光り降る音

 第12話
「あ、さっきはごめんね。二人には気を遣わせちゃったみたいで。」
蘭の部屋に戻ると、彼女はあかねと向かい合ってそう答えた。
古い細工だが丁寧に創られた琴が、彼女の膝の上に置かれていた。きっと友雅も、この琴に触れていたに違いない。

「今日はどうもありがとう。やっぱりあかねちゃんにお願いして良かったー。友雅さんがここに来てくれるなんて…もう龍神の神子様様だわ!!感謝しきれないくらい!」
そう言って微笑む蘭の表情は、まさに花もほころぶという言葉がよく似合った。その反面、彼女が喜びを見せるたびに、あかねは少し困ったように笑顔を作るしかなかったが、そんなぎこちない仕草にも蘭は気付かないようだ。
「しかも、二人きりで琴まで教えてもらえるなんて…夢みたい」
あかねの知らない友雅からの琴の指導を、蘭は嬉しそうに話し始めた。

基本的な琴線のつま弾き方、支え方、指先の動かし方まで丁寧に教えてくれたと。時には蘭の指先を支えてくれながら、音の響きについて話してくれたと言う。
「私たちの世界での琴より小さいなって思ったら、こうやって膝に置いて弾くんですって。色々教えてもらったから、これからもお琴頑張れそう!」
「お琴、もっと上手くなったら…友雅さんと合奏してもらえるかもしれないね」
「まだ時間かかりそうだけど、頑張ってみる!」
現代の琴よりいささか小さめのそれを、蘭は後生大事に両手で胸に抱きかかえた。

彼が触れたもの。彼のぬくもりが残るもの。
それらはすべて、恋する少女にとって光り輝く宝物に違いない。例え時間が流れてしまっても、その記憶が消えない限り、想いが消えない限り、輝きは色褪せることはない。
蘭が手にしている琴は、彼女にとって宝物だ。
友雅が触れたものすべてが。

彼女の気持ちが分かるだけに、あかねの複雑な心の靄は消すことが出来ないでいる。
彼から送られた文に添えられた花を、密かに押し花にして保管しているのはそれと同じ意味があるからだ。
庭に咲き誇る藤の花よりも、見た目の美しさは控えめだがあかねにとっては代え難い花。
友雅が手折った花の枝、彼がしたためた文。彼の心が、自分を想いながら選んでくれたかけがえのないものだ。
誰にも見せたことのない、誰も知らないあかねだけの秘密の宝物があることを、きっと友雅は知らないだろう……。
それもまた、切なさを引き立たせる原因。

次の日の約束をした夜、明け方に迎えに来てくれた時、どんなに嬉しくて心が動揺するか。
自分が友雅に惹かれなかったら…蘭が友雅に惹かれなかったら…同じ気持ちを語り合って、恋の話をいつまでも語ることが出来たはずなのに。

思えば最近、以前よりも蘭と頻繁に言葉を交わす機会が少なくなっている気がする。会う機会はそれなりに多いのに、こちらから会話をすることがあまりない。
多分、蘭と会話しているうちに確認する、彼女の友雅への気持ちに怯えているからに違いない。
これ以上知らなくて良い。これ以上気付かなくて構わない。
気付いてしまったら、表に出せない自分の想いが泣き叫びそうで怖いから。


「あかねちゃんってば!話、聞いてる?」
普段より大きな蘭の声を聞いて、あかねはぼんやりしていた自分に気付いて我に返った。
「ごめん、ちょっとぼんやりしてた…」
「みたいね。もしかして最近疲れてるんじゃない?色々大変なことあるんだったら、お兄ちゃんのこと、とことんこきつかって良いんだからね!?」
蘭の台詞に、あかねは笑った。

さらさら…と庭から音を立てるのは笹竹の葉がかすれる音。
その音に重なるのは、池を流れる水の音。涼しさが辺り一面に立ちこめている。
あかねは庭に目を移した。
「笹の葉見てると、七夕思い出しちゃうね。昔、お兄ちゃんと折り紙で飾りとか作ったなぁ…」
背後で蘭の声が聞こえた。
緑の笹は天に向かって真っ直ぐに伸びている。七夕に使ったら、たくさんの飾りが付けられるだろうな…と、ふと考えてみた。

………短冊に書くのは、どんな願い事?
『京に平穏が訪れますように』『アクラムたちとの戦いが終わりますように』。両方とも龍神の神子らしい願い事だ。
本当なら、そんな短
冊を記すのが正当なのだろう。
だけど……………。本当に願うのは。本当にあかねが願っているのは…………。

「ねえ、あかねちゃん…今日またこんなこと言うのは申し訳ないと思うんだけど」
今度は蘭の声に、すぐ反応した。振り返ると彼女はまだ琴を手放せずにいた。
「また、友雅さん…うちに呼んでもらえるかなぁ?今度は…一人で来てくれるかな」

きゅん…という音が聞こえたのは、あかねの胸の中から。
それは本人しか聞こえない音で、蘭には気付くはずがない。
「あ、誤解しないでね!あかねちゃんたちが邪魔だとかっていうわけじゃないのよ!?。でも…ほら、やっぱり…二人きりで話したいこととか、ね…。二人の方が…都合良いこととかね…。進展も期待できるかなー…なんて?」

蘭が話すたびに締め付けられる心の痛み。
彼女が友雅のことを語るたびに、息苦しさにも似た刺激が胸に充満してくる。
「お願い!あかねちゃんにしかこんなことお願い出来ないのよ!お兄ちゃんはあてにならないし…それに、あかねちゃんなら頼りになるもの。」
上目遣いに両手を重ねて、祈るように大きな瞳でこちらを見た。何かをねだる子供のようにあどけなさの残る表情は、よく似合う鮮やかな袿姿の印象とは少しずれている。


ここで打ち明けたら、どうなるだろう。
『私も友雅さんが好き』だと、そう告げたら蘭は…どう答えるだろう。
最初から言ってしまえば良かったのかも知れない。それならば、ここまで悩みを抱え続ける必要もなかったかもしれない。

だけど、もうそれを言葉にしても『いまさら』に過ぎない。先に打ち明けた方が勝ち。
想いは……そんなもの。
言い損ねた想いは、ただ閉じこめて消滅するのを待つしかないのだろう。
それは…"あきらめ"という答え。
機会を逃した想いは、諦めるしかない。

「……分からないけど…聞くだけ聞いてみる…けど。」
「ホント?やっぱり神子様様だわ!!」
あかねがそう答えると、蘭は満面の笑みを浮かべて、あかねにがばっと抱きついてきた。
彼女が無邪気に喜べば喜ぶほどに、あかねの胸はずきずきと痛んだ。

はじめて蘭が笑ってくれたとき、嬉しくて仕方がなかったのに…今になってはそんな名残さえもない。
友達の笑顔に反射するのは、自分自身の胸の痛み。そして切なさ。
自由に解き放てない自分の想いに戸惑いながら、あかねはまた懸命に笑顔で応えた。


--------------今にも涙がこぼれそうなほど、胸が痛い

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Megumi,Kasuga