光り降る音

 第16話(3)
夏の気配を感じる。草いきれの香りが風の中に混在していた。
鮮やかな色で茂る緑の葉が、頭の上でさわさわと風に揺れる音がする。日差しから逃げるようにして、二人は大きなの木の下へと移動した。

わざとあかねは友雅に背を向けるように、丁度彼の後ろにあたる位置で足を止めた。それに対して友雅は何も言わず、そして振り向こうともしなかった。
友雅の顔が見えない位置になったことを確認すると、やっと少しだけホッとした。面と向かい合って話せるほど、混乱した心は落ち着く気配を見せてくれない。

息苦しさと胸の熱さが入り交じって、体温を確実に上昇させてゆく。
日中の気温など関係なく、この場にいるあの人の存在と、今こうしてここにいるのは二人だけだということ。それを思い出すだけで、少しずつ全身の熱は上がりつつある。

詩紋くん、早く帰ってきてよぅ……。早く帰ってきてくれないと、どうにかなっちゃうよ…。


どうにかなるとは、どうなる?自分を見失うということ。心が無になること。
無の先にあるのは本当の想いだけ。そしてその先にあるのは………彼。



びくっと全身の神経が反応する。
いつのまにか背後から近付いていた手が、あかねを取り押さえるようにしっかりと彼女の手を握りしめたせいだ。
どくどくと脈があちこちで鳴り響く。神経が凝縮して熱を帯び、更に身体が熱くなる。
「今日の神子殿は、夕べとは随分違うね。」
背を向けていながらも、その手はあかねを縛り付ける。逃げられないように、その場に呪縛をかけるかのように強く力を込めながら。
「避けられているのかと、そんなことを考えてしまうよ」
「……そ、そんなことはないです…っ」
溜息をこぼすように言った友雅の声とは正反対に、ようやく絞り出して上げたあかねの声は、少しだけ緊張して裏返った。

「ならば、そばに行かせてもらおうか」
あかねがはっとして顔を上げるよりも先に、目の前に大きな影が近付いた。
後ろから伸びていた手はいつのまにか離れ、彼の両手が真正面からあかねの両手首を押さえるように握った。
「ちゃんを顔を見せて。この手で触れているわずかなぬくもりだけでは、君の存在を確かめられないよ。」
手首の脈が激しく動く。乱れた気が彼に伝わってしまいそうな気がする。

ふわっと手首が自由になったかと思うと、その指先はあかねの頬に移動した。
ゆっくりと彼の手の動きになぞらせて顔が動くと、深い色の彼の瞳の中に映る自分の姿を見つけた。
「こんなにそばにいるのに、顔が見えないのは寂しいものだよ。それとも、私と向き合うのは嫌かい?」
「……そんな………」
嫌ならとっくに逃げ出している。嫌だったら、こんなに熱を感じない。
「詩紋には悪いが、本当なら他の八葉を連れ添って欲しくはなかったのだがね。」
「…それは、藤姫が…そうした方が良いと言うので……」
ふっと隙をついて、友雅の視線から目を反らす。
「私の姫君としては…そこで、もう少しは念を押して貰えると嬉しかったのだけどねえ…」
恨めしそうに友雅が言うものだから、なんとなくあかねとしても気まずい想いが押し寄せる。
本当ならそうしたかったけれど、自分の心のコントロールに不安があったから、ついつい詩紋に頼ってしまった。

「それとも、私の心をかき乱して惹き付ける、君なりの恋のかけひきの技法なのかな?」
恋…のかけひき?友雅は含み笑いを浮かべながら、自分の言葉にあかねがどう反応するか様子を伺っている。
「触れたいのに触れさせてくれない。寄り添いたいのに寄り添わせてくれない。そうやって男の心を高ぶらせておいて、私が君のことを四六時中考えずにはいられないほどに、狂わせてくれるつもりかい?」
わざとそんな風に大人の恋愛観を見せつけて、しなやかな長い指先はあかねの表情を確かめるように頬をなぞる。
「かっ、からかわないでくださいっ…私はそんなこと全然っ…」
自分は友雅みたいに大人の恋愛を知らない。そんなかけひきなど出来るほど知識も経験もないと知っているくせに。

子供扱いして…。子供なんかじゃないのに。
恋の楽しみ方はよく知らないけれど、切なさなら十分知っている。痛くて苦しくて泣きたくなるくらい、もう分かってるのに。
それを教えたのは、あなたなのに………。


「からかってなどいないよ」
一瞬彼の声は、ぴんと張りつめた琴線のようにはっきりとあかねに向けられた。
その変化に我に返ったあかねが顔を上げてみると、艶やかな笑顔がこちらを見下ろしている。
「実際に、狂わせてくれているだろう?この私を…」
さっきとは比べものにならないほどの、甘い囁き。
あかねのために、唱えられる甘美な恋の台詞。


「友……」
「どんなことがあっても私の心から離れてくれないくせに。見かけによらず、そうとう手強い姫君だね、君は」

友雅の声が途切れたあと、影が一つに重なろうとする。
大きな友雅の影はあかねの姿を取り込むように包み込み、そっと引き寄せた唇におびき寄せられるが如く、距離を狭めていく。

行き場を失っていたあかねの手が、手探りするように友雅の袖を掴んだ。


触れ合った小さなぬくもりはとても暖かく、それでいて激しい何かを感じた。
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Megumi,Kasuga