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光り降る音
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| 第5話 |
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髪の毛を櫛で梳き、鏡に映る自分の姿をじっと眺める。
衣は乱れていないか、髪にはクセがついていないか、目はもう赤くなっていないか……。丹念に自分を観察する。
「はぁ……会う前から意識しすぎてるよ…。こんなんで、今日一日付き合って貰えるのかなぁ…」
両手で自分の頬を押さえて、あかねは苦笑する。手のひらに頬の熱が伝わる。
まだ、胸の中の振り子は揺れたまま止まらない。
会いたいような、でも会いたくないような………不思議な感情が渦巻いている。
■■■
渡殿を母屋に向かって歩いていくと、その距離が近付くたびに侍女たちの華やかな笑い声が聞こえてきた。
それに混じって聞こえる、深くて甘い声。
あかねは立ち止まって、そっと様子を伺ってみた。
華やかな女人たちに囲まれ、彼はその中にいた。
しなやかな指先が、優雅に扇をはためかせる。しっとりと憂いを感じさせながらも、艶やかなその瞳の紡ぎ出す彼自身の色に酔いしれながら、彼女たちはつつましく微笑んでいる。
彼の存在する空間だけは、いつも平安絵巻そのもの。色とりどりに鮮やかに色彩を散りばめて、彼はいつもそこにいる。
「おや、やっとお出ましかな?」 あかねが歩み寄るよりも先に、彼に見つけられる方が早かった。
友雅の視線があかねに向かうと、物わかりの良い侍女たちは一斉に彼から離れた。
ゆっくりと腰を上げる。やわらかにウェーブを帯びた髪が、こぼれるように背中に流れた。
「おはようございます。遅くなってすみません、支度に時間がかかっちゃって…」
軽く頭を下げようとしたとき、友雅の指先が目の前へと伸びてきた。
長い指先はあかねの頬の横を通り過ぎて、肩にかかる髪の毛先を梳くように触れる。
「成程…。神子殿の髪はさらりと軽やかで美しいからね。その手入れのためならば、少々時間が遅れても仕方がない。」
くすぐったい仕草と、甘すぎるほどの言葉と。そして、衣の隙間から湧き上がる侍従の香。
今のあかねにとっては、友雅のすべてが毒だ。分かっていながら、離れられなくなる猛毒。
「柔らかくて絹糸のようだね…」
友雅は両手で、ふわりとあかねの髪をかきあげてみせる。まだ白さの残る細いうなじに風が触れて、あかねはびくっと肌を震わせた。
「やめて下さい〜っ。首筋が涼しくて落ち着かないですっ」 わたわたと自分の目の前で戸惑うあかねを、友雅は心底から愛らしいと感じた。
他愛もない自分のからかいごとに、素直に反応を返してくれること。そして、時に友雅が思いもしなかった答えを返してくれる意外な驚き。
だからこそ、彼女から目が離せない。
『龍神の神子』という立場だけでは、おさまりきれないほどの意味で。
「神子様?もう一人はどなたに、ご一緒して頂きます?」
いつのまにか近くに来ていた藤姫が、あかねに今日の同行者を尋ねた。
別に一人でも構いはしないのだが、普通は二人の八葉に同行してもらいながら京の町に出るのが普通だ。
「うーん…どうしよう…誰か、今から連絡付けるかな?」
「そうですわね…今日は永泉様と鷹通殿は御用が有るとのことですし、あいにく頼久も…父上の遠出に着いて参りましたので…。」
残るのはイノリ、泰明。そして、一番手っ取り早いのは…同じ敷地内にいる天真と詩紋だ。
だが、詩紋はともかくとして…昨日あれだけ友雅のことで不機嫌だった天真が、よりにもよって友雅と同行なんてことは………やめておいた方が良いに違いない。
となると、詩紋しかないか。昨日も蘭のところへ付き添ってもらって、今日もというのは少し申し訳ない気がするが、こればかりは仕方がない。
あかねは詩紋に同行してもらおうと、藤姫に告げようとした……時だった。
「あ、あかねちゃん。今日、ちょっと読みたいものがあって…出来れば家の中にいたいんだけど、良いかなあ?」
そう言って目の前に現れた詩紋の手には、漆黒塗の文箱が後生大事に抱えられている。この屋敷に来て、色々な文や書を、暇さえ有れば読みふけっている勉強家の詩紋のことだから、何かしらまた気になるものでも見つけたのだろう。
詩紋がそうしたいと言うのなら、無理強いはしない。だが、そうなるとやはり…残されたのは彼一人。
頼むしかないだろうか……。
「そんなにしてまで、もう一人を無理して捜さなくても良いだろうに」
困惑しているあかねたちの姿を見て、やや呆れ気味にそう言ったのは…ここにいる八葉の一人である友雅自身だった。
「別に、八葉がどうしても二人いなくてはならない、というわけではないのだろう?だったら私一人でも充分ではないのかい?。」
友雅だけで?友雅一人だけで…一緒に?
「それとも、私の力は信用してもらえないかな。これでも武官の役目くらいは何とか果たせていると思っているのだけれどもねえ…」
そう、こう見えても友雅は武官である。れっきとした左近衛府少将という肩書きのある男なのだ。見目的には楽を奏でている方がしっくり来るのだが。
「だったら、たまには神子殿と二人で出掛けても構わないだろう?勿論、私だって八葉の端くれではあるからね。彼女のことはお護りすると誓うよ。」 彼の言葉は、それなりの威圧感を持つ。
口にしたことは、おそらく守り抜くだろう。何故かそう信じざるを得ない強さが秘められている。
「……分かりましたわ。それでは本日は、友雅殿に神子様の守護を一任させて頂きます。当然ながら、神子様の身に何かあったときは……」
「命を捨ててでも、護り抜いてみせましょう。頼久に負けないくらいに本気で、ね。」
友雅は、少し甘さ控えめに微笑んで答えた。
■■■
思えば、八葉たちと毎日のように出掛けてはいるけれど、二人だけでというのは今回が初めてだった。
しかも相手が…友雅だなんて、普段以上に心が落ち着かなくなってしまう。
そんな気持ちなど、彼は知るはずもないだろう。十以上も離れていては、異性と意識することさえ無理なのかもしれないが。
………一方通行だよね…不公平だなぁ…。
友雅の隣を歩きながら、あかねは声にならないつぶやきを吐いた。 想いを募らせて切なく過ごしているのは、自分一人。誰にも言えない、友雅に対する想い。
言えない……閉じこめて置くしか出来ない。自分だけしか知られてはいけない想いは、時を追う毎に募りながら深くなる。
蘭は…それを知ったら、どんな顔をするだろう。
自分が抱く、この想いを知ったら…………。
「神子殿?」 しばらくして、友雅は後ろを振り向いた。
あかねの足取りがいつのまにか自分の歩幅からずれて、背後をゆっくりと歩いていたことに気付いたからだ。
「何かあったのかな。元気がないね…少し休むかい?」
立ち止まって、彼女がここへ辿り着くのを待つ。そんな姿を見て、慌ててあかねは足取りを早めた。
「あ…な、何でもないですよ。平気です!」 再びお互いの位置が、横一線に並んだ。距離だけは簡単に近づける関係。
だけど、それは気持ちとは別で、本当に近付いて欲しいのは……心同士なのだ。
ふと、暖かくて大きな手の感触が肩を包む。背中から伸びた友雅の手が、あかねの身体を引き寄せるようにして肩を抱く。
「い、いきなり何するんですかっ!?」
いきなりのことに、動揺が隠しきれない。友雅の存在が異常なまでに至近距離に感じて、心音が身体全体に鳴り響く。
「さっきみたいに、また神子殿を置いてきぼりにして歩いてしまうと困るからね。こうして一緒に歩いていれば、離れることなどないだろうと思ってね?」
友雅は、そう簡単に答えたけれど。
………あかねは落ち着かない。いつ、この鼓動が彼に聞こえてしまうか心配で。そして、その鼓動の意味を知られるのが怖くて。
………知って欲しいのか、それとも知って欲しくないのか。どっちなんだろう。
………………………自分の気持ちが、分からない。
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