光り降る音

 第15話(1)
あかねが友雅に送られながら土御門家に戻ってきた頃には、既に月が煌々と頭上に輝いている頃だった。
静まりかえった屋敷には、もう人の気配などない。藤姫も眠りについている時刻だ。

別れを惜しみながら、牛車に隠れて何度も口付けをした。
蛍の舞う誰も知らない二人だけの場所で、お互いの心を確かめ合った時が名残惜しい。
「また今度誘いに来るよ。明るい日差しは神子殿にはよく似合うけれど、恋の歌を囁くには月夜の闇が合った方が盛り上がるものだしね。」
あかねの頬を撫でながら、友雅はそう恋人に囁くような言葉を残して土御門家を後にした。

なめらかな夜風は、熱を帯びたあかねの頬に触れるには丁度良かった。
そっと目を閉じれば、まだ友雅の唇の感触が浮かんでくる。それと同時に、甘く囁く彼の声が聞こえてくるような気がする。

友雅さん……。
友雅さん……。
わたしも…………友雅さんのこと、ずっと…………………。

名前を繰り返すたびに、深く惹かれていくのが分かる。このまま捕らわれてしまえたら、きっと幸せに違いない。


「神子殿、お帰りになられておりましたか」
夢のような時を思い浮かべている途中で、裏からやってきた頼久に声を掛けられて我に返った。
「あ、遅くなってすいませんでした…。もうみんな寝ちゃいましたよね」
「藤姫殿は遅くまでお待ちになられておりましたが、先にお休みになられました。特に悪い気もありませんし、友雅殿がご一緒なら問題はないだろうと言うことで。」
「そうですか…。ごめんなさい、もっと早く帰ってこようと思ったんですけど、蛍が綺麗だったから……」
何とか一言くらいは遅くなった理由を言わなくては、とあかねは取り敢えず当たり障りないことを頼久に言ってみた。蛍が綺麗だったのは間違いないし、決してそれは嘘ではないのだから。

「それならば結構です。神子殿の御身の安全が第一でございますので。ご無事で楽しく時間を過ごされたのでありましたら、それで結構で御座います。」
きっちりと礼儀正しい答えを返した頼久は、締め切られている戸にかかる錠を引き上げて扉を開いた。
「今夜はもう夜も更けております。お疲れでしょう、ごゆっくりお休み下さい」
静まりかえった屋敷の中にあかねの姿が消えていくまで、頼久はずっと見守ってくれていた。


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疲れているはずなのだが、目はぱっちりと冴えてしまっている。頭の中もすっきりしている…と言いたいところなのだが、中身はどうもぼんやりしているらしい。
部屋に戻ったあかねは、きちんと畳まれて床のそばに置かれていた真っ白な夜着に着替えて、まだ現実味の抜けない友雅の声を思い出す。

ためいきが出るほどの甘い声が、あかねを呼ぶ。龍神の神子を呼ぶ声とは違う、低めで静かな…そして艶やかな声が耳の奥に響いている。
まだ眠りについているわけでもないのに、夢心地というのはこういうものなのだろうか。
ほんのり暖まる自分の心が愛しい。



「随分ゆっくりしてたんだな」
その声にびくっとして振り返ると、天真があかねの部屋の前に立っていた。
「天真くん…起きてたの?」
「藤姫が、おまえが帰ってくるまで待ってるって言ってたんだけど、いつになるかわからねえし…。俺が代わりに待ってるからって、先に寝かせといた。」
燈台に灯る小さな明かりが、闇を背にした天真の姿を映し出した。
「ごめんなさい…ちょっと遅くなっちゃって…。蛍…綺麗だったから時間忘れちゃって…」
苦笑しながらあかねは答えたが、天真は何かためらいを隠せない様子で、じっとこちらを見ていた。

「楽しかったのか?」
「あ、う、うん…とても綺麗だったよ、蛍なんて見る機会あまりないから……」
「友雅と一緒なら、さぞかし楽しかったんだろうな」
意味深な言葉を天真が口にした。

深い闇の静寂の中に、天真とあかねは置き去りにされた。
かすかに流れる夜風にかすれた葉擦れの音だけが、遠くに聞こえるのが感じられるだけ。
互いに言葉を交わそうにも、切り出せる内容など見つけられないままで、それぞれの立ち位置から身動き出来ずにいる。


「何であいつなんだよ…おまえも、蘭も。」
「天真くん……?」

顔を上げて天真を見ようとしたが、彼はあかねの方を向いては居なかった。こちらに背を向けて、何もあるはずのない漆黒の闇に閉ざされた庭を眺めている。
「あいつばかりが、なんでこんなに簡単に奪っていくんだよ…俺の前にあるものを……!」
鈍い音が響く、天真が拳を高欄に叩き付けた音だ。
かすかに傷を作った握り拳を更に強くまるめて、理不尽としか言い表せない感情を天真は持て余す。
「俺たちはいずれ元の世界に戻るんだ。どれだけ想ったところで、別れる運命は変えられないんだ。それなのに…あいつの方が良いのかよ?」
「天真くん…それは………っ」
言葉を挟もうとしたとき、それまで背を向けていた天真が振り返った。

声が出なかった。その悔しさと苦々しさと切なさの入り交じった、複雑な瞳がこちらを見ていたから。
「蘭にも同じ事を言った。でも、おまえにも同じ事を言わなきゃならねぇ。俺たちは所詮この世界の人間じゃない。この世界あるものは全て、俺たちにとって架空のものなんだ。俺たちには俺たちの世界がある。そこに戻るのが当然で…………」
突然、天真が声を止めた。


ぽろり、とあかねの瞳から涙がこぼれた。
驚くほどに自然に身体が反応して、気付かないうちに頬が涙で濡れていた。
何に反応したんだろう。天真の言葉の、何に一体過剰に反応したんだろう。
涙があふれてくる。そして、胸が重苦しくなる。


「あかねちゃん…どうしたの!?」
たまたまあかねの部屋から明かりが漏れていたので、帰宅したのだろうと様子を覗きにやってきた詩紋が、その場に鉢合わせとなった。
天真と向き合ったまま、涙が溢れて止まらないでいるあかねに駆け寄る。
「天真先輩…あかねちゃんに変なことしたんじゃ…」
「ばっ…バカ言うな!俺は別にホントのことを言っただけで………っ!」
様子を伺うように天真を覗き込んだ詩紋に、慌てながら弁解しようとした天真だったのだが、あかねの手が伸びて詩紋の背中に倒れ込むように顔を押し付けると、何故か胸がずきんと痛んだ。

「詩紋くん…天真くんは何もしてない…私が悪いの…」
「あかねちゃん?落ち着いて話して。何があったの?」
震える肩をそっと両手で支える。決して大きな手ではないが、優しい詩紋の手のひらが触れてくれるとホッとする。


俺は先に寝る。明日も早いからな…おまえらも早く寝ろよ。」

気まずさを覚えたのか、天真は詩紋をあかねのそばに残したまま、そう言い残して部屋を後にした。


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Megumi,Kasuga