真夏の夜の夢語り

 003
大きなベッドの真ん中で、人魚のように足をぱたぱた。
「ひろーい!ふかふかー!」
「ほら、ちゃんとお布団掛けて寝ないとダメよ」
父と母の間に小さな枕を置いて、いつも使っている水玉の肌布団にくるまる。
「別荘におでかけしたときみたいー」
夜泣きであかねに負担が掛からないようにと、子どもたちの就寝時は祥穂が世話をしてくれていた。
まゆきの場合は千歳がずっと一緒に寝てくれているので、ひとつのベッドや布団で子どもたちと寝るのは、夏に別荘で過ごすときくらいのものだった。

「とぉさま、明日もおしごとなの?」
「そうだよ。父様としては、まゆきお相手をする方が楽しいのだけどねえ」
子どもたちは夏休みを謳歌している時期だが、大人はのんびりしてはいられない。
夏期休暇というものはわずかしかなく、それらをどう有効に使うか皆が頭を捻る。
とは言っても、友雅の夏休みの予定に関しては、毎年変わることはないのだが。
「別荘であそぶの好きー。お舟に乗ったりするのー」
湖に浮かぶ遊覧船に乗ったり。
「あまーいソフトクリーム食べたりするのー」
地元の牧場で採れたミルクで作ったスイーツを食べたり。
「あとねー、お花を見たりしてね、それからねー…」
「はいはい。姫君のお願いはすべて叶えると約束するから、取り敢えず今夜はもうおやすみ」
柔らかい布団を肩まで掛けて、額におやすみのキスを落として。
両親に見守られながら目を閉じると、瞬く間にかすかな寝息が聞こえて来た。
「寝付きが良いねえ」
「一日中動き回っていたから、疲れたんじゃないですかね」
内緒話をするように声を潜めて、友雅とあかねはまゆきの寝顔を見ながら話した。
「ちょっとだけ、外に出ないかい?」
えっ?と顔を上げると、友雅は静かにベッドから下りた。
「テラスに出るだけだよ。ここで話すのは、まゆきの夢を邪魔してしまいそうだ」
「あ、そう…ですね」
ナイトテーブルの上に置いてある、ミネラルウォーターのミニボトルをそれぞれ手にして、マットレスに震動が伝わらぬように移動する。
忍び足で窓に近付き、そっとカーテンを開けてテラスへと出た。

昼間はあんなにも酷暑だったのに、夜ともなれば比較的涼しく感じる。
そうは言っても少し動けば、汗ばむくらいの暑さは残っているけれども。
「今頃千歳たちは、どうしているだろうねえ」
間違いなくこの時間なら、消灯時間は過ぎているだろう。
それでも、友達と一晩過ごすという滅多にない環境。テンションが上がってしまって、寝付けずにいるかもしれない。
「私もそうでしたね。修学旅行とか、遅くまで友達と色々おしゃべりして」
「夜更かししてでも、話したいことがあったのかい?」
「うーん…別にたいした内容でもないんですけどね、考えてみると」
雑談という言葉がぴったりな、他愛もない話題ばかりだった。
でも、それを友達という他人しかいない中で話すということは、また違った日常でもあったのだ。
家族だから言えることもあれば、言えないこともある。
大人に近付けば近付くほど、そういった話題は増えて来る。
「恋愛の話とか?」
「うん、まあそうですね。多かったかなー…丁度年頃でしたし」
何年の何組の子がカッコイイとか、誰と誰が付き合っているとか破局したとか。
噂の類いから、確実な情報まで様々。
思春期の女の子たちにとって恋バナは、やめられない止まらないスナック菓子みたいなものだ。

「あかねがその話題の中心になったことは?」
「あー…まあ一応」
そういう話になった時、誰でも一度は話題を振られる。
相手がいようがいなかろうが、片思いだろうが突っ込まれる。
更に、自分が言うまえに首をつっこんでくる輩もいるわけで……まあ、大概それは天真なんだが。
「友雅さんて意外に有名人ですから、みんなびっくりでしたよ」
彼と付き合っていることがバレてからは、常に恋バナの中心になってしまった。
どんなところに行ったのかとか、どんなプレゼントもらったのかとか、女子同士だと結構なところまでツッこまれたりもしたけれど、そこは上手くスルーできた…つもりだ。
「女の子たちは賑やかなものだね」
「修学旅行とかだと、女子と男子で部屋が別ですからね。部屋は女の子だけですからね、そりゃもう」
遠慮なんて言葉は存在しない。
それくらい、無礼講状態で話が弾むのが女子というもの。

「千歳たちも、いずれそういう話をするようになるのかねえ?」
「どうでしょ?意外ともう、そんな話をしてるかもしれませんよ」
今の小学生は結構進んでいるから、とあかねは笑いながら言う。
共学だけど校舎は男女別になっていて、学校生活自体は男子校女子校みたいになっている。
日常生活に男子生徒はいないが、やはりお互いに興味のある相手は目につくものだろう。
実際、保育園時代も文紀は千歳の友達に人気があったし、逆に千歳も文紀の友達が集まって来たりしていたし。
本人たちはまだ自覚がないようだが、周囲はそうでもないらしい。
「でも、王子様の話だったら既にしてるかもしれませんねー?」
あかねが少し悪戯っぽく、友雅の顔をちらっと見る。
彼の表情がどう変わるか興味があったが、それに関してはさすがの友雅も寛大だ。
「詩紋の話題なら、むしろ大歓迎だよ」
幼い頃からの、千歳の王子様。
金色の髪をした彼の手から生まれるお菓子は、みんなの笑顔を作り出す。
千歳はどんな風に、彼のことを話しているんだろう?
どんな顔をして詩紋の事を語っているのか。

見えない所で少しずつ、新しい経験をして成長して行く二人。
それは少々寂しい気もするけれど、彼らの話に耳を傾けることで、これまで同様に絆は築かれて行くだろう。
「まゆきもきっと、あの子たちの話を聞くの楽しみにしてますね」
自分たちの楽しい経験を妹にも伝えてやろうと、一生懸命話す二人の話を一生懸命聞いているまゆきの姿が目に浮かぶ。
「それまでは、私たちがまゆきを楽しませてやらねばね」
ふわり、とかすかに流れて行く夜風。
漆黒の天空に瞬く無数の星。
耳を澄ますと聞こえてくる水の音は、和室の窓辺に配置した池の方から。

「というわけで、明日は昼食の時間に合わせて、二人で会社においで。」
「え?お昼にですか?」
「ああ。部屋に食事を用意しておくから、三人で昼食を楽しまないかい?」
社長室にケータリングで料理を運んでもらって、仕事の合間にささやかな家族団らんのランチタイムを。
大人用のメニューと、子ども向けのメニューを三人分。
まゆきが好きなりんごのジュースも忘れずに。
「文紀と千歳には別荘で埋め合わせをするとして、たった一日だし良いだろう?」
何より、そばで瞳に焼き付けておきたいのだ。
愛しい姿を少しでも長く。

「友雅さんて、本当に子どもたちのこと好きですよね」
彼の肩にもたれて、あかねは笑った。
こちらが考えているよりもずっと、彼の頭の中は子どもたちでいっぱいなのではと思わざるを得ない。
「奥方殿にも愛情を注いでいるつもりだけど?」
華奢な肩に手を伸ばし、覗き込むように前から顔を近付ければ、自然とふたつの唇は重なる。
「あの子たちを好きで仕方ない友雅さんが、私は好きですよ」
「…そうストレートに言われると、親子の時間より夫婦の時間が欲しくなるね」
でも、振り返って部屋の中を見れば、ベッドには二人の愛しい娘が。
「さて、そろそろあの子と一緒に、私たちも夢の世界へ向かおうか」
あの子の隣に寄り添えば、もしかしたら夢の中を覗けるかもしれない。
どんな楽しいひとときを過ごしているのか、共に足を踏み入れてみたい。

---------なんてことを考えつつ、眠りを守るようにあの子を抱きしめて、今宵は二人で夢を紡ごう。






-----THE END-----




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