Summer Breeze Dream

 002
離れの部屋から続く廊下を抜けて、二人は母屋へとやって来た。
南国の佇まいらしく、大きな窓が四方に設けられている、開放的な家。
高い吹き抜けの天井には、シーリングファンが円を描いて回り続けていて、外からの潮風を部屋の中に取り込んでいる。

「あら、おはよう。随分とゆっくりだったのねえ」
起きてきた娘夫婦を、あかねの母が笑顔で出迎えた。
「申し訳ありません。寝過ごしてしまいまして…」
「いいえ、構わないのよ。これまでお仕事忙しかったんでしょう?ここにいる間は、のんびり過ごしてね。」
本当の理由はさすがに言えないので、さっさとあかねはキッチンに向かい、一人分の朝食の支度を始めた。
母たちの知り合いの農家から届けて貰う、島で採れた野菜の他に肉や卵、それに魚や果物。
新鮮なものばかりを取り入れた、清々しいブレックファーストメニュー。

「さー、まゆきちゃん。パパにおはようのごあいさつしましょ?」
あかねの母がまゆきをベビーベッドから抱きあげ、友雅のところへやってきた。
そっと差し出された彼女を、友雅は優しく受け取る。
「おはよう、小さなお姫様。今日も、気持ち良いお目覚めを迎えられたかな?」
「あーうーん」
ふわふわの柔らかい頬にキスをして、母譲りのさらさらした髪をすくう。
ぺた、と友雅の顔に小さい手が当たって、きゃんきゃんと元気にまゆきは笑った。
「まゆきちゃんは、パパが大好きなのねー」
「いえいえ、逆ですよ。父様の方が、まゆきのことを好きなんだものね?」
「んー?きゃふん」
まゆきは友雅の唇を、ちょんちょんと手で叩く。
あまりにも愛らしい仕草に、いつもぎゅっと抱きしめてやりたくなるけれど、まだまだ小さな身体は大切に扱ってやらなくては。

「ダメだよ。キスはね、まゆきが本当に大好きな人が見付かってからね?」
「まーたそんなこと言ってー。友雅さん、まゆきが年頃になって、男の子連れてきたら受け入れられるんですかー?」
キッチンカウンターに、オムレツと野菜を乗せた皿を用意しながら、あかねが笑いを交えて問い掛ける。
「まあ、それはその時になってから考える、ってことでね」
「ほらやっぱり。友雅さん、絶対にその時になったら険しくなりますよ」
あかねたちの会話を聞きながら、彼女の母はくすくすと笑っている。

娘が友雅と結婚して、早数年。
双子の文紀と千歳が生まれ、今年まゆきが生まれたが、親としてだけではなく夫婦関係の方も、未だに円満のようだ。
友雅も多忙を極めている中で、必ず朝夕食は子どもたちと摂るのを心がけているというし。
たまには昼食にあかねを呼び出して一緒に…ということも多いと聞く。
父として、夫として、どこかしら家族と触れ合っていられるように。
彼なりに努力をしてくれているのだろうが、嫁がせた者としては有り難いことだ。



「まあ、父様ったら今から朝ご飯なの!?随分とお寝坊さんですのねっ!」
浜辺に続く青い芝生を駆け上ってきて、ウッドデッキからリビングに入ってきたのは千歳。
真っ白な薄手のパーカーから、フリルのついたピンクの水着が透けて覗く。
「おや、人魚姫が海から戻られたみたいだね。」
友雅はあかねの母にまゆきを引き渡し、潮の香りがする千歳を抱き上げた。
「そういう千歳たちは早起きだねえ。」
「だって、早く海で遊びたかったんですものっ!」
向こうでも海に行ったりしたことはあるが、やはり沖縄の海の美しさは段違いだ。
白い砂浜と、眩しいほどの青く澄んだ海。
宝石のような色の魚たち…。子どもたちが、じっとしていられるわけがない。

「それにねっ、お婆さまが下さった水着が、早く着たかったのっ!」
肩まわりやスカートに、たっぷりのギャザーが入ったピンクの花柄の水着。
そして、後から祖父と一緒に戻ってきた文紀の、ゆったりしたサーフパンツ。
二人色違いでお揃いのパーカーやサンダルまでも、すべてあかねの両親が千歳たちにと、あらかじめ買い揃えてくれていたもの。
「よく似合ってる。海の王子さまとお姫さまかと思ったよ。」
サンダルに着いた砂をデッキで払い、友雅のところにやって来た文紀も、昨日着いたばかりだというのに、すでに割と良い色に灼けている。

「お婆さまに、ちゃんと二人ともお礼を言うんだよ」
千歳を腕から下ろした友雅は、彼らの背中をそっとあかねの母の方へ押し出した。
とととっと足早に二人はやってきて、揃ってきらきらした瞳を向ける。
「お婆さまっ、この水着可愛くって私大好き!嬉しいですわっ」
「どうもありがとうございます、お婆さま」
「ふふっ、良いのよ。喜んでくれて、お婆さまも嬉しいわ。」
実は水着やサンダル一式だけじゃ飽きたらず、二人の浴衣や洋服も数着仕立てられていた。
そして…もちろんそれは千歳と文紀の分だけじゃなく、彼女の分も。

「次に来るときは、まゆきちゃんも大きくなってるだろうからねえ。その時は、ちゃんと水着を用意してあげるからね。」
日差しが暑い海辺に、生後半年ほどのまゆきを連れてゆくのは、少々辛い。
今はまだ、デッキに小さな簡易プールを広げて、軽く水浴びさせてやるくらいだから、水着は不要。
それでも肌着や着替えなど一式、あかねが用意して来なくても良いほど、すべて揃えられていた。

「そうだわ!兄様っ、さっきのをまゆきに見せてあげましょっ!」
千歳が言うと、あかねの父が赤いおもちゃのバケツを、彼女に手渡した。
「見て見て!ほら、貝殻をいっぱい拾ってきたの!綺麗でしょうっ!?」
砂遊び用のバケツの中には、大中小の貝殻が山のように入っていた。
二人が取り出してみせたのは、一般的に桜貝と呼ばれるような、小さくて綺麗な桜色の貝だ。
「千歳が小魚を捕まえて、まゆきに見せてあげようって言ったんだけど…生き物だから、貝殻にしたんです。でも、すごく綺麗なのがいっぱいあって。」
「うん、ホントに綺麗ねえ。このままアクセサリーとかに、加工できそうね。」
手のひらいっぱいの桜貝を、あかねも珍しそうに眺めた。

「まゆきっ、ほら、聞いてみて」
千歳がまゆきの耳元に、桜貝の入ったバケツを近付けた。
そしてそれを、そっとゆっくりと揺らしてみると………シャン、シャン、と貝殻の擦れる涼しげな音が響く。
「あーんふー」
シャン、シャン、シャン、静かな音は、まるで緩く打ち寄せる波の音にも似て。
はしゃぎはしないけれども、まゆきはニコニコして音に反応している。
「まゆきに見せてあげたくって、姉さまと兄さまがいっぱい集めて来たのよ?喜んでくれた?」
「んふっ、ふふー」
ますますまゆきには上機嫌になって、千歳に両手を伸ばしてきた。

「二人とも、妹思いの良いお兄ちゃんとお姉ちゃんだなあ」
目を細めながら、あかねの父がつぶやく声がする。
住む場所は違えども、そこに彼らがいれば幸せを醸し出してくれる。
優しくて暖かくて、楽しくて……どこまでも澄み切った、まるでこの海のようにきらきらした存在が、ここにはある。

「そうだ。確か島に、貝殻のアクセサリーとか作ってる職人がいたなあ」
ふと思い出したように、祖父がリビングにあるタウン誌を持ってきた。
最近土産物の中でもブームなのが、手作りのアクセサリーであるということで、先日特集されていた記事があったのだ。
「ここに頼めば、その貝殻を加工してくれるぞ」
「お爺さま、ホントっ?」
これだけの量があれば、ちょっとしたネックレスやペンダントも作れるし、他に髪飾りなども出来そうだ。
「それは良いね。加工してあげれば、まゆきにもいつか付けて貰えるよ。千歳とまゆきと…あかねとお義母さんの分も出来るかもしれない。」
「ステキ!みんなお揃いで付けられますわねっ!」
千歳はその提案にはしゃぎ、よく分かってないであろうまゆきも、その様子に紛れて何故かニコニコしている。

「じゃあ、午後はみんなで観光がてら、その工房に行ってみようか。」
大きな窓から、潮風が流れてくる。
天上の青い空が、水平線を鮮やかに輝かせている。
ほんの半月程度の休暇は、あっと言う間に終わってしまうだろうが、その中で想い出はたくさん生まれ、記憶に刻まれてゆく。

「お爺さまとお婆さまのところって、楽しいことがいっぱいね!」
そう言って笑った千歳たちの笑顔は、今日も明日も続いてゆくだろう。




-----THE END------



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