My Sweet Home

 004
「自己満足だって、良いじゃないですか。そのおかげで、あの子たちはいつも笑顔でいられてるんですよ?」
あかねはそう言って、烏龍茶のペットボトルをホルダーに戻した。
「それで、友雅さんも満足出来ているんでしょ?バランス取れてるじゃないですか。最高ですよ」
彼が選ぶことに、間違いは絶対にないと言い切れる。
あの子たちがこんなにも素直に育ってくれているのは、彼が子どもたちを理解してくれている証だと思う。
ゼロから始まり、現在進行形で膨らんで行く彼らの知識が、その過程で誤りを生み出しても怒ることは一切しない。
きちんと理由を説明した上で、彼らが納得したあとは誉めることも忘れない。
「友雅さんが優しいから、きっといい子でいてくれるんですよ、みんな」
こんなこと言って、私も親バカですね、とあかねは笑った。

「私が優しいとは思えないけどねえ」
他人事のように、友雅は苦笑しながら言う。
それに対してあかねは、身を乗り出して反論する。
「何言ってるんですか。優しいですよ、すっごく」
「価値のある相手にしか優しくしないよ、私は」
誰にでも優しく接するほど、気持ちに余裕なんてない。
だからね、と伸びて来た友雅の指先が、あかねの鼻の先をつんと突く。
「あかねがそう感じるのなら、私とってあの子たちは価値のある存在だと言うことだよ。もちろん…あかねも、ね」
自分にとっての、存在価値。
そこに彼らがいてくれることで、得られるものは計り知れない。
愛しいからこそ、失いたくないからこそ、大切にしたいと思う。
自然と芽生えたそんな気持ちが、他人の目には"優しさ"というものと同類に見えるのだろう。

「さて、そろそろ姫君たちを迎えに…」
もう一度友雅は、シートベルトを締めた。
そして、今度こそエンジンを掛けようとキーを差し込み、回転させようとした時。
あかねの手が、その腕に触れた。
感触に気付いて、また彼女の方を向こうとしたとたん、目の前が真っ暗になった。
いや、真っ暗というのは正確ではない。
彼女の顔が間近に迫って、視界を覆い尽くした。
柔らかな唇のぬくもりと同時に。
一瞬。
ほんの一瞬だった。夢か幻か分からないほどの。
「い、急いでお迎えに行きましょうかっ…」
何事もなかったかのように、あかねは前を向いて姿勢を正した。
けれど、妙に手を擦り合わせたり、足のつま先をばたばた動かしたり。
わざとこちらに視線を向けなかったり…恥じらって落ち着きを失っているのはあからさまだ。
自分からキスしてきたのに、自分の行動に照れている。
………困ったな。
そういうところが、愛しくてたまらないのに。
「早く…行かないとっ、あの子たち待ちくたびれてるかもっ」
「ああ、そうだね。急ごう」

でも、その前に。
今度は友雅の手が、あかねの腕を掴んだ。
同じように、彼女の視界を覆って、唇を重ねて。
だが、一瞬でなんて終わらせない。
夢じゃなくて現実であると実感出来るよう----------長く熱い口づけを。


+++++


彼らの通う初等部は、送迎バスが運行している。
それらを使って通学する生徒も多いが、その反面、車で送り迎えされる生徒も少なくはない。
つまり、そういう家柄の子息・令嬢が大半の、由緒正しい学園であるというわけで、千歳や文紀も例外ではない。

男子部と女子部は分かれているが、3階の昇降口で二人は待ち合わせる。
「あまり急ぐとつまづくよ、気をつけなきゃだめだよ」
「大丈夫よ。ちゃんと、一段一段落ち着いて下りるわ」
そうは言っても、やや足早な千歳の歩足。
何かあっては心配なので、先に回って文紀は千歳の手を取った。
「ほら、ゆっくり下りて」
「もう兄様ったら、心配性ねっ」
よく似た面影の二人の行動を、エントランスにいたシスターが微笑みながら眺めていた。
「本当に、いつも仲の良いお二人ですわねえ」
迎えに来ていた母親のあかねに、シスターはそう話した。

「ごきげんようシスター様!」
「さようなら」
「はい、さようなら。また明日、良い一日になりますように」
二人と一緒にあかねも深く頭を下げ、彼らの手を取りながら外に出た。


校門前には、黒のLEXUSが停まっている。
橘家の自家用車で、いつもこの車で彼らを学校まで送迎する(ただし運転はドライバー任せだが)。
「さ、早く乗りなさいね」
あかねが後部座席のドアを開けると、二人はすぐに中へ乗り込んだ。
すると、運転席から声が掛かる。
「おかえり。今日も楽しい一日だったかい?」
その声に、ぴくんと二人が揃って反応し、すぐに身を乗り出し運転席を覗き込む。
「父様っ!?」
「えっ?父上…どうしてっ?」
確かにハンドルを握っているのは、いつもの運転手ではなく彼らの父親だった。
だが、こんな時間に彼が帰宅しているはずがない。
もう少し遅く帰って来て、玄関まで迎えに出るのは千歳たちの方が先なのだ。
「今日は特別なの。お仕事が早く終わったんですって」
「そう。だから、姫君たちの帰りを待っていられなくて、こうしてお迎えに上がったというわけだよ」
助手席のあかねが、早くシートベルトをするように、と子どもたちを促す。
二人は背負っていたスクールバッグを外し、ぴったりとグレーのベルトを身体に固定させた。

「ねえ母様?後ろに荷物がたくさん積んであるわ。お買い物してきたの?」
バッグを後ろに置くときに、膨らんだエコバッグや紙袋が積み重なっているのを、千歳は見逃さなかった。
「そうだよ。千歳たちの学校が終わるまで、母様と買い物を兼ねてデートをしていたんだ」
「と、友雅さんったらっ!」
デートだなんて、そんな…買い物に行っただけなのに。
…ううん、デート…だったのかな?
お茶をしてウィンドウショッピングしたりして、やっていたことはあの頃と全然変わってないし。
「久しぶりの母様とのデートは、とても楽しかったよ。でも、これからは千歳たちが加わるから、もっと楽しくなるね」
キーをまわし、ゆっくりと車は走り出す。
正門前の桜はすっかり緑に変わっていて、日々を追うごとにつやつやと、色鮮やかになる。

「ねえ、まゆきはっ?父様も母様もお出かけしてて、寂しくしていないかしら?」
「大丈夫。ちょっと御昼寝が遅かったから、まだ眠っているかもよ」
「丁度、私たちが帰る頃に目覚めるかもしれないね。出迎えてくれるかな?」
「じゃあ、急いで帰らなくちゃ!」
混雑している大通りを避けて、遠回りだけれど空いている道を選ぶ。
急がば回れ。少しでも、早めに家に辿り着けるように。


さあ、一緒に帰ろう。
我が家という名を持つ、楽園へと。





-----THE END------



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2012.04.30

Megumi,Ka

suga