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光り降る音
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| 第4話 |
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残り香のしない文を開き、差出人の名前を探した。
淡い和紙に、不慣れな筆文字。この時代に生きる者にしては、珍しいほど筆に慣れていない稚拙な文字だったが、どことなく愛着のある風合いがある。
それもそのはずで、現代に育ったあかねたちが筆を自由自在に操れるような習慣は、ほとんどないと言って良い。
だが、この世界ではそれだけが文字をしたためる道具故に、慣れずとも使わなければ文が書けない。
「あかねちゃん?」
詩紋が名前を呼んだ。しばらくその文に気を取られていたあかねは、その声にやっと我を取り戻したかのように顔を上げた。
「誰からの手紙…?」
「あ、蘭…からだったよ」
差出人の名前が分かったとたんに、おそらくその文に書いてある内容を察することが出来た。
他愛もない女の子同士の手紙。
だが、その中にはきっと彼女の想いのかけらが綴られていたに違いなかった。
そうでなければ、あかねがずっとその文に気を取られてなどしなかっただろう。彼女の様子を見れば、すぐに分かることだった。
「あはは…たいしたこと書いてないんだけどね。きっと筆とかで和紙に書くなんて、珍しいからやってみたかったんじゃないかな」
笑いながらあかねは、開いていた文をくるりと丸めた。笑いながら、どこか少しその笑顔と声は乾いていてぎこちない。
だから、それ以上は尋ねられなかった。
蘭が…彼女があかねに、何を伝えるため文を送ったのかを。
■■■
天真は夜の警備に出かけ、詩紋は部屋へと戻って行き、部屋にいるのはあかね一人となった。
ぼんやりと燈台の炎が揺れて、几帳や庇の影を映し出す。ほのかな明かりが優しくて、包まれていると少しだけ気持ちが落ち着いてくるように感じた。
改めて文を紐解いてみる。
そして、もう一度蘭の書いた言葉達を目で追ってみる。
『お兄ちゃんにはもう言ってもしょうがないから、あかねちゃんにお願いしたいの。何でも良いから友雅さんのこと、教えてくれないかなぁ?好きなものとか…一番知りたいのは好きな女性のタイプとか、なんだけどな』
何でもない、普通の文面に過ぎない。友達とのこんな手紙のやりとりは、何度も経験したことがあった。
けれど今回だけは、簡単に通り過ぎることが出来ないでいる。
蘭の好きな相手が………彼でなかったら。
好きになった人が、同じ人でなかったら………こんなに重い気持ちを抱かなくても済んだのに。
幾多の男性がいるのに、どうして同じ人に惹かれてしまったんだろう。
手の中に文を握りしめて、床にごろりと横になって天井を見上げた。 目を閉じて浮かび上がるのは、いつもただ一人の姿だけ。
その艶やかな瞳を思い浮かべながら、切なさに胸をしめつけられる。
初めて会ったときから、顔を合わせると胸がどきどきして仕方がなくて。
何も知らない自分の視野の狭さに比べると、驚くほど彼の目は広い部分を見ていて。
どこまでも見目華やかで麗しく、甘い香りを全身から放つような、そんな存在。
比べものにならないほど彼は自分よりも大人であるから、いくらでも人を動かすくらいの術は知っているに違いなく、こんな幼い自分などいくらでも簡単に操られるだろう。
そう分かっていながら目が離せなくて、こちらを見るその瞳に吸い込まれてしまえばいいと思ってしまうことがある。 恋をした人は、どこまでも遠いけれど手を伸ばせば触れられる。
でも心の距離までは測れない。-----だから歯がゆい。だから切ない。
だから何も言えないまま、一緒に歩いているしかできないのだけれど。
それでもいいと思ってしまう。そばにいられるだけで、構わないと本心からそう思える。 あなたのそばにいられるだけで、それでいいと。
それだけで………自分が龍神の神子であり、彼が八葉の一人であることが嬉しいと思えるから。
こんなに切ない恋をしたのは、初めてだ。
憧れとは違う、もっと深くて…そして辛い。
自分一人でそんな思いを抱えているだけでも辛いのに、友達の心まで知ってしまうなんて。
どうすればいい?
この想いを、これからどうやって抱えていけばいいんだろう。
目を閉じて夢に見るのは、彼の笑顔と決まっているのに。
■■■
「神子様?どこかお加減でもよろしくありませんの?」 次の日、朝餉の席で顔を合わせた藤姫に言われたのは、そんな一言だった。
どうやら昨日寝付きが悪かったせいで、目が赤くなって視点がふらふらしていたらしい。
「ううん…別に元気だよ。ちょっとぐっすり眠れなかったから…」
「お身体に差し障りがなければよろしいのですが…もしもご気分でも悪くなさいましたら…」
心配そうに様子を伺っている藤姫の表情に、困ったようにあかねは笑ってみせる。
「大丈夫、ホントに大丈夫だから心配しないで。いつも通りに頑張らなくっちゃね!」
そう言って藤姫がすんなりとうなづいてくれるかは、断言などで気はしないけれど、それでも元気に振る舞わなくては、いつも自分のことを思ってくれている彼女に申し訳が立たない。
龍神の神子である自分に課せられたのは、この京を守りぬくこと。
そしてそれが、藤姫の願うこと。彼女のためにも、自分は気を引き締めて行かなくてはならないのだ。
この世界にやってきて数ヶ月。もうそんな自覚も以前ほど皆無ではない。
そして最初の頃と違う最大の変化。
それは……あんなに元の世界へ帰りたいと思っていたのに、いまは…このままでもいいかと思っていること。
原因は、理由はもちろん分かっている。
「藤姫様、少々よろしいでございますか?」
一人の侍女が几帳の隅から顔を出した。どうやら彼女の話では、あかねを迎えに八葉の一人がやってきているらしいとのことだ。
「神子様、如何なさいます?本日ご一緒にお出かけになります?」
「え…?誰が来てるの……」
食べ終えて空になった粥の椀を懸盤の上に戻し、侍女の返事を待った。
「橘少将殿がおいでになっております」
小刻みに震える心音。
ほら、名前を聞いただけで心が揺れる。
「…待ってもらえるように、伝えてくれますか?」
あかねは、そう答えた。
そう答えるしかない。
それ以外の答えが、あかねにはないのだ。
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