光り降る音

 第18話(1)
屋敷に戻ってくると、部屋に戻る途中のあかねと鉢合わせになった。
「おかえり天真くん…どうかしたの?」
突然何も言わずに外に飛び出して行き、しばらく帰ってこなかったので気に掛かっていたらしい。
とは言え、友雅に食ってかかっていたとはとても口には出せない。
「別に…何でもねぇよ。ちょっと野暮用っていうか、そんなもんだ」
そう一言だけ答えて、通り過ぎようとした。が、その腕を細い手が掴んで引き止めた。

「蘭のこと…で、友雅さんに何か言ってたんじゃない?」
夜目にもほのかに色づく桜色の唇が、天真を見上げてそう告げる。丁度友雅が屋敷を後にした直後だったものだから、あかねにも何となく検討はついていたのだろう。今日だってそのことで、彼女と一悶着あったに違いない。
「……蘭のヤツがいくら言ってもきかねえから、取り敢えず相手に釘を刺しておこうかと思ってさ…」
そのつもりだったのだが、確かにその目的は果たせたのだが、それとは別の想いが天真の中には湧き上がってきている。
友雅の目は、蘭の方向へ向くことはない。
しかしその目は………今ここにいる彼女を捕らえて離さない。


……気付かないほどに淡くてほのかな想いだったのだ。そばにいることが当然であるように、そんな日常をずっと続けていたから。
今まで自覚がなかった。それが恋のはじまりだったということを。
それを、今になって気付かされるなんて。

「あまり…口うるさく言わなくても、いいんじゃない?蘭も可哀想だよ、天真くんにそこまでまくし立てられちゃ…。」
あかねがそう答える。
「蘭だってさ、友雅さんのこと本当に好きなんだし…。友雅さんがどう思っているか分からないけど、蘭の気持ちまで否定しなくたっていいんじゃない?」
そう話すあかねの顔を見下ろす。少しだけ苦笑しているのは、彼女の言葉と気持ちが一致していないぎこちなさから生まれるものだろうか。
本当はそんなこと、思っていないだろうに。自分の男に恋する他の女の想いを、応援してやろうなんて思うはずがない。
少なくとも、天真はそうだ。だから、友雅のあかねへ対する想いが居心地悪い。あかねが友雅を好きでいなければ、いくらでもアクションを起こしても良いと思っていたが、今となってはもう遅い。
それでもやはり、良い気分はしない。

「女の子って、好きな人のことを思っているだけで、それだけでも充分幸せなんだから……」
と言って、あかねは一瞬息を呑み込んだ。本心も一緒にまるめこんで呑み込んだ。
「おまえもか?」
「えっ?」
「おまえも…………」
"おまえも、友雅のことを思っているだけで幸せなのか?"
そう言いたかったのを、天真も呑み込んだ。
「何でもねぇよ。俺、裏門の警護頼まれてるから、もう行くぜ」
天真は一言残して、うっすら立ちこめる闇の中へ消えていった。



ほのかに燈台の灯りが浮き上がる夜の中、あかねは一人でさっきの自分の言葉を復唱した。

"好きな人のことを思っているだけで幸せ"
それは間違いなく本心。だけど、それ以上に辛くなるときもある。
思っているだけで幸せならそれだけで構わないのに、それ以上のことをいつのまにか求めてしまって。手に届く距離であればあるほど、自然に瞳は彼を追いかける。
思うだけじゃ満足できない。伸ばした手を受け取って欲しくて、寄り添った身体を抱きしめて欲しくて。
次から次へと願望は増え続けていく。
辛い想いがそこに混在していると知りながらも。

例えそれが痛くて苦しいものであっても、一度知ってしまった甘い想いはもう消せはしない。
消したくても消したくても、どうしようもないのに。


■■■


目を射るように鮮やかな青が、空一面を覆っていた。わずかに見える白い雲には太陽の光が反射し、黄金色に縁を彩っている。
もう何日になるだろうか。ずっとこうして土御門家に通い続ける日が当然のようになってきている。
誰よりも早く、願わくば目覚めた彼女の瞳に、今日一番に映るのが自分の姿であるようにと。そんなことを思いながら車を走らせた。
まだ人手の少ない明け方の町並み。友雅を乗せた牛車の音だけが響き渡っていた。

「今朝は随分早く起こしになられたのですわね」
そんな風に友雅を出迎えた藤姫だが、彼女の方こそこんな朝早くとは言え、一寸の乱れもない装いを既に整えているのだから頭が下がる。
「神子殿の顔が見たくて、いてもたってもいられなくてね。ついこんな早くに参じてしまったのだよ」
そう友雅が言うと、藤姫は少し呆れたような視線を友雅に投げかけた。おおよそ、『また冗談ばかり言って』という感じなのだろう。
まあ、それが本音であると知られてしまえば、それでまた面倒なことになりそうなので構わないのだが。


「それにしても、一度にお二人も八葉が揃ってしまわれたのでは、もう今日のお付き添いは決まってしまったのも同然ですわね」
藤姫はそうつぶやきながら、屋敷に上がった友雅を招き入れて彼の前を歩き出した。一瞬、友雅の表情がこわばったのを彼女は気付かないでいる。
「……一度に二人、ということは、私よりも先に誰か既にここにやって来ているのかい?」
「いえ、おいでになられているというか、天真殿からお申し出がありましたので。神子様も先程ご承諾されましたの。」
「天真ね……」
友雅は、ふと夕べのことを思い出した。

我ながら、随分と熱いことを口走ってしまったものだ、と夜風に吹かれながらの帰路を辿った。
彼女のことになると、少し自分を失ってしまうことがある。出来るだけいつものように振る舞おうとするのだが、何故かうまくいかない。

焦っているのだろうか。自分と彼女が、異なる世界に存在する者であるということが、近付いてくるその終幕の時期を恐れているのかもしれない。
天真なら、彼女と共に同じ世界に戻ることが出来る。これからもずっと、彼女と共に生きていける。
自分は、そうはいかない。別の異世界同士に生まれた運命は変わることがない。
どちらかがそれを変えない限りは……二人は永遠に同じ世界に生きることは出来ない。
どうしても、彼女の手が欲しい。引き止めるための距離が欲しい。そのためには、どんな無茶だろうがしても構わない……と。


そんなことを本気で思っているのだから、自分も変わったものだな、と友雅は思った。
呆れるほどに、彼女に溺れている自分を見ては苦笑するしかない。





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Megumi,Kasuga