのか?あの男の想いの行き先を堰き止めたのはおまえだ。それは被害ではないのか?」
あかねには見えていないだろう。気付いてもいないだろう。このところの友雅の周囲から、輝きのある気が見えなくなっていることに。
それまで、あかねのそばにいることで放っていた光が、衰えつつあることを知らないだろう。
あかねと会うことがなくなってからだ。すべてそれは、想いの行き場がなくなった時から。
「少なくとも、おまえと友雅の二人は…おまえの選んだ答えで傷ついた。おまえは、自分一人が傷つくだけで良いと思ったのだろうが、結果的にはそうではなくなったな。」
静まりかえる緑色の風に、どこかで咲いていた藤の花びらが数枚風に乗って舞い込んできた。
「友雅の想いはどうでもいいのか。おまえに対するあいつの想いはどこへ行けばいいのだ。代わりに天真の妹の方へ…などと、都合の良いことを考えているのではないだろうな」
だが、きっとあかねはそう思っている。しかしその反面で、行かないで欲しいとも思っている。挟まれて動けない本心が泰明には見える。
「そんなことが出来ないのは、おまえが一番よく知っているだろう。」
胸の奥が詰まるような思いがした。
今もあの時の友雅の声を、忘れられないのは…彼のことがまだ好きだから。
彼が好きだと言ってくれたのが、本心から嬉しかったから。
それが自分の本心であり、ずっとずっと求めていた瞬間だったから-------------。
彼が心を求めてくれたから、差し出した。熱い瞳に溶けていきそうな瞬間に、至福の時を感じた。
その瞳が自分のためにあることを、彼の言葉で感じることができたから。
忘れられない。そして、あきらめることなんてきっと出来ない。
彼がそう思ってくれているのなら、自分だって同じこと。
そう、あの時に確信したのだから。
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