夏と翼と花景色

 002
そうこうしているうちに、夏休みはあっという間に時間が過ぎて行く。
天気予報はずっと太陽が笑っていて、傘のマークなんて殆ど見かけない。
街中では日々、最高気温の記録を更新中。
だが、ここに来るとそんな蒸し暑さは、まるで嘘のようだ。

「お外からの風が、とっても涼しいわ!」
約一年振りに訪れた別荘だが、傷んでいるところはひとつもない。
綺麗に掃除も行き届き、カーテンやクロスもクリーニングが済んでいる。
それもそのはずで、ここは普段会社の保養所として開放しているため、時折社員たちが家族連れで利用することもあるのだ。
「一年も放置しっぱなしじゃ、家が傷んじゃいますもんね」
そう言いながら、あかねはリビングの窓を開けた。

すべて全開にすると、庭の向こうの林までもが映り込む。
草の香りが混じる高原の風は、その匂いだけで涼を運んでくる。
「ぶらんこー!」
青々とした芝生の庭にある、木製のブランコを見つけてまゆきがデッキに下りた。
そのあとを文紀が追いかけると、一緒に千歳も駆け下りた。
「元気だねえ。長距離のドライブだったと言うのに」
自宅から車で3時間。
時折サービスエリアで休憩もしたが、到着するまで3人とも一睡もしていない。
なのに、まだまだ元気が有り余っている様子。
「友雅さん、少し休んだらどうですか?運転疲れたでしょう」
「ああ、そうしようかな。買い物は、一通り揃っているんだろう?」
「大丈夫です。頼んでおいたもの、全部買っておいてくれました」
別荘の管理人に、予め必要な日用品や食材を連絡していたので、買い出しに行かずとも2日くらい余裕がある。
「冷たいお茶入れますから、ゆっくりしてて下さい」
あかねはそう言うと、キッチンの方へと姿を消した。

友雅は、庭に続くデッキの隅に腰を下ろした。
ブランコを揺らしながら、楽しそうにはしゃぐ子どもたちの声。
砂場とブランコ、そしてタイルの敷かれた噴水のスペースは、水を張れば子ども用のプールにも使える。
子どもたちのために設置したのだが、社員の家族も楽しんでいるようで何よりだ。
「父様ー、こっちの窓に高ーい朝顔がありますわー!」
千歳が指をさす方向を見ると、二階のバルコニーにぐんぐんと伸びたつるに、赤や青の花のつぼみが着いている。
去年はひまわりで、今年は朝顔。
おそらく管理人が庭師を頼んだとき、気を利かせて植えていてくれたんだろう。
滅多に人が出入りしない屋敷とはいえ、こうした季節の花が咲いている光景は、どことなく気分が良い。
「明日から早起きしなきゃ!朝顔が咲いてるところ、見られないわ」
「ふふ、そうだね。早起きすれば、それだけ長く遊ぶ時間も出来るよ」
家の周りは静かだから、子どもたちと一緒に散歩してみるのも良い。
そんな提案が浮かんでくると、こちらも早起きが楽しみになってくる。

「友雅さん、お茶入りましたよ」
デッキに下りて来たあかねの手には、大きめのジャグボトルにたっぷりのアイスティー。
グラスは、ちゃんと5人分用意してある。
「千歳たちはどうする?飲む?」
「もうちょっと遊びたいって、まゆきが言ってるの。だからもうちょっとー」
彼女の返事に、あかねと友雅は顔を合わせて笑った。
遊びたいのはどっちの方だか。
まゆきだけじゃなく、千歳だってまだまだ遊びたくてたまらないんだろうに。
アイスティーは彼の分だけ、ひとつのグラスに注ぐ。
しばし子どもたちのはしゃぐ姿を眺めながら、それを飲み干した友雅はグラスをトレイに戻し、ごろりとあかねの膝に頭を預けた。
「また、そんな格好で寝転がってー」
「風が気持ち良いし、あの子たちの姿も見ていられるし。膝枕も心地良いし…こうしていると疲れが取れるよ」
目に見える光景と、触れ合うぬくもりに癒されて来る。

「父様ったら、母様の前では甘えん坊さんなんだから」
ブランコを揺らしながら、千歳がこちらを見て言う。
普段から子どもたちの前でも、この程度のスキンシップを遠慮することはないので、どちらにも慣れっこの光景ではある。
「母様のお膝は気持ち良いんだよ。千歳も、そう思わないかい?」
「そう思いますけど、いつも父様独り占めしているんですもの」
ちょっとだけ頬を膨らませる顔が、何とも微笑ましい。
「良いですわ。ここにいる間は、夜も母様と一緒ですものねっ。お膝貸してもらっちゃうわ」
「でも、まゆきが母上の膝で寝たいって言ったら、どうする?」
千歳たちのブランコを揺らしていた文紀が、ちょっとつっこみを入れた。
だが、そういうとき千歳の答えは即決である。
「それなら我慢しますわ。姉様ですもの」
まゆきを抱っこして、彼女に頬ずりしながらそう話す。

「やれやれ、今夜は母様を手放すしかなさそうだね」
いつもならば、抱きしめて離さずに夢の旅路に進めるものだが、強敵の彼女たちには敵わない。
ここは大人しく退くというのが、父親である自分の役目だろうな、と友雅は笑いながら思った。


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夏の夜は、空の明るさと時間の流れが差を広げて行く。
山間のレストランに出掛けたときは、まだ夕焼けが空に残っていて。
食事を済ませて2時間ほど過ぎたころ、ようやく満天の星空がきらめき始めた。

「文紀の髪はさらさらとしていて、母上によく似ているね」
帰宅して先に風呂を済ませた友雅は、文紀の洗い髪をタオルでさっと拭いてやる。
彼の言う通り、あかねに似たさらりとした髪は、吸収の良いタオルだけですぐに乾いてしまう。
「でも、男なのにさらさらした髪って、変じゃないかなあ…」
時々学校の女子から、こんな風に言われたりするのだ。
"文紀くんの髪って、女の子よりさらっとしてキレイ”とか。
それはまあ、褒め言葉であるのだろうが、やはりちょっとだけ複雑な気分にもなるようだ。
「そんなことはないよ。真っすぐで素直で…きっと文紀の性格が髪にも現れているのだと思うよ」
「…そうかなあ…」
「そうだよ。それは、男女関係ないことだよ。決して恥じることでもないし、むしろ父上としては嬉しいね」
父にそう言われて、文紀は少し気を持ち直したらしい。

成長して年頃になるにつれて、文紀も自分が男であることを意識し始めるだろう。
でも、こんな彼の性格だけはずっと、変わらずに育って行って欲しいと思う。
本当の意味での強さ。それは優しさと共通するものである。
大切なその心を持ったまま、大人になってくれたら。
湯上がりの彼の頭を撫でながら、友雅はそんなことを思った。



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Megumi,Ka

suga