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光り降る音
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| 第13話(2) |
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「少しは話を聞いてくれても良いではないか…」
清涼殿の渡殿を歩いている友雅の背後から、執拗に着いて回っている男がいる。友雅はと言えば、そんな困り果てた表情の男を一度も振り返ろうとはしない。
「橘少将殿にとっても、悪い話ではないと思われるのだかのぅ…?中の姫は十五で年は離れてはおるが、賢くて見目も悪くはない。逢ってみるだけでも……」
懇願した様子の男と無関心の男の姿を、通りすがりの公達たちがひそひそと様子を伺っている。中にはかすかな笑い声さえあるが、全く二人の耳には入っていない様子だ。
小庭が見えてきた辺りになって、やっと友雅が足を止めた。
やっと少しは話を聞いてくれる気になったか、とホッとしたのもつかの間で、彼はくるりと男の方を振り返って言った。
「何度も繰り返し申し上げているのですが、私は官位や家柄などには全く興味のない人間でしてね。このような話は、私に言うには無駄なだけですよ?。」
「いや、しかし……!」
引き止めようと男は慌てたが、さっさと友雅は靴に足を通して去っていってしまった。
「あんなに素っ気なくなさって良いのですか?中納言殿も、随分と友雅殿にご執心のご様子。それだけ友雅殿を認めておられる証でありましょう?」 承明門に向かおうとした友雅に声をかけたのは、通りすがりの永泉だった。
彼もまた、友雅のあとに帝に呼ばれる用があり、今しがた昇殿したばかりだった。
のぞき見・聞き耳を立てるつもりはなかったのだが、あれだけ派手に中納言が友雅につきまとっていれば、否応でも目に入ってしまうのだから仕方がない。
「私は、興味のない姫君を妻に出来るほど、融通の利く男ではありませんのでね。それに、たかだか私など正五位下の近衛府少将程度。中納言殿の姫君ともなれば、もっと官位の高い相手がいるでしょうにね。」
たいしたことではない、という様子で友雅は今の出来事を一蹴した。
そう、あんなことは何でもない。今更気にするようなことでもない。こんなことは日常茶飯事なのだ。
友雅自身も十分理解している。 彼らが望んでいるのは、『左近衛府少将の橘友雅』ではなく、帝にお目通りの出来る友雅の立場なのだ。
そうでなけれは、友雅よりもずっと官位の上の有能な男は山ほどいるのだ。
そんな策略が含んだ結婚など、馬鹿らしくて付き合っていられるか。そこまで自分の心を軽く扱われてはたまったものではない。
なんて、そんなことを強く思うようになったとは自分でも驚きなのだ。
適当にそれなりに生きて行ければ、それだけで構わないだろうと思っていたのに、今になっては自分の心だけは簡単に譲ることはできないと思ってしまう。
この心を捧げられるのは、心を許せるのは……本当に大切な一人だけだと。
彼女以外の誰であっても、自分の心を渡すことなど出来はしない。
「友雅殿のお心を手にする姫君は、どこにいらっしゃるのでしょう…。お目見えになられた時には、さぞ京の都でも注目の的になってしまうでしょうね」
永泉は、おそらく友雅の気持ちには気付いていないだろう。何気なく、そんなことを口にしただけだろう。
友雅が見つめるたった一人の姫君が、永泉もよく知る龍神の神子であるなどとは、きっと考えもしないはずだろう。
確かめたいと、いつも思う。
この想いが受け入れて貰えるかどうか、その余地が彼女の心にあるかどうか。
惹かれたときから、ずっとそんなことを思っている。
そうしているうちに、またあかねの顔を見たくなった。
友雅は自宅へ戻らずに、土御門家へ向かう。小雨が降り続いていた今朝の名残は、もうあまり見当たらない。
今頃は他の八葉の誰かと京の町に出かけていると思うが、留守だと分かっていても足はもう止まらなかった。
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昼間に突然友雅がやって来たことに、土御門家は一斉に驚きを隠せなかった。
少々歓喜に近い侍女たちの声や、あかねが留守なのにどう持てなせばいいのかと悩む藤姫。そして詩紋も、勿論友雅の出現に驚いた。
「こんな時間に来るなんて、どうかしたんですか?あかねちゃんはまだ出掛けてて、帰ってきてませんけど…」
「ああ、分かってるよ。ただ、何となくここに来てしまってね。」
分かってはいるが、それでも逢いたくて仕方がなかった。
突然に押し寄せてくる感情に、自分を抑制できないことが最近は珍しくない。そんな行動に戸惑いもあったが、今はもう素直に受け入れられる。
「それじゃ、帰ってくるまで待っててくれませんか?急ぎの用事さえなければ……。あかねちゃんもきっと、友雅さんに逢いたいと思うし。」
そう言った詩紋の言葉が、友雅にとっては何よりも嬉しかった。
彼は友雅の気持ちも、あかねの気持ちも知っている。その上で、そう言ってくれている。あかねに逢いたくてやって来た友雅の気持ちも、きっと分かっているのだろう。
「そう言ってくれると嬉しいね」
無邪気な幼い少年たった一人でも、想いを理解してくれる者がいることの心強さを、この時友雅は初めて知った。
「あかねちゃん、おかえり!!」
帰宅したとたんに飛び出してきた詩紋に、泰明以外の二人は驚いた。
「何だ詩紋、いきなりびっくりするじゃねーか!」
ほんの少し荒げた口調で詩紋を見た天真だが、彼の澄んだ大きな瞳はあかねしか見ていない。
そして詩紋は、いきなりぐいっとあかねの手を掴んで中へと引っぱる。
「ど、どうしたの?詩紋くん……!」
「説明するよりも、着いてきた方が手っ取り早いよ。早く早く!」
詩紋はそれっきり何を言うこともなく、どんどんとあかねを引っ張って母屋へと突き進んでいった。
その場に取り残されている天真の存在さえ気付かずに。
「お客さんが来てるんだ。あかねちゃんが帰ってくるの、ずっと待っててくれたんだよ」
部屋の近くまでやってきて、詩紋はようやく簡単に状況の説明をしてくれた。
「私にお客って…誰?」
いくら京に慣れてきたとはいえ、そんなに顔の利く知人がいるわけがない。ましてやこの、左大臣宅である土御門家に気儘に出入り出来るなんて、普通では不可能に近い。
一体誰がやって来ていると………。
あれこれ考えているよりも先に、詩紋が部屋の戸をガラリと開けた。
一瞬、気高い花の薫りに包まれたような錯覚をおこした。
「おかえり。一日ご苦労だったね」
そこに待っていたのは、いつだって逢いたいと思っていた、その人。
今日は逢えないだろうと思っていた彼が、今確かにあかねの目の前にいた。
「こ、こんな遅くに…どうしたんですか?」
くつろいで腰を下ろしている友雅に比べて、帰ってきたばかりのあかねはその場に立ちつくしたまま、次の行動を起こせないでいる。
彼女が驚くのも無理はないことだ。八葉の任務として神子に付き合うのであれば、朝方にやってくるものだし、今日は都合が付かないと連絡もしてあった。
既に外が夕暮れに包まれている時刻にやってきても、用事などあるわけではないのだ。
さあ、何て答えれば良いだろう。
『逢いたくてたまらなくて、やって来た』
本当の言葉で、そう告げるべきだろうか。
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