光り降る音

 第13話(1)
小雨が混じる朝靄に包まれた庭は、薄暗くどんよりと霞んで見える。
湿度が高いせいもあるのだろう、気分的にもすっきりとしない1日の始まりだ。
もちろん、それ以外の問題があかねの胸の中にあることが、一番の要因であることは自覚も出来ているのだが。

「あかね、今日は久々に俺が付き合ってやるよ」
朝餉を終えて藤姫と共に部屋に戻ると、天真がそう言って二人を迎えた。
「神子様、如何なさいます?天真殿にお願い致しますか?」
ふと思い出してみると、確かにしばらくの間、天真に付き添いを頼んだことがなかったような気がした。
京にやってきた頃はといえば、慣れない周囲の空気に流されないようにと、親しい関係の天真と詩紋を自ら選んで付き合って貰っていたけれど、今となってはもうそんな気兼ねもなかった。
あかね自身がこの世界に馴染んできたせいもあるだろう。
だが、それよりも大きな意味を持つのは……その手を取り上げてくれた人がそこにいたからだ。

朝になって気付くと、彼は屋敷までやって来てくれて。そうしてあかねを外の世界へと、さりげなく連れ出してくれた。
彼によってこの世界を知り、彼によって自分は神子である自覚を持つことが出来た。
しかしその自覚が、たった一つの芽生えた想いによって、これほど重圧を感じることになるなんて思っても見なかったことだった。
八葉と神子であることが、今ほど辛いと思ったことはない。

「神子様?もしや御気分が優れないのでは…?」
あかねが気付くと、心配そうに顔を覗き込んでいる藤姫の姿があった。
「ううん。全然何でもないよ。…うん、じゃ今日は天真くんに付き合ってもらおうかな」
「おう、まかしとけ。これでも毎日鍛錬してるからな。何かあっても俺がぶっ飛ばしてやるから安心しろよな!」
明け方になるといち早く目を覚まして、頼久を相手に剣術の練習に没頭している天真をよく見かける。それがほぼ毎日というのだから、確かに随分と力は付いたのだろう。
現代では毎朝寝坊の末の遅刻常習犯だった天真は、今となっては嘘のようだ。

「では神子様、もうお一人の八葉をお選びになって下さいませ。天真殿のお力は勿論素晴らしいものではありますけれど、念のためにもうお一人のお力があった方が余裕を持って対処出来ますでしょうから。」
十歳とは言えど、こういうところは大人以上に慎重でしっかりしている藤姫である。天真もあまり口答えの出来る隙さえない。

もう一人、八葉を選ばなくてはいけない。
もう一人選ぶなら…………。
「友雅さんは…」
「友雅殿は残念ですが、本日は帝の御前にお呼ばれされているとのことで、こちらには伺えないとのことでございますわ。」
「そっか………」
それを聞いただけで、何となくがっくりと更に気が重くなった感じがした。
でも、その一方で少しだけホッとしている自分の姿も見える。

逢わなければ、蘭に頼まれたことを告げなくてもいいから。逢わないでいれば、しばらくの間はそれとなく誤魔化して過ごせるから。
でも、それ以上に自分自身が逢いたいと思ってる。ただ、彼に逢いたいと思ってる。
その感情だけは抑えきれない。

廊下を歩く静かなきしみ音が聞こえてきた。
緩やかな物腰の人影が、部屋の入口から顔を覗かせる。藤姫に付いている侍女の一人である。
「神子様、藤姫様、安倍泰明殿がいらっしゃっておりますが」
「まあ泰明殿が?神子様、泰明殿にお願いいたしましょうか?」
珍しいこともあるものだな、と言った調子で藤姫が言う。泰明が自分から頻繁に出向いてくることはあまりないせいもある。
「そう、だね。せっかく来てもらったんだし…じゃあ泰明さんに一緒に入ってもらうことにしようかな」
あかねが決断を下すと、既に同行することが決定している天真が、苦々しい顔をして頭をくしゃっと掻いた。
「泰明と一緒に行くのかよぉ…☆」
直情型の天真と、理論重視の泰明の正反対同士。
なかなか一筋縄では行きそうにないこの二人である。


■■■


降ったり止んだりの小雨を避けつつも、あかねは二つの場所の怨霊の封印に成功し、やっと一休みしていたところだった。
雨避けに丁度良い木陰に腰を下ろし、天真は手持ちの屯食をかじりついている。あかねは何となく食欲がなく、冷たい水で喉を潤しただけで、ぼんやりと遠くの山を眺めていた。
泰明は、黙ってあかねの隣に立ったままだ。

「泰明さんから土御門家に来るなんて、珍しいですよね。もしかして何かあったんですか?」
あかねは、今朝から気になっていたことを何気なく尋ねてみることにした。
「最近になって、おまえの気の乱れが頻繁だったからだ」
問いに対してはっきりと、きっぱりと簡潔に泰明は答えた。しかし、あかねの方を見ようとする気配はない。

「気の乱れ………」
それは、心が揺らいでいるという意味だろうか。
「地に足が着いていない。右に動いたかと思えば左に動く。その間で立ち止まって、どちらにも傾けずにいることも多い。そんなことで鬼の一族と向かい合うことが出来るのか?」

ある意味、泰明も直情型ではある。言葉に対する意味を包み隠したりはしない。
曖昧にやり過ごすことなどしないし、率直に彼が言うことは全て、本心であり真実なのだ。
彼が言うことはもっともで、何一つ反論など出来ない。

あかねは迷っている。蘭という親友の笑顔のために、手を貸してやりたいという気持ちと、惹かれている友雅と蘭を近づけたくないという気持ちと。そのどちらに傾けばいいのか、どちらが正しいのか分からないまま、中途半端な場所でウロウロしている。

「私は何も出来ない。おまえがどう動くかで全てが変わることではないのか」
泰明はそう答える。

どう動けば良いんだろう。蘭の気持ちを取れば良いのか?そうすれば自分はただ、好きな人が他の女性に微笑む姿を見ているしか出来なくなる。
だからと言って自分が友雅に想いを打ち明けたとしたら……蘭は快く思わないだろう。
もちろんだからと言って、友雅が自分を受け入れてくれる確信なんてないのだけれど。
一番良い答えは、何だろう。
誰一人として傷付かない答えは……どこにある?

あかねは、泰明に尋ねようとした。
しかしそれよりも先に、彼はあかねの問いに自ら答えた。
「全て丸く治めようとしても無理なことはある。ならば何を優先して考えるか、それを早々に決断することだな。」

一番優先すること。
それは自分の想いか。それとも蘭の想いか。
そのお互いの想いの先に、どちらかの先に、ハッピーエンドは待っているんだろうか。

「おまえの気がこんな調子では、先が思いやられる。心配するこちらの身にもなれ」
くるっと背を向けて、雨の晴れた木陰の外へと泰明は歩き出した。


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Megumi,Kasuga