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光り降る音
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| 第19話(2) |
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天真が二人きりにはさせたくないと愚図るものだから、蘭の部屋に続く高欄に居座ることだけ譲歩して、あかねは屋敷を後にした。
ひんやりした竹林の続く奥庭で、ひとり大きく深呼吸して身体を伸ばした。
気持ちいいはずなのに、身体もすっきりと軽くなるはずなのに。どっしりと重くのしかかるものは何なんだろう。
空気に溶けるような静かな琴の音が、笹の葉の間をすり抜けながらあかねの耳に届いた。初めて聞いたときのぎこちなさは消えて、今ではしっかりと曲になっている。
友雅に近づきたくて重ね続けた練習の成果が、蘭の彼への気持ちの形だ。彼のそばにいるために、彼と対等になりたいとの彼女の想いが一つの音になった。
彼がそばにいることで、その音は更に艶やかに変わっていく。想いをつまびくと共に、深みのある音は雅やかな彼に似合う音へと変化していくのだろう。
彼のためにつまびく音を、あかねは少し離れたところで耳を傾けることにしよう。
……そう決めたのだ。
答えは決めたはず。どうなるにも、自分が決めたことなら諦めがつく。
そう思い切ったのだから、少しくらい身軽になっても良さそうなのに…まるで状況は変わらない。
多分、自分に未練がまだ残っているからだろう。しかし未練なんてものは、いつか時間が消去してくれるはずだ。長くかかるかもしれないけれど、これから生きていく時間から比べたら一瞬だ。
辛いのは今だけ。あっという間に忘れることが出来る。きっと、絶対…そうに違いないのだから。
頭の中では理解しているのに、胸の奥がツンと痛む。そうしてかすかに、目尻に雫がにじみ出す。
こみあげて、あふれてくる感情は常に同化しない。いつもこんな調子で分離したままだ。
早く現代に戻りたい。この世界から離れれば、すぐに忘れられると思う。
いますぐにでも帰りたい。ここにはもういたくない。いつになったら忘れられるか分からない想いを抱いて、明日からも生きていくのが苦しくて仕方がない。
夢なら醒めて欲しい。楽しかったことも悲しかったことも、起きたら全部忘れてしまえるように…そんな夢だったら良いのに。
「………っ……」
息を呑み込むと、じわりと痛みが胸に溶け込んでくる。それは涙の雫が混じったせいだろうか。
寄りかかりたい何かが欲しくて、あかねは目の前にそびえる細い竹を抱きしめた。その振動で頭の上で、カサカサと笹の葉の揺れる優しい音がした。
しばらくの間、目を閉じてずっとそうしていた。無になっていく心がいつしか落ち着きを取り戻して、あかねの選んだ答えを肯定してくれているような気がしてホッとした。
自分自身でさえ肯定出来ない現実を、誰でもいいからうなづいて欲しかった。それが例え、人間でなくてもいいから。
いきなり、ガサッと大きな音が響く。
そしてその音と同時に、あかねの抱きしめていた竹が大きく揺さぶられるのを体感した。
「黙って姿を隠すのはずるいよ」
目の前の竹を握る、大きな手がある。少し上で聞こえる声は、あかねに向かって語られている。
「いきなりこんなところに来たいなんて言い出して、やって来たかと思えば今度は私に彼女の相手をしろと言い出して。今日の神子殿の考えていることは、分からないことばかりで困ってしまうよ。」
「……すいません」
友雅は深い溜息をついた。
そんな冷めた答えを聞きたいがために、ここまで追いかけてきたわけではない。しかも、相変わらず顔を上げようともしない彼女を見下ろすだけでは、彼にとっては何一つ満足できるはずがない。
感情が自然に表情にあらわれる、生き生きした瞳が好きだった。なのにそれを今日は見ることが出来ない。だから彼女の心が分からない。不透明な姿の彼女では、魅力も半減してしまう。
「彼女に用事があったのは、神子殿ではなかったのかい?なのに、どうして私に相手を頼んで、君はこんなところに逃げてきたんだい?」
「…逃げたわけじゃ、ないです」
うそ。本当は逃げたんだ。
あの場から逃げないと、いてもたってもいられなかったから。
「晴明殿の屋敷で何か気に掛かることがあったのなら、吐き出してご覧。これでも私は八葉なのだし、君を護るためにいるのだからね。」
そっと若竹から、友雅の手が離れた。
「八葉…というよりも、心を奪われた姫君のために、というのが本当のところかな」
離れた手のひらは、軽くあかねの背中に流れるように落ちた。
びくっと身体が震える。二人きりのこの場所は、まるで閉じこめられた空間のように他の気配が消えている。
息を呑むほどの近い距離で、友雅の存在が伝わってくる。
「私に何が出来る?君の笑顔のためには、どんなことが出来るのか教えて欲しいね。」
強く手のひらを握りしめられて、指先を唇へと引き上げられる。小さな爪の先を愛おしく唇でなぞる友雅を見上げてしまうと、その視線の中に取り込まれた。
「君と見つめ合えないことは、私にとって何よりも辛い。言ってご覧。君の願いなら、出来る限り叶えてあげると約束するから。」
艶やかな微笑みを、独り占めしたい。本当はそう願っている。
でも、自分が出した答えはそれとは別のこと。
叶えて欲しいことは、それじゃない。自分の本心ではない、もっと別のこと。
-------あかねは唇を噛みしめた。
「ずっと…伝えなくちゃいけないと思ってたんですけど………」
-------もう戻れない。これを告げたら、二度と心が通うことはない。
「蘭に頼まれてたんです…。今度は…友雅さん一人で、遊びに来てくれるように伝えてくれって…」
-------決めたんだ。この恋を忘れようって。
「……何故?こうして天真や神子殿と共にやって来るだけでは駄目なのかい?」
「それは…た、他人の目があるからやっぱり…。出来れば、その………二人きりでお話したいって…」
「………どうして二人きりでなくてはならないんだろう?」
「それは………」
それは彼女の心が、彼女の想いが、彼女自身が…………
「蘭が…友雅さんのこと、好きだって……だから……」
好きな人と一緒にいたい。理由は、ただそれだけしかない。
押しつぶされるような沈黙が流れる。言葉のない時間が息苦しくて仕方がない。
何か言って欲しいけれど、何を言われるのかが怖くて切り出すことも出来なくて。それなのに、今友雅が考えていることが知りたくてたまらない。
蘭の気持ちは、彼ならばとうに気付いていたかも知れない。わざわざ告げる必要はなかったかもしれない。
それなのに答えてしまったのは、本当は自分がそう答えたかったからではなかったのか。
「それが、君の願いかい?」
友雅が尋ねるので、あかねはうなづいた。
しかし彼が、あかねのこんな願い事を納得などしているはずがなかった。
「君の本当の心は、どう思っているんだい」
今まで聞いたことの無かった、凛と背筋の引き締まるような声がした。
「君は、どんなことを考えながらそんなことを私に言っているんだい?私を、彼女と引き合わせたいと心から思って、そんなことを言っているのかい?」
友雅の問いに、あかねは何も答えられなかった。答えなんて、もう考る必要もないから。
こんなことしたくない。自分の中に芽生えてしまった恋する想いを、抹殺したくなんかない。
本心はただ一つ。彼を…他の誰にも取られたくない。このまま彼にしがみつきたい。
何度考え直しても、本当に叫びたいのはそれだけだ。これまで何回もはじき出した答えは、最終的に同じ結果になる。
だけど、もうそれを叫ぶことは許されない。その選択をあかねは決めてしまったのだから。
黙ったまま、何も答えようとしないあかねを、友雅は上から見下ろしていた。
あかねはといえば顔を上げることも出来ず、彼の肩から流れるように落ちている緩やかな毛先を、様子を伺うように上目遣いで見るのが精一杯だった。
「顔を上げて、私を見てごらん。」
いつもの甘やかで優しい声ではなかった。明らかに圧力を帯びている声だった。
彼は、あかねの本心を欲している。あかねの心が、本当は何を叫んでいるのか、少しは察しが付いているからだろうか。
「神子殿」
友雅の両手が、細いあかねの肩をがっしりとつかむ。衣の上から伝わるぬくもりに、一瞬心が震えた。
「私の顔を見ることも出来ないのかい?」
「……………っ」
飛び出してきそうな声を、何度も飲み込む。その度に、頬を染めて友雅の事を話す蘭の笑顔が、浮かんでは鮮明さを色濃くしていく。
どうしてこんなに悩まないといけないの。
好きになった心を、何故閉じこめておかなければいけないの。
心に嘘なんかつけないのに。もう止められないのに。
痛い。苦しい。息が詰まりそうだ。
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