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光り降る音
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| 第11話 |
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「いつも見せてくれるのは愛らしい笑顔なのにね。どこか意図的に表情を作っているように見える。そういう作り笑いというのは、見ている方としては結構歯がゆいし、気分も良くないものだね」
さっきあかねが指先で弄んでいた紫陽花を、友雅は同じように触れては弾いた。
とたんに雫が、ぱっと宙に小さな粒となって散らばった。
「何かあったのだろうけど、詩紋は心当たりはないのかい?」
「心当たりは………」
すべては、あなたの存在が彼女の笑顔を曇らせているのだ。
詩紋はその艶やかな姿を目の前にして、胸の中でそう答えた。
あなたに恋をしたから。蘭があなたに恋をしたから。心を通じ合えた友達である彼女が、あなたに恋をしたから。
そして、そんな彼女があなたの前で見せる素直な笑顔が、あかねにとっては眩しすぎるから。
恋をしたことで芽生えた暖かな気持ちと、その想いを伝えられない切なさ。
その両極端な感情が、あかねの笑顔を無垢なものに戻せない。
言ってしまおうか。
ここであかねの気持ちを伝えてしまったほうが良いのか。
お節介なことかもしれないが、このままではきっとあかねは、胸に抱いた友雅への想いを閉じこめたまま、蘭と友雅の間で立ちすくんでいるしか出来なくなる。
友雅があかねをどう想っているのかまでは知るよしもないが、このままでは不公平な気がする。
選ぶのは彼だ。ならば二人の想いを知る権利だってあるはずだ。
黙ってはいられなかった。これ以上、じっとあかねの姿を見ているしかできないのは、もう限界だった。
「蘭さんが、友雅さんのことを好きだから……だと思います。」
言ってしまったあと、詩紋は頭をうなだれて思い切り目を閉じた。
「…まあそれに関してはね、私もまだまんざらではないかな、とか?そんなうつつを抜かすには格好の話題ではあるけれどもね。しかし、彼女が私に想いを寄せてくれていることが、何故神子殿が心を痛めることになるんだい?」
「それは……」
それは、あなたのことを好きだから。言いたい想いを伝えられないから。
「………あかねちゃんのこと、どう思ってるんですか?」
友雅の心が知りたい。彼の中であかねの存在が、どれほどの範囲を占めているのかを知りたかった。
その中に、わずかでも恋に近い想いがあるのならなおさらに。
詩紋の問いかけに、しばらく友雅は言葉を閉じていた。
ゆっくりと涼しい風が庭先を流れていく。ふわりと波を寄せた長い髪が揺れて、友雅は目にかかる前髪を無造作にかきあげる。
「色々な意味で、特別な存在だと思っているよ。」
簡単だが深い意味をこめた言葉で、友雅は答えた。
「それは、あかねちゃんが龍神の神子だから、ですか?それだけですか?」
「……それだけ、に見えるかい?」
友雅は詩紋を見下ろした。詩紋も友雅を見上げた。
彼の瞳は思った以上に澄んでいて、その奥にある普段は見えない彼の心さえ見えそうな、そんな色をしていることに今はじめて気付いた。
「それ以外の個人的な感情については、言わない方がいいかもしれないね。神子殿の気持ちを更に取り乱してしまうと申し訳ないからね。」
笑いながら友雅は答える。
一見さらりと風のように流れていく、つかみ所のない性格で。
何かに固執することもなく、執着心も殆ど持っていない、現代で言うならクールな男という印象だった友雅だが、彼の瞳の色に気付いて詩紋ははっきり理解した。
「あかねちゃんが…もし、友雅さんのことを好きだとしたら、友雅さんの本当の気持ちを教えてくれますか?」
苦笑しながら友雅は詩紋を見る。
「…それは、誘導尋問かい?」 お節介なことをしているな、と自分でも思っていた。
だけどここまで来たら、単なる部外者として引き下がることもできなかった。
本心が知りたい。いや、なんとなく分かっているけれど、それを友雅の口から直に耳にしたい。言葉として確認したいのだ。
「言わなくても何となく気付いているんじゃないのかな。詩紋は穏やかそうに見えて、他人の気持ちには人一倍敏感なような気がするからね」
「じゃ、友雅さんは…………」 詩紋の言葉のあと、友雅はもう何も言わなかった。
ただ、その時浮かんでいた彼の笑顔が、暖かい木漏れ日のようで、そして驚くほどに慈愛を秘めた表情だったことで確信が出来た。
友雅は、あかねのことを想っている。
それは龍神の神子と八葉、という関係だけではなくて、それを越える特別な存在として見てくれている。
あかねは女が男を想う心で、友雅は男が女を愛おしく想う心で、同時にさりげなくお互いのことを胸に刻んでいることは間違いなかった。
「あかねちゃんは……友雅さんのことが好きなんです」
詩紋がやっとその言葉を言うと、友雅は檸檬色の柔らかな詩紋の髪をくしゃっと撫で上げた。
「その言葉は、神子殿から直接聞きたかったねぇ」
笑いながら友雅はそう答えた。
■■■
いつから『特別』な存在として見ていたのかは分からないが、気付いたらあかねが一緒にいてくれることが心地良く感じられるようになった。
無邪気な笑顔を見るたびに胸が暖かくなって、言葉を交わすたびに新しい何かが目の前に広がっていく。
今までに経験したことのない体験を彼女は与えてくれた。
そして、自分の中にある気付かなかったものまで気付かせてくれた。
何かを愛おしいと想う心。
あかねに出会ってからはじめて気付いた。何かを愛おしく想いながら、それを求め続ける自分の素の姿に。
彼女に逢いたくて、毎日のように屋敷に出掛けることが日課にもなって。
わずかでも彼女の笑顔を見るだけで、晴れやかな気持ちになる。
繰り返し繰り返し、その笑顔が欲しくて通い続けた。愛おしいから、いつもそばにいたくて、彼女の笑顔を求め続けて。
「不思議だね。長い年月を生きていながら、今更自分の中にある新しいものに気付くことなんてないと思っていたよ。それもすべて神子殿の力だね。」
高欄にもたれながら、友雅はそんなあかねへの想いをゆっくりと詩紋に語ってくれた。
その間、友雅の表情はまるでその場にあかねがいるかのように優しくて、いつもの華やかさよりもひときわ穏やかさが際だっていた。
普通ならそんな表情など見せないだろう。すべては、彼の中にいるあかねの存在が影響していることだ。
そうだ。蘭と話しているときは、こんな表情はなかった。 蘭がどれほど本気で思い焦がれようと、友雅の中であかねの存在を越えることは出来ないのだ。
そう考えると、彼女が気の毒な気がしてくるが、この事実を知ってしまった以上どうにもならない。
彼の心は彼が支配するもの。彼が方向を変えなければ、蘭があかねを越えることはないのだから。
「友雅さん、蘭さんのことは…どうするんですか?」
こんな状態になって彼女のことを言うのも都合良いかもしれないが、蘭の気持ちを知っていると無関心でもいられないのが詩紋の性分でもある。
「そうだねえ。でもあいにく私は結構不器用な人間でね。例えば二つの花が咲いているとして、それらを右と左で別々に見るということは出来そうにない。」
『そうなると』。友雅は深く言葉を告げた。
「私の惹かれている花しか、愛でることは出来ないだろうね」
友雅という花瓶には、一輪の花だけしか受け入れては貰えない。
例え悲哀がそこに生まれると分かっていても、答えはもう変えることなど出来ないのだ。
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