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My Sweet Home
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003 |
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久々にアフタヌーンティーを楽しんだ二人は、カフェを後にした。
食料品フロアと違って、相変わらず日用品フロアはゆったりとした客足。
ふと、エスカレーター付近の時計を友雅が見上げる。
「何だ、まだ3時前だったのか。あと一杯くらいお茶出来たね」
「もう充分ですよ。お茶もお菓子もお腹いっぱい!夕飯食べられなくなっちゃう」
笑いながら満足そうに、あかねが答えた。
あと10分くらいで、ようやく3時。
楽しい時間はあっという間…と昔から言われるが、意外に今日の時間はゆっくり流れている。
かと言って、退屈なんて言葉は無縁で。
むしろ、まだ充分に時間の余裕があると分かったとたん、どこか他を見てあるこうか…と次のことを考える。
「そろそろ、夏物が出て来てますね」
あまり混雑していないので、あかねも自然と友雅の腕に手が回った。
いつのまにか、昔のような雰囲気。
こんなデートをしたこともあったな、と想い出が浮かんで来る。
「あの子たちの夏服も、そろそろ買ってあげないといけないですね」
「夏用の制服は、もう頼んであるのかい?」
「半袖のシャツとブラウスだけですから、大丈夫です」
学校の制服は良いとして、これから暑くなる日もどんどん増えて来る。
まゆきも去年の服は着られないし、次の買い物は子どもたちの服選びがメインになりそう。
男の子の文紀と違い、千歳やまゆきの服選びには時間が掛かりそうだ。
「で、自分の服は、どうなんだい?」
ショウウインドウに飾られたマネキンは、ノースリーブだったり半袖だったり。
ふわっとしたスカートや、キャミソールにブラウス。
明るい春色を通り越し、そこに並ぶのは白さが目立つ涼し気な色や柄。
「まだ時間はあるし、見て行こうか」
「ええっ?良いですよそんなの…」
秋冬よりも、春や夏のファッションの方が好き。
店に飾られているものを見て、組み合わせやアレンジを参考にしてみたり。
別に品物を買わなくとも、こうして見ているだけでも楽しいし。
「でも、子どもたちと一緒の時は、自分の服を見る余裕もないだろう」
それはそうなのだけど…。
「じゃ、今日はあかねの番だね」
友雅は一旦立ち止まって踵を返すと、エントランスホールにあるエレベーターへと向かい出した。
押したフロアボタンは、4F。レディースファッションの階。
「買ってあげるよ。新しい服」
「そんな…別にお祝いとかでもないのに!」
誕生日や正月など行事があるとき、彼は子どもたちの分も含めて、あかねの服も色々新調してくれる。
けれど、ここしばらくはそんな予定もないし。
あるとしたら、学校の参観日に出向くくらいのもの。
学校行事は和装に決めているので、わざわざ新しい服を買わずとも事足りる。
だが、友雅は点滅するフロアボタンを眺めながら、腕に絡むあかねに問い掛ける。
「そういうイベントがないと、贈り物はしていけないものかい?」
「いえ、そういうわけじゃないです…けど」
ひとつひとつ、ボタンの数字が近付いて来る。
客が多くないからだろう。スルーするフロアが多いせいで、意外に早くエレベーターは降下してきた。
「二人だけなんだし、自分の気に入ったものをゆっくり見ておいで」
「友雅さん…」
ポーンと軽い音がして、エレベーターのドアが開く。
中は無人。
内側から目的地のフロアボタンを押すと、またすぐにドアが閉まった。
「うん?どうしたんだい?」
そっと、あかねのぬくもりが近付いた。
友雅の腕にぎゅっとしがみつく彼女の姿が、内側に取り付けられたミラーに映っている。
あかねは、何も言わない。
軽く頭を横に振っただけだが、その表情はどこか嬉しそうな笑顔で。
「こうしていると、まだ恋人同士でも通るかな?」
映り込む自分たちの姿を見て、友雅が言う。
こんな風に寄り添って腕を組みながら歩いて、買い物やお茶を飲んだり食事したり…結婚する前のことを思い出す。
「気持ちだけは、変わってないけどね」
何年経っても、想いは衰えずにそのままでここにある。
お互いの中に。
食料品フロアに下りて、冷蔵ロッカーに預けていた生鮮品を取り出してから、あかねたちは駐車場へと戻って来た。
カートの中には食料品の袋ひとつに、白いショッピングバックが2つ。
「おかしいなー。私、お肉を買いに来ただけなのに、この荷物の量って」
あかねの笑い声が聞こえる隣で、友雅はトランクに荷物を運び入れている。
「たった二着で良かったのかい?他にも色々あったのに」
「良いです。家にある服と、組み合わせが出来そうだったんで」
少しクラシックなプリントのワンピースと、クリーム色のシンプルなボレロ。
単独ではちょっと甘すぎるけれど、重ね着したりすれば普段使いも出来そうなデザインだった。
千歳や文紀の御稽古発表会とかなら、十分着ていけるかも。
「その時になったら、また新しく買ってあげるよ」
「もー、そんないちいち買ってたら、クローゼットが足りなくなりますよ」
そんな風に笑いあって、それぞれ運転席と助手席に乗り込む。
シートベルトを締め、あかねは買って来たペットボトルのキャップをひねった。
「でも、嬉しかったです。いろいろと…気を遣ってくれて」
エンジンを掛けようとした友雅の手が、一瞬そこで止まる。
「誉められたくて家事をやってるわけじゃないですけど…何かこう…」
毎日の出来事は当たり前のことばかりで、いつしかそれは誰もが当然のことだと慣れてしまうもの。
あかね自身も、さほど気に留めずに日々を過ごしていた。
でも、それを誰かがそっと見ていてくれて、時に感謝や誉めてくれたりしたら、くすぐったいけれどとても嬉しい。
ましてや…愛する人の目であったなら、尚更。
「おや、私が今まであかねを見ていなかったとでも?」
「ふふ…そんなこと思ってませんよ。ただ、いつもは子どもたちに一生懸命になってくれてるし…」
きっと頭の中が子どものことでいっぱいなんだろうなあ…と、微笑ましく思っていた。
そういう彼が好きで、不満なんて一度も感じたこともなかった。
「だから、嬉しかったんですよ」
家族として過ごす時間の中でも、自分をちゃんと見てくれていたことや、こうして二人でいる時には、常に自分を優先してくれる彼の想いが。
友雅が、一旦締めたシートベルトを外した。
身体の自由が利くようになった彼は、やや後ろに背もたれを倒して、隣のあかねを見るために向きを変える。
「そうは言っても、私のやっていることはあくまで、自己満足に過ぎないんだけれどねえ」
太陽が傾いてきたせいで、随分明るく感じられるようになった屋内のライトが、車の中にまで光を届ける。
決して十分とは言えないその光が、彼の表情を浮き上がらせた。
「喜ぶ顔が見たいっていう、自己満足を得たいだけの行動だよ」
人工の明かりと、わずかな夕暮れの光。
そんなことを言って笑う彼の背中が、黄昏の色に染まった。
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