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光り降る音
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| 第16話(壱) |
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格子の向こうに見える空を朝日が染めている。黄昏時の橙色とは違って、雲間からこぼれる光は明るくて眩しい。
あかねの心模様とは正反対に、今日は天気が良さそうだ。
結局あれから寝付けないまま、うつらうつらとしてきた頃にはこんな時間になっていた。
これから横になったとしても、おそらく1〜2時間後には侍女が起こしに来るだろう。
寝不足であっても、毎日の努めは変わらない。今日もいつもと同じように、八葉の誰かと共に京の町に出かける。
……今日は、友雅さんとは一緒に行きたくないな。
今まで思ったこともないことを、ふとあかねは考えた。
友雅と行動を共にしなくないなんてこと、一瞬たりとも脳裏を過ぎることなんてなかった。
なのに、今日は…何となく気分が重い。
夕べの出来事のせいで、顔を会わせるのが気恥ずかしいのも事実には違いないが、それ以上にあかねの心の中が正と負のバランスを失っているからだと思われる
生まれて初めて心に覚えた充実感が忘れられない。友雅の手に引かれるまま、心を縛り付けるものをすべてふりほどいて、ただ目の前にいる彼に向かって想いを薫らせた時のこと。
その感情が眩暈を起こすほど甘美であるが故に、それとは正反対の想いが絡み合うと混乱を巻き起こす。
忘れられればいいと、そう思う。
しかし、何を忘れれば一番良いのだろう。
自分の中にある友雅への想いか?それとも、蘭が抱く友雅への想いか?
どっちが消えるべきものなのか…分からない。ただ、それらが両立出来ることはないことだけは分かっている。
「神子様、お目覚めになられましたか?」
ぼんやりとしているうちに、侍女が部屋の戸をそっと開けて顔を出した。
新しい一日の始まりだ。
■■■
身体に溶けていくような朝粥の朝食を終えて、今日の予定を藤姫から聞くために部屋を移動しようと渡殿を歩いていると、向こうからやって来る天真を見つけた。
「天真くん、おはよ…」
「ああ…」
お互いの短い挨拶が、昨日の余韻を残していることを気付かせる。いつものように笑いかけるには、どことなくぎこちない感じが否めない。
「今日も頑張れよな」
あかねに向かって、そう言ってくれたことだけが救いだった。
重苦しい気を抱いたまま、あかねは藤姫の部屋の前に立っている。
とにかく、自分が龍神の神子である限りは、毎日の勤めに気を抜くことは出来ない。サボるなんて出来ない、それほど重要なことなのだから、気を引き締めて行かなくては。
そう言い聞かせて深呼吸をしたあと、戸に手を掛ける。
「藤姫ちゃん、開けるね」
すっと戸が右へとスライドされる。梅に似た清々しい香の薫りが、部屋の中から漂ってきた。
………?いつもとは違う薫り。
爽やかで甘い香りには違いないけれど、そこに混ざるもう一つの香りが確かにある。
お香変えたのかな?
そんなことを思いながら歩み出ると、その疑問が一瞬のうちに解けた。
「いらっしゃいませ、神子様。友雅殿が今朝はおいでになられておりますわ」
梅の香りの中に混在していたのは、雅やかに薫る侍従の欠片。
その香りを愛するその人が、そこにいるから。
「おはよう。昨日は夕方からしか付き合うことが出来なかったから、今朝は早めにこちらにやって来たよ。」
友雅は微笑みながら、そこに立ちつくしていたあかねに言った。
逢いたくなかったのに。
なのに、胸の中は正直に反応してしまって。その侍従の香りに抱きしめられた瞬間が、鮮明すぎるほどに蘇ってきてしまう。
そうやって、さっきまで考えていたことを逆にしてしまうのだ。
逢いたかった、というように。
「神子殿がやって来るまでの間、随分と藤姫殿に窘められてしまったよ。」
「それはそうですわ!いくら八葉である友雅殿が着いていられるとは言え、神子様をそんな夜遅くまで連れて歩かれるなど…!万が一の事を考えて頂かないと困りますわ」
大の大人の男をくどくどと説教してしまう藤姫の強さは、何も疑うことを知らない純粋さから生まれるものである。
彼女は知らないだろう。夕べ、あかねと友雅の間に交差したお互いの想いの交流を。
隠しているわけではないが、龍神の神子と八葉という立場を思うと、やはり口は重く閉じられてしまう。
「ともかく、お一人は友雅殿にお任せ頂くことにしまして。もうお一人はどなたにお付き添いお願い致します?」
藤姫が向きを変えて、あかねの方に姿勢を正す。すると、横から声が挟まれる。
「おや、藤姫殿は私一人では役不足と申されるのかな?昨夜も十分神子殿をお護り出来たと自負しているのだがね?」
びくん、と心が大きく揺らいで、隣にいる友雅をそっと見る。
いつも通りに隙もなく、あくまで余裕を携えた安定感のある微笑みをして、彼はそこにいた。
「私だけでも十分力になれると思うのだが、神子殿はどう思う?」
「えっ……」
急に話題をこちらに振られて、さっき以上に大きな動悸が身体の中心で飛び跳ねた。そうして声のする方を再び見上げて、更に胸の奥が熱く脈打ち始める。
「友雅殿のお力は確かなものでございますけれど、先程も申し上げましたように万が一の事を考えて、もうお一方お連れ頂いた方がよろしいかと思いますわ、神子様?」
右の友雅と左の藤姫との間に挟まれて、あかねは身動きが取れなくなる。藤姫の言うことは最もだ。いつだって間違いなどないと思う。
でも、本当の自分はきっと友雅の言葉に賛成したいのだろう。彼と二人だけで出掛けたいと思っているのだろう。
だけど………。
「あ、あのっ…詩紋くん…は都合悪い、かな?」
喉の先まで出掛かっていた想いを無理矢理押し込めて、息を一緒に呑み込んだ。
「詩紋殿でございますか?おそらくご予定はないと思われますが。お付き添い頂きますか?」
「うん…出来ればお願いしたいな」
天真に付き添って貰うのは、昨夜の今日だから気が引ける。詩紋なら自分の気持ちを察してくれているから、安心して一緒にいてもらえるだろう。頼ってばかりで申し訳ない気がするけれど。
「では、少々お待ち下さいませね。ただいまお呼び致しますわ」
そう言って藤姫は立ち上がって歩き出し、開いた戸の間から侍女の名を呼んだ。
藤姫がその場から離れて、二人の距離だけが寄り添うように取り残された。
途端に、そっと上から重なった大きな手のひらに身体が震える。
「酷いね。せっかく今日も二人きりで出掛けられると思ったのに、途中で払い除けるなんて」
囁くように声を潜めて、うつむいたままのあかねの耳元で友雅の声がした。
夕べと同じ、どこか甘い声で。
「…付き添いを選ぶ前に、朝早くやって来て正解だったよ。取り残されたら、たまったものじゃないからね」
ぎゅっと手を握りしめる手は、強くて、それでいて暖かい。
離さなければ、ただ取り込まれていくだけの、その手のひら。
でも、離すことが出来ない。
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