本日のスープ

 005
「でも、そういうのも今は笑い話だよね」
当時は困って困って、ついには友雅に登場してもらったりした。
責任を取るという理由ではなくて、一緒になりたいからプロポーズして、それを了承してもらったのだ…と、担任に説明までしてくれちゃって。
「早かれ遅かれ、この人だ!って感じる人と出会うのよね。私はそれが早かっただけで…」
「あっちは、遅かったんだろーけどな」
笑い声が車内に響く。
カーステレオは使わずに、他愛もない気心の知れた雑談をしながら、家路を急ぐ。
国道はそろそろ混雑してくる時間だが、郊外に向かうこちら側は割とスムーズに進んでいた。



「今日はいろいろと、お世話になっちゃってごめんね?」
家の前に到着したあかねは、シートベルトを外してバッグを手に取った。
それと、おみやげに貰って来たオードブル。
早めに帰らなくちゃと言ったら、子どもたちの手土産にしてやれよと皆に言われ、山ほどテイクアウトで持たされてしまった。
「おまえんちの姫さんにとっては、詩紋のケーキにゃ負けるだろうけども、菓子いっぱいで喜ぶんじゃね?」
「そーかも」
他にも色々あるし、今日の夕飯はこれがおかずがわりに出来るかな。
ひと手間加えたい気もするけど…たまにはちょっと手抜きしても良いか。

「旦那にもよろしくな。お役目、ちゃんと果たしましたって言っといて」
……は?お役目って、何だろう。
会場までの送迎のことか?
「それもそうだけど、もっと大変な役目を嫁せられてたのよ、俺」
ニヤニヤしながら、天真はこちらに近寄って来た。
そして耳うちするような小声で、こそっと秘密の指令内容を打ち明けた。
「同窓会とかでよくあるパターン。初恋の相手と再会して恋が…なんてことがないように、ちゃんと距離感を保ってくれ、ってさ」
「……ええっ?」
びっくりした顔でこちらを見るあかねを、天真は笑いながら受け止める。
「クラスメートの中に、おまえが好きだったヤツがいたかは知らんけどさ。よくドラマであるじゃん、そういうの。そうならないように、チェックしてくれって言うんだぜー、まいっちまうわ」
驚きのあとは、呆気にとられているあかねだった。
友雅がそんな事を気にかけていて、しかも天真に協力を頼んでいたなんて。
「そんだけ、ONE AND ONLYってことなんだろーよ。子どもが出来ても、相変わらずだな」

天真の実家が懇意に付き合っていた、元華族である橘家の当主と女友達の、まさかのフォーリンラブ。
その頃から彼の態度は全然変わっていなくて。
変わったことと言えば、あんなに子煩悩というか親バカだとは、思ってなかった、くらいだろうか。
「ま、せいぜい家庭円満継続しろよなー」
去り際に一言、窓から片手を振りつつ、天真の車は遠ざかって行く。
住宅街の静かな暗闇に、ヘッドライトは溶けるように消えた。



玄関の戸が開いた。
出がけのように、元気よく千歳たちが迎えてくれるだろう…と思っていたのだが、立っていたのは祥穂一人だけだった。
「おかえりなさいませ、奥様」
「ただいま帰りました。あの…ええと、子どもたちは?」
いつも見える顔がないと、妙に気持ちがぎくしゃくするというか、ピンと来ないというか。
もう眠ってしまったというわけでもないだろう。
早めに店を出て来たし、時計だってまだ午後7時ちょっと過ぎだ。
「ふふっ、実は皆様リビングでお休みなんですよ」
「え?リビングで…?」
そっと静かにお上がり下さいませ、と声を潜めて祥穂はあかねの手土産を抱えながら、先にリビングへ向かった。

音を忍ばせて開くリビングのドアから、暖められたほのかな空気が溢れて来た。
窓はベージュのカーテンで閉じられ、加湿器のミストが潤いを与える。
広いリビングダイニングの、大きめのソファの上では……まゆきを抱えて横たわり、千歳と文紀は彼に寄り添うようにして、みんな小さな寝息を立てていた。
「今日はいろいろお忙しかったので、お疲れになっているんでしょう」
祥穂は、彼らの一日の行動をあかねに説明した。
部屋の片付けや掃除をがんばっていたこと、まゆきと遊んであげていたこと。
そしてもうひとつ…甘く優しい匂いがキッチンから漂っている、その正体。
「かれこれ、2時間もスープを煮込んでおりますの。お母様が帰ったら食べて頂きたいから、と千歳様がおっしゃって」
帰宅してから夕飯の支度は大変だろうから、スープくらいは自分たちが作っておいてあげよう。
祥穂に手伝ってもらいながら、野菜を切って、缶詰を開けて、お鍋を火にかけて……コトコトとじっくり煮込み中。
簡単なミネストローネは、宝石をちりばめたようにカラフルに仕上がっている。

「お掃除やお料理…、千歳様は良い奥様になりますわね」
「ふふっ、そうですかあ…?」
友雅にくっついて眠っている彼女に目を移し、あかねはくすっと笑った。
「花嫁といえば…、奥様、千歳様がウェディングドレスを、見せて欲しいとおっしゃってましたよ」
「えっ!?ど、どうしていきなりそんな話にっ?」
突然話題が変わって、あかねは祥穂の顔を見た。
白無垢とドレスは、クローゼットの奥でそっと眠っている。
しかも、それを着たあかねを見たいのだと、興奮気味に言っていたらしい。
その理由は……祥穂がテーブルの上の本を指差した。
「アルバムの中にある奥様の花嫁姿の写真が、たいそうお気に召した様子で」
「あっ、あれ……」
家族の想い出をコンパクトにまとめようと、友雅と一緒に揃えているアルバム。
成長していく子どもたちの写真と、こっそりと二人だけの記録を添えてあった。
「久しぶりに、袖を通されては?まだお似合いになりますよ」
「そ、そー言われても〜」
着終えたドレスや白無垢は、想い出の形として残されているだけだ。
でも、子どもの頃から夢見ていた、お姫様に変身出来るウェディングドレスは…母になった今でもちょっと憧れ。
着たくないと言ったら、正直嘘になってしまう。
「良いではありませんか。旦那様も是非、見たいとおっしゃってましたし」
「もー…友雅さんてば〜…」
子どもたちと夫の前で、ウェディングドレスのファッションショー。
友雅はともかく、子どもたちに花嫁姿を見せるなんて、何だかくすぐったいやら。

「千歳様は、奥様に憧れてらっしゃるのですよ」
文紀が友雅に憧れを抱いているように、彼女は同性であるあかねに憧れを抱きつつあるのだろう。
母が料理を作る姿、自分たちを愛してくれる姿、そして…初めて見た花嫁姿の中に、女性としての憧れの頂点を見つけたのかもしれない。
「いずれは、千歳様にお譲りされますか?」
「どうしましょうねえ?友雅さんがお下がりなんて、許さないかもですよ」
普段着も振り袖もアクセサリーも、まゆきと千歳の分をきっちり分けて揃えるくらいだから、花嫁のドレスなんてそれこそ黙っていられないかも。
だが、なにより…千歳たちが花嫁になる時、彼はどんな心境になるだろう。
「旦那様を説得するのが、大変かもしれませんわねえ」
まだまだ遠い夢のような話。
けど、運命的な出会いは、いつどこに転がっているか分からないものだ。
身をもって体感しているあかねだからこそ、はっきりと断言できる。

出会いがなければ…今はなかった。
こうしてソファで幸せそうに眠る姿を、見ることもなかった。
そっと静かに彼らの隣に座り、見守るように眺めつつ微笑みを浮かべる。
「お食事、如何なされますか」
「…もうちょっとだけ、眠らせてあげます」
スープの匂いが、時間を追うごとに濃厚になってきたから、きっと彼らが気付いて目を覚ますだろう。

そうしたら、食卓を囲もう。
幸せのスパイスで作り上げた、とっておきの贅沢なスープと一緒に。





-----THE END------



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2011.11.13

Megumi,Ka

suga