光り降る音

 第18話(2)
いそいそと足取りを早く、藤姫があかねたちの部屋へとやって来る。
「友雅殿がおいでになられましたわ。神子様、如何なさいます?本日は天真殿と友雅殿のお二人に、ご一緒して頂きますか?」
天真は、すぐにあかねの方に目をやった。どことなく戸惑いがちの表情が、今の心境を正確に表しているように見えた。
「神子様?」
色々なことを一度に考えすぎて、目の前にいる藤姫が答えを待っていることにも気付かなかった。
本当なら、あまり必要以上に友雅のそばにはいたくないのだが。それに、天真が一緒ともなれば尚更に雰囲気も険悪になりそうな気がする。
でも、どうしても断る決意が定まらない。

しびれを切らして、あかねの代わりに答えたのは天真だった。
「いいぜ、藤姫。今日は俺と友雅で、あかねに付き添う。そういうことで進めてくれ。」
「天真くん……」
藤姫は天真とあかねの顔を、交互にちらちらと見合わせている。
「俺だって、そういつもいつも友雅に食ってかかってるわけじゃねえよ。余計な心配するな。」
そう言って天真は、伸ばした手のひらであかねの頭をくしゃっと撫でた。

無理して笑ってくれているのは、きっと無用にあかねが気を遣わなくてもいいようにとの、彼なりの思いやりの一つ。詩紋にしろ天真にしろ、彼らがいてくれることがどれほどに力強いか知れない。
ひとりぼっちだったら、すがりついてしまうだろう。
傾いてはいけない方向へと、流されていってしまっているに違いない………あかねは思った。


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「心配はするな」と天真は言ったが、案の定予測したとおりに友雅と天真の雰囲気は険悪に近い。それぞれあかねを挟んで右と左に並んで歩いているが、屋敷を出てからろくに会話など交わす様子もない。
何か気を効いたことでも言えれば、とあかねも話題を考えてみたりするのだが、今度は自分の左側にいる友雅の存在が気になってしまって、なかなか落ち着いて物事を考えることも出来ない。
こんな調子で一日やっていけるんだろうか…。何となく気分は憂鬱だ。それでなくてもこの二人に挟まれていると、蘭のことまで思い浮かんでしまって、更に気が滅入ってしまうのに困ったものだ。


賑わう町の喧噪とは正反対の三人が、一条戻り橋に近付いた時だった。
丁度橋の向こう側に泰明が立っているのに気付いたあかねは、まるで天真たちの空気から逃げ出すようにして駆け寄った。

「泰明さん、どうしたんですか?こんなところで…」
あかねが近付くと、泰明はふとその後ろにいる二人にも目をやった。そしてすぐにあかねを見下ろす。
「おまえたちがここを通るのを待っていた。お師匠が、おまえに話があると言っている。」
「……私に?」
覚えもないことに、あかねは首をかしげた。八葉の泰明ならまだしも、その師匠である安倍晴明から直々にそんなことを言われるようなことは思い当たらないのだが。
「詳しいことは私は知らぬ。とにかく、友雅も天真も神子と共に屋敷に来い。ただし、お師匠の庵に入ることを許されているのは神子だけだが。」
それだけ答えて泰明は背を向けると、さっさと屋敷に向かって歩いていってしまった。

「…何だかよく分からねぇけど、行くしかねえか」
あくまでも独り言のようにつぶやいてから、天真は友雅よりも先にあかねのあとを追いかけた。


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「おまえたちは母屋で待機していろ。ここからは神子と私しか入れぬ結界が張られている」
奥ばっている庭を歩いていると、丁度良い具合に寂れた庵がひっそりと佇んでいた。
泰明の話によれば、そこは晴明が特別にあつらえた彼だけの庵だと言う。普段は母屋の部屋で充分作業出来るのだが、何かしら特殊なことがある場合はそちらを利用するとのことだ。
例え八葉であっても、その庵には晴明が許す者しか入出が出来ないようだ。


泰明があかねを連れて姿を消したあと、そこに残されたのは例の二人だけである。
鬱蒼とした木々の緑が、空からの光さえも遮っているような世界では、小鳥の声もろくに聞こえてくることはない。天真と友雅の二人しかいないような、そんな錯覚にも陥りそうだ。
「取り敢えず、母屋で二人が帰ってくるのを待っているとしようか」
友雅は身体の向きをひるがえし、わずかに見える出口の明かりへと歩き出した。少しだけ後ろに引き下がって、歩幅をわざと遅らせて天真も後を続いた。


「今朝は珍しく天真が神子殿の付き添いを申し出たとか。何か理由でもあったのかい?」
かさかさと草むらを踏む足音と共に、友雅が背を向けたまま口を開く。
「別に…理由なんか。ただ、しばらく付き合ってなかったし、今日は暇だったし………」
くすっ、と友雅がかすかに笑ったが、多分足音に消されて気付かなかっただろう。
「てっきり夕べの私の発言に感化されて、行動に出たのかと思ってしまったけれど勘違いだったのかな」
「ばっ…そっ、そんなんじゃねぇ!!」
そのあとに続いた友雅の笑い声は、さすがに天真の耳にも入ってきた。

そういうわけではない。ただ、何となく今日はあかねと一緒にいたい気がしただけだ。
自分の気持ちを伝えようとか、そういう意味などではなくて、一緒にいればあかねの変化に自然に気付くことが出来そうな、そんな気がしたからだ。

本当にあかねと友雅は、既に心を通じ合っているのか。それだけが天真の聞きたいことだ。
あかねに問いただしたいのは山々だが、目の前にするとなかなかすんなり行動に移すことが出来ない。だからと言って、友雅に尋ねるのは酌に障る。

もしもそうだったとしても、友雅自身からその言葉は聞きたくはない。
多分…ささやかながらの、天真の中にあるプライドなのだろう。


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小綺麗な造りの母屋とは違って、その中は庵という言葉にぴったりの素朴な造りをしていた。
艶のない床板、ただ打ち付けただけの飾りもない壁。薄暗い中にぼんやり浮かぶのは燈台一本。そこに安倍晴明はいた。
「しばらくぶりだな。そなたも随分と神子らしくなったようだ。京の気が落ち着きを取り戻している。」
久し振りに会った晴明は、相変わらず見た目だけで判断すれば穏やかそうな翁の面持ちだが、ふとした時に気付くその眼光は射るように鋭い。

「あの…私にお話があるって、泰明さんに連れてこられたんですけれど……一体…」
あかねがさっそく本題に入ろうとすると、晴明も泰明も一瞬黙った。とは言っても、泰明はさっきから一度も口など開いてはいないのだが。
ゆらりと生き物のように揺れる灯りが、三人の影を壁に映している。
「京は平穏に向かっているというのに、神子の気は全くと言って良いほど落ち着かぬな。」
晴明が、そうぽつりと言った。

「神子は余計なことを面倒に考えすぎる傾向がある。もっと自分の心を自由にしてやることが重要だと思うがな」
鋭い瞳だが、決して厳しいものではない。晴明はじっとあかねから目を反らさずに、逆に彼女の内面にある本心を見つめているかのように、遠い目をして話を続ける。
「それが出来ないのであれば、何かしら変化を自分から起こさねばならんぞ。良かろうが悪かろうが、このままでは神子自身だけでは済まなくなる。そなたの行動と気が、全てを左右するということを自覚するが良いな」

彼には…晴明には本心を隠すことは出来ない。どんなに厚い衣を纏っていようが、その内側に湧き上がる想いの存在を気付いているはずだ。
勿論、その想いの意味さえも知っているに違いない。
これまでの想い、今抱えている悩みのすべて。そして……すべての想いにつながる、大切な彼のことまでも。

「……どうしたら良いんですか」
声を絞るような声で問う。あかねの瞳が、艶やかに揺らいだ。
「私、どうしたら良いんですか…?どうやったら、一番良い結末を迎えられるんですか…。答えって、どうすれば見つかるんですか…?」
知っているなら教えて欲しい。この燃える想いを、どこにぶつければいいのかを。
蘭に、打ち明けてしまった方がいいのか。このまま、友雅の胸に飛び込んでしまっていいのか。それとも…地中の奥深く埋めてしまえば良いのか。
誰もが幸せに、なんて綺麗事はもう望まない。最低限の被害で済む、ひとつの答えが欲しい。

しかし、晴明は表情を変えずに答えた。
「それは神子が決めること、他の誰が決めることではない。神子が選んだ答えを形にすることだ。」

ふと、記憶が波打って過去を思い出した。
『自分の答えは自分で見つけるしかない』
彼が、以前同じようなことを言っていたのを思い出した。
自分が悩む問題は、自分の問題であるから。それを解決するには自分が答えを出すしかない。第三者が介入したところで、どうにもならないことなのだ。
決めるのは自分自身。自分の心。
その答えがどんなことであろうと、その先に何が待っていようと、決断するのは……自分以外に誰もいないのだ。

強く拳を握りしめる。膝の上で堅く閉じられた両手が汗ばむ。
その手の甲に、かすかに光る雨粒がいくつかこぼれ落ちた。





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Megumi,Kasuga