真夏の夜の夢語り

 002
終業時間が過ぎて、友雅は駐車場へと下りた。
入口の目の前に停まっていた車に乗り込み、普段ならそのまま自宅へ直帰-----なのだが。
「すまないけれど、公園通りに向かってくれるかな」
「公園通りですか?遠回りになりますけれど」
「ああ、良いんだ。そこにあるカフェに寄って行くから」
その店は、以前詩紋がアルバイトをしていた店だ。
プリンやゼリーなどの冷菓が特に評判良く、今でもタウン誌などで常連的に取り上げられる人気店である。
いつもならこういうものは、ミュージアムのレストランで調達するが、生憎と今日は月曜日で休館日。
他の店に頼るしかないとなれば、知り合いのつてがある店に限る。

「とぉさまー、おかえりなさいませー」
玄関の戸を開けたとたんに、元気な声が友雅を出迎える。
いつもより声の数は少ないけれど、飛びついてくる笑顔の愛しさに変化はない。
「おかえりなさい、友雅さん」
「ただいま。そうだ、これを冷やしておいてくれるかい?」
まゆきを抱き上げ、片手に持っていた紙袋をあかねに手渡す。
白いショッピングバッグの表面に、アンティーク調の文字で店名が記されていた。
「わ、久しぶりですねえ、このお店」
ひんやりした感触からすると、中身は冷たいデザートか。
「夕飯が終わったら、お楽しみが待ってるよ」
「じゃあ、早く夕ごはん食べなくちゃ!」
冷房の効いたリビングまでまゆきを連れて行き、そのあとはあかねたちに任せて友雅は着替えに部屋へ向かった。

奥にあるダイニングテーブルには、3人分の食器と小さなまゆきの食器。
子ども用の白木の椅子2脚は、今日は出番がないので片付けられている。
「なんだか妙に、食卓がスカスカな感じですねえ」
「千歳様方がいらっしゃいませんものね」
寂しい雰囲気にしなくなかったので、献立は大皿での盛り付けにしてみた。
小さな観葉植物なんかも、ちょっと飾って空間を埋めてみたり。
たった2日だけなのに、二人がいないことで景色の色が欠けたように思える。
「まゆき様が寂しく感じないように、しなくてはなりませんね」
そう、それが一番気にかけていること。
いつも一緒だった兄や姉が、今日はいないことで寂しいと思わせないように。

「毎日この暑さでは、先にシャワーを使わないとすっきりしないね」
食事の前に汗を流した友雅が、まゆきを抱いて部屋に入って来た。
浴衣の肩に掛けた新しいタオルは、彼女が届けに行ったものだ。
「あかね、今日は晩酌は良いよ」
「え、飲まないんですか?」
毎日ではないが、夏の暑い夜には軽いアルコールを嗜むのが習慣になっている。
てっきり今夜も飲むかと思って、まさに今冷蔵庫からビールを取り出そうとしていたところだったのだが。
「さて…席に余裕があるようだから、今日はまゆきの隣に座ろうかな」
友雅は自分の椅子をずらして、まゆきの方へと移動させる。
続いて茶碗や小鉢も、彼女の近くへ場所を移した。
「残さずにちゃんとお食べ。そうしたら、美味しいものが出て来るからね」
「おいしーもの?おいしーものはプリンが良いなー」
「さあどうかな。まずは、いただきますだよ?」
小さな手を合わせて、いただきますと言ってから箸を持つ。
まだ箸使いは覚えたばかりで辿々しいが、友雅にフォローしてもらい手を動かす。

…そういえば、同じようなシチュエーションが、日常的に行われていた。
ただし、それはいつも文紀か千歳がやっている事。
もしかして友雅さん、あの子たちの代わりをしてくれてる?
あの子たちが座る場所に座って、あの子たちがやるようにまゆきに箸の使い方を教えて。
二人がいなくても父がここにいるのだから、寂しがる必要はないのだから…って。
だから今夜は、アルコールも遠慮して?
「楽しそうですわね」
祥穂が二人の様子を見て、そんな風につぶやく。
本当に楽しそうだ。そばに彼がいてくれるおかげで、まゆきもいつも通りの笑顔でいられている。
「いいえ、まゆき様だけではございませんよ」
「え?」
そう言って、祥穂は二人の方へと再び視線を向けた。
続けてあかねもまた、そちらを見る。
「友雅様も楽しそうでらっしゃいますよ」
「……ふふっ、そうですね」
思わず、笑いがこみ上げてきた。
まゆきを楽しませようと思いながら、本当は彼の方が楽しんでいるのかも。
もちろん、三人揃っている時には及ばないけれど、そんなことは関係ないだろう。
「お茄子おいしー」
とろとろに柔らかくなった茄子を、スプーンですくってぱくりと。
口元についた欠片を、友雅の指先が払い除けた。



あかねがまゆきとバスルームを使用している間に、友雅はリビングでノートPCを広げていた。
専用フォームにパスワードを入力すると、ブログ画面が表示された。
宿泊学習の引率教師が保護者限定で公開しているもので、参加している子どもたちの様子が毎日UPされる。
「お二人のご様子はどうですか?」
「まだ一日目だというのに、随分と行動的なスケジュールを楽しんだようだよ」
地域の史跡を巡ったり、果樹園や牧場で生産過程や収穫を手伝ったり。
それらを持ち帰って夕飯の支度をしたり。
「まあ、パンなども焼くのですか?」
麦茶のグラスを友雅の手元に置き、祥穂はPC画面を覗き込んで言った。
小さい子どもたちが調理場に集まって、地元の指導員に習いながら生地を捏ねたりしている様子が映っている。
「明日の昼食用なのだそうだよ」
説明によれば、明日は川下りなどに出掛けるようで、各自このパンでサンドイッチを作って持参するのだという。
「色々なことを体験されて、楽しそうですわねえ」
この分だと、学んだことをもう一度自宅で試したくなるのではないか。
楽しいことは何度でも繰り返しやってみたい、というのが昔から二人の長所でもあるから。

「そういえば…まゆき様のお床は如何なさいます?」
冷たい麦茶が喉の奥に涼を運んだあとで、祥穂がそう尋ねて来た。
千歳と一緒の部屋で寝起きしているまゆきなので、今日と明日は一人で眠ることになってしまう。
「あの子の枕と布団だけ、こっちに持って来ようか」
「では、寝室でご一緒に?」
「5人では無理だけど、3人なら問題ないだろう」
クイーンサイズのベッドでも、まだ小さいまゆきなら川の字も余裕だ。
あかねだって、そうした方が良いと言うだろう。
「二人がいない間は、私たちが代理を務めさせて頂くよ」
一日の終わりに、あの子が良い夢を見られるように。
その寝顔を見ながら、自分たちも良い夢を見られるようにと。



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Megumi,Ka

suga