光り降る音

 第6話
夏まではもうしばらくあるのに、日差しは少々強く足下を照らし続ける。
頬に差し込む自然の光線は、焼けつくように熱い。
「こういう日は、外を歩き回るのも少々厳しいね。」
「そうですね。ついつい木陰とか、涼しいところを探して歩きたくなっちゃいますね」
あかねの隣を歩く友雅は、手持ちの扇で顔をあおいでいる。正確にはあおいでいると言うよりも、日差しを避けていると言うのが正しいだろう。
涼しさを運んでくれる風も、あまり感じられない天気。清々しい青空は心地良いが、歩いているうちに足も気持ちもすぐに疲れてきてしまう。

「場所を変えようか。」
いきなり友雅がそう言ったので、あかねは立ち止まって彼の顔を見上げた。
「双ケ丘あたりに行ってみようかと考えていたのだけれど、この天気ではね…。上り坂を歩くのは少々厳しいしね」
双ケ丘は、友雅が気に入っている場所。そこからは京の町が一斉に見下ろせる。その壮大な風景は、あかね自身も気に入っていた。
「じゃ、どこに行くんですか?」
あかねは尋ねたが、友雅はいつものように少し含んだような笑みを浮かべて、はっきりと答えてはくれない。
「取り敢えず着いておいで。少しは疲れも癒せると思うよ」
少しだけ汗のにじんだあかねの額を指先で触れると、それだけ答えて友雅は先に歩き出した。


■■■


上流から落ちてくる川のせせらぎの音が涼しげだ。砂利を踏むきしみ音が二つ、せせらぎに混じって響く。
浸した足からひんやりと水の冷たさが伝わって、さっきまで汗がにじんでいたことも忘れさせてくれる。
「足下にはくれぐれも気を付けるようにね。川の中は結構滑りやすいものだから」
友雅は川に掛かる橋の陰で涼を取りながら、水と戯れているあかねに声をかけた。

深呼吸をすると疲れが一気に吹き飛んでいくようだ。
川風が頬をくすぐるように駆け抜けて、無造作に髪を乱していく。そんな風に身を任せていると、あんなに重い気持ちがまるで嘘のように思えた。

そうだ。そういえば……ここ桂川で蘭と会ったんだ。

まだアクラムたちに捕らえられていた彼女と、出会ったのは確かにこの辺りだった。
そんな彼女をやっとのことで取り返すことが出来て、しばらく泰明の勧めで彼の師匠である安倍晴明氏の屋敷に世話になっていたのだが、ひとまず落ち着いたという判断を下されたあとは、土御門家と親しい僧侶の寺院に身を寄せている。
今まで以上に行き来することも楽になったせいで、顔を見に行くことも兄の天真に負けず劣らず多かったのだけれど………でも、今になってはそんな関係が少し重荷だ。

恋愛が絡むと、女同士の友情は消滅して嫉妬に変わってしまう。誰もがそんな見解を持っている。
どれだけ親しくても、どれだけ仲が良くても、同じ男を好きになったら友情はすぐに崩れ去る。
……やっとのことで親しくなったというのに、こんな出来事が待っているなんて思ってもみなかったから、蘭にはこの気持ちを打ち明けたことなどなかった。
もしも先に…自分が打ち明けていたら、彼女はどう思っただろう。
この立場は逆転しただろうか。

「痛っ!」
踵に痛みが走った。慌てて足を上げると、じんわりと赤い血がにじんでいる。
「どうかしたのかい?見せてご覧」
いつのまにかやって来ていた友雅が、あかねの踵にそっと触れる。
「河原の小石か岩で切ったんだろう。深い傷ではないけれど、血を止めてしばらく休んでいた方が良いね」
ぼんやりしていたせいか、欠けた小石が足下に流れてきていたのに気付かなかった。友雅の言うように小さな傷だし、ほおっておいてもすぐ直りそうな感じだった。

突然ふわっと身体が軽くなった。友雅は軽々とあかねを抱き上げて、橋のたもとへと向かって行く。
「友雅さんっ!大丈夫です!私、重いからっ!」
「いいからじっとしなさい。これくらい、羽衣を抱いているのと同じようなものだよ」
そう言っているうちに土手について、あかねはそっと下ろされた。
「さて。」
友雅は懐に入っていた帖紙を取り出して何枚か重ねて、あかねの踵に貼り付けるように当てた。
「本当なら切れ端などで強めに縛ればすぐ止まるのだろうけど、生憎持ち合わせがないものだから、このまましばらくゆっくりしておいで」
あかねの髪を優しく撫でながら、友雅は隣にゆっくりと腰を下ろした。

「すいません、迷惑かけちゃって」
笑いながら友雅はあかねの顔を見る。
「神子殿に迷惑なんてかけられたかな?覚えがないけれど」
混じりもない笑顔を向けてくれるものだから、あかねはそれ以上何も言えなくなった。

気にするようなことではない、と思わせるための友雅なりの気配りでもあるのだろう。それが自分のためだと思うと、嬉しさがこみあげてくる。
気遣ってくれている彼の想いを、独り占めしているようで嬉しくなってしまう。
他愛もないことなのだけれど。でも恋をしたら誰でもそんなものだ。
好きな人の何気ない一言さえ敏感に反応してしまうのだから。

「今日は戻った方が良いかな。その足で連れて歩くのは可哀想だね。」
「えっ…大丈夫ですよ、痛みなんて全然ないし………」
陽が落ちるのにはまだまだ時間がある。これから友雅と一緒にいられると思ったのに、こんな傷だけで予定が消滅してしまうなんて嫌だ。
二人だけで出掛ける機会なんて、この後あるかどうかも分からないのに……。

すっかり本来の目的を忘れている自分に気付いて、あかねは思わず顔が赤くなった。すると友雅が覗き込むように顔を近づける。
「それじゃ、さっきのように抱いて歩ってあげようか?」
その言葉に反応して、更に顔が赤くなった…と思う。自分を映している友雅の瞳が、あまりに甘美な色をしていたから。
「取り敢えず、まだ時間も早いことだから。しばらくここでゆっくりしていよう。せっかく二人で出掛けているのだから、早々に切り上げることもないだろうしね。」
友雅がそう言ってくれたので、あかねは少しホッとした。


何をするわけでもなく、ただ一緒にいたいだけ。
別に何を話さなくてもいいから、隣にいてくれたら……それだけで嬉しいんだ。
こうして、友雅さんが一緒にいてくれたら。

肩が触れ合うほどに身を寄せていても、暑苦しさなんて全然感じることがない。
胸の中は、燃え上がって熱がこみ上げているのだけれど。
ふと、その広い肩に寄りかかりたくなって、そっと身体を傾けようとした。



「そういえば……蘭はどうしているのかな」
友雅の言葉に、身体の動きが止まった。

「しばらく顔を見ていないし。晴明殿の屋敷からも移られたと言うから、問題はないとは思うけれどもね。色々と面倒なことに巻き込まれていたようだから、どうしているのかと思ってね。神子殿は会いに行っているのかい?」
あかねは一瞬呼吸が止まったように動かなくなって、友雅の話していることさえ頭に入っていなかった。
聞こえたのは、蘭の名前だけ。その名前を友雅の声が紡いだことだけ。
「神子殿?」
自分の名前ではなく、呼び名を呼ばれてあかねは我に返る。
「あ、元気…ですよ。時々ですけど遊びに行って、おしゃべりしたり貝合わせとかで遊んでみたり、琴とかを奏でてみたりとか…」
「琴ねぇ。彼女は楽にも興味があるのかな。」
というよりも、暇を持て余しているので手近にあった琴をかじっていただけである。上達したというわけでもないが、他にすることもないのでつまびいているらしい。

「彼女は、なかなか良い趣味をしているようだね」
友雅がそう答えたので、あかねは一層気が重くなった。

自分から蘭への興味を引きよせることなんか言って。……なんて、それじゃまるで嫉妬深い女の業そのもの。そんな自分の感情にも自己嫌悪が押し寄せる。


………ここのところ蘭のことを思うと、こぼれるのは溜息ばかりだ………。

***********

Megumi,Kasuga