本日のスープ

 004
「まあ、兄様こんなところにいらしたのっ?」
しばらくすると、千歳が書斎にやって来た。
彼女の部屋の片付けもやっと終わったようで、兄はどうだろうと部屋を覗きにいったら、誰もいなかったのでどこに行ったのか?と探していたらしい。
「千歳もご苦労様。まゆきは、どうしてるんだい」
「まゆきはちょっと早いけれど、お昼寝しちゃったの。でも、ベッド周りも綺麗にしたから、休ませてあげても良いでしょうって祥穂が言うから」
「そうだね、ゆっくり眠らせてあげようか」
机の上に開かれていた、一冊のアルバム。
千歳はそれを見つけ、文紀の横から写真を覗き込む。
「私たちの、ちっちゃい頃の写真ねっ」
今のまゆきくらいの頃の、千歳や文紀の写真。
遠足や運動会の行事に、七五三の正装したもの。
夏休みの山や海での写真、習い事の発表会の写真など、たくさんの場面が一枚に切り取られている。

「二人とも、楽しそうな顔をしているねえ」
どれもこれも、笑顔ばかり。
作られた表情ではなくて、はしゃぐ声が聞こえてきそうなほど、ナチュラルでリアルな笑顔。
「父様と母様だって、楽しそうよ」
「そりゃあそうだよ。こんなに可愛い王子と姫君たちに囲まれて、楽しくないはずがないだろう」
自分よりずっと小さな身体で、小さな命の彼ら。
だけどそこには、間違いなく自分の命がと、あかねの命が半分ずつ分け与えられている。
どちらが欠けても、どちらかが違っていても存在しなかった命たち。
生命の神秘とかよく言われるけれども、千歳たちを見ていると、まったく本当にそうだなと感じる。

ぱらぱら……。
アルバムのページが、どんどん先に進んで行く。
一番最近の、まゆきを囲んだ写真から先は未使用の白紙になっていたが、あっ!と千歳が後ろのページに何かを見つけた。
「母様のっ!見て、母様の結婚式のお写真っ!?」
子どもたちのページが終わったかと思ったら、逆からのページにはあかねの写真が貼られていた。
しかもそれは、千歳が言うとおりに結婚式の時のもの。
ウェディングドレスと白無垢に身を包む、花嫁姿のあかねの写真がそこにあった。
「もしかして、初めて見るかい?」
「初めてっ!母様見せてくれたことなかったですものっ!」
文紀は興味津々でそれらを見ているが、千歳はかなり興奮気味だ。
彼らにとってあかねは、生まれた時から母なのだ。
花嫁姿のイメージなんて、今まで浮かべたことはなかったんだろう。

「見てっ、ドレス!ケーキの生クリームみたいにふわふわっ!」
ギャザーたっぷりのプリンセスライン。
優雅なレースがあちこちに施されていて、まさしく千歳の言う通りショートケーキのようにも見える。
きらきらのティアラに、透き通るようなロングベール。
「母様、お姫様みたい!綺麗っ!」
「ふふ…ドレスも良いけれど、お着物姿もなかなか素敵だと思うよ」
そう言って、友雅は白無垢のあかねを指差した。
友禅箔の花模様が浮かぶ、上品な仕立ての白無垢にシルクレースの綿帽子。
「こっちの母様は、日本のお姫様って感じねっ。こっちは、童話に出て来るお姫様みたいだわっ」
隣に写る友雅は紋付だが、こちらはそう珍しくもないか。
たまに正月などで着ることもあるし、千歳たちの七五三でも着たことがある。
やっぱり、結婚式は花嫁が主役だ。
本人にとっても、子どもたちにとっても。


「まあまあ、懐かしいお写真ですこと」
今度は祥穂がやってきて、あかねの花嫁写真を見ると、懐かしそうに目を細めた。
橘家の使用人として長くここにいる祥穂は、若いころから友雅を見て来た。
もちろん、あかねと結婚した時のことも、ちゃんと記憶に残っている。
"結婚"なんて言葉を、まさか友雅が自分から言い出すなんて思っていなかった。
その驚きの瞬間も、昨日の事のように覚えている。
挙式もそりゃあ、大変だった。
招待客をどこまで呼ぼうかと散々悩んだが、切りがないので結局身内だけで執り行い、あとは結婚報告だけで済ませた。
その後、友人知人だけで報告会のようなパーティーをしたが。

「ねえ祥穂、母様って今もこのドレス持ってるの?」
じーっと写真を見ていた千歳が、ぽろっとそんなことをつぶやいた。
「ええ、ちゃあんと綺麗に仕舞っておられますよ、お着物もドレスも」
「ホント?私、見たいわ!。母様、着て見せてくれるかしらっ?」
「それはどうかねえ…」
ドレスを見せてはくれるだろうが、果たして着てくれるかは微妙なところだ。
だが、既に3人の子がいる母とは言っても、まだまだ彼女は若いし、雰囲気も以前と大差ない。
公の場では無理でも、娘の前でならもう一度袖を通してみてもいいか?と思うかもしれない。
「父様も…それはちょっと見てみたいねえ」
「じゃあ母様が帰ったら、父様も一緒にお願いして!」
くすくすと、祥穂は文紀の肩を抱いて笑う。
二人にせがまれて困っているあかねの顔が、今にも浮かんで来そうだ。




外に出ると、一気に冷え込みが厳しくなった。
空調が利いていたのか、それとも人の熱気で室温が上がっていたのか…おそらく両方だろう。
「あいつらが解散する頃にゃ、道路凍結してんじゃねーの、コレ」
白い息を吐きながら、天真とあかねは駐車場へと向かった。
薄手だけど、コートを着て来て正解だった。
小雨もまだちらついているし、この寒さなら明日の朝は道が凍っていてもおかしくない。
「運転、気をつけてね?」
「あったりめー。やっとこさ買った新車、事故ってパーにしたくねーもん」
おろしたての匂いが残る車の助手席に、あかねは乗り込みシートベルトを締める。
ヘッドライトが点灯し、暗い駐車場がぱっと明るくなった。

「でも、意外にみんな変わってなかったね」
高校を卒業して随分経つ。
それ以来会っていない友人たちも多かったが、顔を見たとたんに空気が学生時代に戻った。
「まあ、10年とか20年過ぎたら、さすがに変わるだろーけどな。まだあんまり変化はないだろ」
未だに大学生をやってる者もいれば、既に部下を持つサラリーマンもいる。
あかねのように、結婚して子どもがいる者もちらほらいたが、割合的にはまだ少ない方だろうか。

「おまえは、一番乗りだもんな」
大学にも行かず、就職もせず、"卒業したら結婚します"と告白した時の、クラスメートの驚きよう。
18歳で結婚を進路にするなんて、よほどのことがなければ考えないだろう少数派だった。
「あんときさ、みんなに言われてたよな!"出来ちゃったのか!?"ってさあ」
「そう!覚えてる覚えてる!先生たちにまで疑われたもん、参っちゃった〜」
良くも悪くも普通の子で、所謂進んでいる子たちとは縁遠い学生時代。
だから進学せずに結婚すると担任に言ったら、生活指導室に呼ばれて散々問いつめられたっけ。



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Megumi,Ka

suga