光り降る音

 第7話(1)
黙っていても、時間は止まることを知らない。
ましてや、もっとゆっくり時間が流れて欲しいと思う時に限って、その速度は目を見張るほど早い。
…友雅といるときは、いつもそんな風に感じる。

ほんのりと黄昏色が空を染め始めた頃。
友雅に連れられて、あかねは土御門家まで送り届けられた。

藤姫と共に侍女達が数人、いつものように勢揃いして二人の帰宅を迎え出てきたのだが、二人を見たとたんに、まず藤姫の叫び声が屋敷内に響き渡った。
「み、神子さまっ!!如何なされたのですっ!?」
驚嘆の声の意味は、正確に言えば二つに掛かっている。
あかねの足を包む懐紙に滲んだ血。そして、そのあかねを軽々と抱きかかえている友雅。
どちらの状況を取ってみても、藤姫にとっては衝撃的な映像に他ならない。

「あ、藤姫…。別にたいしたことないの!ただ、河原で岩を踏んだだけだから」
「とは言っても、神子殿にもしものことがあったら大変だからね。そういうわけで、このまま歩かせてはいけないと思って、こうして抱きかかえてきたというわけだよ」
そう言いながらも、友雅はいつまでたってもあかねの身体を下ろしてはくれない。
「友雅さんっ!も、もう大丈夫ですからっ!」
じたばたするあかねを楽しみながら、何故か友雅は静かに微笑んでいるだけで。
そんな風に微笑まれてしまったら、鼓動まで乱れてしまうのに。


………ふと、視線を感じた。慌てて、そちらに顔を傾ける。
「天真も神子殿のお帰りを出迎えに参ったのかな?」
友雅が見た方向には、何も言わずに立ちつくしている天真の姿があった。
腕を組んだまま、黙ってこちらを見ているだけだったのだが、あかねには彼の表情がすぐに分かった。

……天真くん、機嫌悪そう…。あ、もしかして友雅さんがいるから?
元々友雅にはあまり良い印象はなかった天真だが、妹の蘭のことで更に彼にとっての友雅のイメージは下降してしまった。
挙げ句の果てには兄妹ケンカにまで発展…というわけだから、面白くないのもうなずける。

「と、とにかく!神子様にお手当をして差し上げなくては!」
藤姫の潤んだ声に続いて、侍女たちが友雅に歩み寄る。こうなっては、もうあかねを手放すしか方法はないだろう。
ゆっくりと身体が低くなり、傷を負った足下が触れぬように腰から床へと下ろす。侍女がすかさずあかねに寄り添った。
「大丈夫ですって!歩けますよ…自分で。」
手厚すぎる介護に戸惑っていると、すっと目の前に手のひらが差し出された。
「ほら。肩貸してやるから起き上がってみろよ。」
天真の大きな手を握ると、ゆっくりとあかねの身体が引き上げられた。
そして、あかねの腕を自分の肩に持ち上げながら、天真は彼女の背中を押した。
一度だけ、天真は振り返る。

「先にオレが部屋に連れて行く。あとで薬かなんか、持ってきてくれ」
わたわたと忙しく動き始めた侍女たちの後ろで、友雅は天真が投げかけた、ただならない妙な視線と表情が気にかかった。


■■■


天真に半ば引きずられるようにして、あかねは自分の部屋へと戻ってきた。
既に灯りは灯されていて、オレンジ色の澄んだ火が暗闇を照らしていた。
「もー、天真くんてばいきなり引っ張り上げるから、友雅さんに挨拶出来なかったじゃない」
すとんと自分の居場所に腰を落ち着かせたあかねは、ほっとして目の前に座っている天真を見た。
「別に構わねーだろ。どうせまたすぐに顔を合わせることになるんだし。」
「そりゃそうだけどー。でも礼儀っていうのがあるでしょ。一日付き合ってもらったんだから、ありがとうの一言くらい言わないと悪いじゃない?」
優等生のようなあかねの答えを聞くと、天真は不機嫌そうに黙って頭をかきむしった。

「…大丈夫なのか?足の怪我…」
あかねの素足を見て、天真が言った。
「え?うん、ホントにかすり傷だから大丈夫なの。みんなが騒ぐほどのことじゃないんだよ。」
ぴりっと足に張り付いた懐紙をはぎ取る。紙に血は少し染みこんでいるが、肝心の足の方は傷など見えない。それだけ小さな傷だったということだ。
が、それを確認しても天真の機嫌は斜めに傾いている。
「友雅のヤツ…八葉のくせによ。着いていながら怪我なんかさせやがって」
忌々しそうにつぶやく。
「ねえ天真くん…いくら蘭のことがあるからって、そんなに友雅さんのこと毛嫌いしなくても良いんじゃない?」
あかねの口調は、半ば呆れ気味でもあった。が、その声さえ聞く耳持たない。
「大体、気が緩んでる証拠だぜ。アイツにゃそもそも、八葉の自覚ってもんがないんだ。だからおまえの行動にも気を配れねえんだ」
「だからー!それは違うってば!気が緩んでたのは私の方で…」
と言い返してみたのだが、頑固で一本気な天真の性格がすぐに穏やかになるわけがなかった。

仕方がない。あとで詩紋にでも相談して、どうにか気分転換でも試みてみようか。
そんなことを考えていると、偶然とは思えないタイミングで詩紋が部屋にやってきた。
手には小綺麗な漆塗りの小箱が抱えられている。
「あかねちゃん、おかえり。薬持ってきたよ」
蓋を開けると中には更に小さな箱。その中には軟膏のような練りものの薬が入っていた。
「天真先輩ね、妹さんとまたやり合ったんだって。だからいつも以上に機嫌悪いんだ」
あかねの傷にしっかりと軟膏を塗りつけながら、そう言った詩紋の口調も、溜息が混じって少し呆れた様子だった。
「また〜?いい加減に仲直りすればいいのにー。あんなに探して、やっと見つけた大切な妹なんでしょ?」
あかねと詩紋の二人揃って、天真の表情を見上げる。
「うるせー!大体、蘭のヤツが『友雅を一度連れてきてくれ』あんて、ふざけたこと言いやがるからなぁ……!」
思い切り握りこぶしを作って、今にも血管が切れそうな勢いの天真だったが、一瞬空気が変わったと感じたときは、もう遅かった。


「ふうん…。そんなお誘いが頂けるとは、思ってもみなかったね」
空気が変わったのは、彼の存在のせいではなかった。
彼の存在に気付いたあかねと詩紋の様子が、この部屋の空気をぴんと張りつめさせたのだ。
「友雅っ!てめえ、帰ったんじゃなかったのかよ!」
殴りかかりそうな態度で天真は振り返る。とっさに両手を広げて、友雅は防御の構えを取った。
「最後に、神子殿に別れの挨拶をしようと思っていたのだけれど、天真がさっさと連れていってしまうから」
友雅はそう答えて、ちらっとあかねの方を見て微笑んだ。


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Megumi,Kasuga