光り降る音

 第17話(1)
「お…またせっ!ごめんね、遅くなっちゃって」
慌てて詩紋が、片手に小さなお札を手にしてかけてきた。
何事もなかったかのように、あかねと友雅は一定の距離を置いて詩紋を迎えた。
「用事は済んだかい?すぐに出掛けても良いかな?」
「あ、はい。僕は全然構いません」
詩紋の返事に友雅は静かに微笑んだが、何となく詩紋の方はほんの少し気まずかった。


………本当は、遠くでちょっとだけ見えてしまった。二人の心が重なっていた姿を。
そのまま知らないふりをしてあげられれば良かったのだが、嵐山の近いこの神社もそろそろ人通りが出てくる頃だ。
あかねが龍神の神子であることはあまり知られていないが、友雅はそうはいかない。八葉であることを除けても、そこにいるだけで彼は他人の目を惹く力を持っている。更に左近衛府少将という肩書きまでもついていては、目立つのは避けられるものではない。
誰かに見られたら、それこそすぐに噂が広がるのは必須。邪魔はしたくなかったけれど仕方がない。
あんな風に、ずっと手を握り合っていられたら良いのに。


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野宮から清涼寺へと向かい、用事を済ませたあかねたちは洛中へと戻って来た。
山道とは違って昼間の大通りは、人の姿も多いために牛車から出ることは出来なかった。やはり詩紋の姿が人目を引いてしまうのは必須であるし、それは彼自身も承知の上のことである。
ガラガラとゆっくり進む車の中で、時折外の風景を覗いてみる。それは、大通りから少し離れた寺の近くを通っていた時だった。
見慣れた姿が目の前を横切っていったのを、あかねと詩紋がほぼ同時に見つけた。

「天真くん!!」
慌てて車を停めて駆けだして来たあかねたちに、少し天真は驚いた様子だった。
「何だよおまえら……。ああ、出先からの帰りか。」
天真は納得したあと、その牛車の中にいるもう一人の姿に目を移す。御簾のすきまから見えるその男の姿を確認すると、予想通りに不機嫌そうな顔をした。
「友雅なんかを連れて歩く前に、何で俺に相談しねえんだよ!?」
「ち、違うよ…!友雅さんの方から迎えに来てくれたから………」
友雅の方を睨もうとした天真の背後から、聞こえてきたのはこちらもまた聞き覚えのある声。若い娘の声だ。

「ちょっと待ってってば!!お兄ちゃんっ!!」
門の中から慌てて駆けだしてきたのは、天真の妹。そうだ、見覚えのあるこの道は、彼女に逢うために何度も通った馴染んだ風景。
そしてこの塀の向こうには竹林。その中にひっそり立つ寺。ここは蘭の住む庵のある場所。
「蘭……!!」
「あっ…あかねちゃんっ!!」
あかねが彼女の名前を呼ぶと、天真の方へ向いていた視線がこちらに向かう。その拍子に衣が乱れて足の爪先に絡まりそうになり、思わず前のめりになって転びそうになった。
重心が崩れて、彼女の長い黒髪がゆるやかに宙を舞う。
「おいっ!!」
天真が即座に駆け寄ろうとした。

しかし、その前に後ろから蘭の身体を抱き留めた手があった。

「前を向くのは良いけれど足下にも気を配って歩かないと、転んで綺麗な顔が傷付いてしまうよ」
兄の天真よりもがっしりとしていて、安定感のあるその腕。か細い蘭の身体を軽々と片手で支えることの出来る腕。その先に延びるのは、細くて長いしなやかな指先。琵琶の弦をつまびくには似合いすぎる指。

「てめえ、離せ!友雅っ!!」
抱き留められている蘭が声を出すよりも先に、怒鳴り声を上げたのは天真の方だった。キレる寸前…というよりも、既にキレていると言って良いくらいだ。
天真はおもむろに蘭の腕を引っ張りあげて、無理矢理友雅から彼女を引き離した。
「あと一歩遅れていたら、君の大切な妹君に傷がつくところだったのだから、少しは感謝してもらいたいものだけれどもねえ…」
溜息混じりに呆れたような口振りで友雅が言うと、直球で天真から反応が返ってくる。
「うるせー!!おまえの手なんか借りなくったって、俺がどうにかしてたぜ!」
食ってかかっている天真をはね除けて、蘭は友雅に自分から駆け寄った。

「あ、ありがとうございましたっ…。兄が失礼なことを言って…すいません!」
「俺が何をしたってぇ!?」
後ろで怒りの頂点に達している天真など振り向きもせず、深々と友雅に頭を下げた。そんな彼女の頬を、軽く撫でるように友雅は手を伸ばした。
「君を心から心配しているからこそ、少々口うるさくなってしまうようだ。しかし、それには感謝をしなくてはいけないね。ここまで君を想いながら探し続けてきたのだから。」
「………はい。」
面と向かって満面の笑みを保ちながら、そんな風に言われては蘭も言い返すことが出来るわけがない。
ましてや彼は、自分が想いを寄せている男なのだ。

ほんのりを頬を桜色に染める蘭の姿を、不服そうに天真は黙って見ている。その隣にいるあかねの様子など、まったく目に入っていないようだ。



あかねは、ぼんやりと二人の様子を見ていた。

…蘭、可愛いな…。きっと友雅さんが目の前にいて、嬉しくって赤くなってるんだろうな…。

客観的にそんなことを考えていた。
恋する人が目の前にいるだけで、不思議な熱が身体の中を駆け巡る。嬉しいのに少し息苦しい、見つめたいのに目を反らしてしまう、そんな両極端の複雑な感情…それは恋の症状だ。

そんな表情を包み隠さずさらけ出せる彼女を、あかねは初めて羨ましいと思った。


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あかねたちを土御門家まで送り届けた友雅は、一人で屋敷を後にすることとなった。
それまで常に誰かと共に行動していたせいか、こうして帰路を一人で辿るのは、些か心細いような気がする。
そんなことなど、今まで思ったことも感じたこともなかったのだが。今となっては隣を横切るすきま風が気になる。
誰かが隣にいてくれたら、そんな寒々しい風も感じることなどないだろう。
たった一人、彼女がそばにいたら、きっと。


「おい、ちょっと待てよ」
聞き慣れた男の声が背後から聞こえて、友雅は足を止めた。
「おまえに話がある。少し時間よこせよ」
「頼み事をするような言葉遣いではないね。天真でなければ無視するのだけど」
にこやかな笑みを崩さない友雅と、むすっとした天真と。
正反対の表情を浮かべた二人は、土御門家のすぐそばにある辻に姿をくらませた。




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Megumi,Kasuga