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白雲の果て、春の雪
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| 第20話(1) |
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このところ、曇り空や雨の日を見たことがない。
朝を迎えて目覚めたとたんに感じるのは、暖かい日差しと小鳥の鳴き声。
ゆっくりと寝返りを打ち、隣に手を伸ばしてみるが、そこはもぬけの殻で誰もいなかった。
けれども、しっかりとこの腕が、夕べ抱きしめていたぬくもりを覚えている。
耳を澄ませば…遠くで聞こえる賑やかな声。
友雅は床から起き上がり、朝の空気を少し深く吸い込んだ。
「だから、まだ全然平気なんだし…」
「ダメダメ!ここは僕らに任せて、あかねちゃんはゆっくりしてなくちゃ!」
慌ただしい朝の厨房に顔を出してみると、行き交う侍女たちの中で、あかねは隅っこに座らせられている。
その代わりに、詩紋が手際良く朝食の用意を進めていた。
「もうお支度は殆ど済みましたから、奥方様はお休みになっていて下さいませ」
「だ〜か〜ら〜!まだまだ身動き取れる身体なんですってばー!」
笑い声を殺しながら、友雅は彼らの光景をそっと眺める。
慎重になっているのは、身重のあかねではなく周囲のようだ。
友雅自身も彼女の身体は心配しているが、あれだけ過保護に扱われては歯がゆいのだろうな…と、少し不満げなあかねを見て思った。
ここは彼らに任せて、子どもたちを目覚めさせに行ってやろう。
静かにその場を後にして、友雅はそのまま文紀たちの部屋へと向かった。
「あー…父様ー」
寝ぼけまなこをこすりながら、床から起き上がった千歳が友雅の姿を見つける。
「おはよう。夕べは遅くまで楽しんでいたから、さぞかし疲れただろう?」
「ううん…楽しかったからー…平気ー」
千歳は彼の肩にしがみついて、ぶらさがるように頬を寄せた。
「さあ、朝餉の用意がそろそろ出来るよ。文紀も早く目を覚まして、父上に声を聞かせてくれないかい?」
普段は文紀の方が目覚めが良いのだが、宴で神経をすり減らしたのだろうか。今朝はなかなか床から起き上がらない。
柔らかい頬を指先で突くと、千歳も面白がってもう片方を突く。
両側から悪戯されると、さすがに文紀もようやく起き上がる決心が付いた。
「…父上…おはようございま…す」
「はい、おはよう。支度を呼ぶよ?」
二人の頭を軽く撫でて、侍女を呼び寄せようと友雅が立ち上がると、それよりも先に部屋の戸が開いた。
「お、やっと起きたかー。蹴鞠の練習見てやろうと、早くから待ってたんだぞ?」
夕べ酔いつぶれていたせいで、少し腫れぼったい目をした天真が顔を出した。
けれど、夕べの酒の名残はないようで、顔色はすっきりしている。
「あ…すみません、寝過ごしちゃった…」
文紀は彼との約束を思い出して、起きがけに関わらず申し訳なさそうに頭を下げたが、天真はくしゃくしゃと彼の頭をかき回した。
「そーいう風にかしこまんなって。ただ、おまえらを見てやれる最後だから、俺もちっと楽しみにしてたんだ。」
ぴく、と千歳が友雅から離れて天真の顔を見る。
「最後って?最後って…どういうことですの?」
そういえば夕べはこの子たちも眠っていて、詩紋が切り出した話を聞いていなかったのだ。
さて、正直にはっきりと伝えてやるしかないか。
彼らと…しばしのお別れがやって来たのだと。
友雅は千歳の顔を見ながら、ためらいつつもそれを告げてやろうとしたが、それは天真によって二人に伝えられた。
「俺らもな、そろそろ自分らの世界に帰らなきゃいけないんでな…」
「じゃあ、お別れなのですか?」
「んー、取り敢えずな。でも、なんか…再会出来る可能性は、ないこともないらしいぜ?」
夕べ眠っていた天真だが、おそらく朝になって詩紋から話を聞いたのだろう。
簡単ではないが、自分たちには再び会うための力が備わっている。
だからいつかまた、こうして会いに来られる日が来るかも知れない。
「詩紋…殿も、お帰りになってしまうのね?」
「そうだよ。天真も詩紋も、向こうでやらなくてはいけないことが、まだまだたくさんあるんだ。」
友雅がそう言うと、千歳は一文字の口をぐっと噛み締めたが、瞳の奥を少し潤ませてじっとこちらを見る。
……予測していたけれど、やはりこういう顔を見たくはなかったな…。
例えそれが幼い想いであろうと、詩紋を気に入ったこの子が彼と別れることは、辛いことに違いない。
仕方がないことだが-----。
「千歳?あのね、千歳がいい子で素敵な姫君になれば、また詩紋と会えるときがきっと来るんだよ。」
小さな身体を友雅は抱きしめて、その背中を撫でながら語りかける。
「運命っていうものはね、ちゃんとつながっているものなんだ。もしも千歳が本当に詩紋のことが大好きなら…また会えるはずだよ。」
「……ホントに?さよならしても、また…会える?」
「大丈夫。どんなに時間がかかっても、千歳と詩紋の運命が同じなら、きっと会いに来てくれるよ。」
「任せとけ。俺が、悪い虫がつかないように、出来るだけ見張っててやるって。」
千歳のつむじをつんつんと突きながら、天真も笑いながらそう言った。
子供たちの支度を侍女に頼み、友雅は天真とともに広間へ向かっていた。
「そうか。では、本当にもうお別れということだね」
「あまりだらけてもいられないしな。」
早ければ今日の夜。遅くても明日には、京を発つつもりだと天真は言った。
焦らずとも、以前のように向こうに戻れば、飛び越えた瞬間からやり直しとなるだろうけれど、問題は気持ちの方。
あまりにのんびりした、この穏やかな空気に浸り過ぎてしまうと、これから始まる新生活への切り替えが難しそうで。
この不況なご時世で、運良く見つけられた仕事先だ。無駄には出来ない。
そして、詩紋も……。
「それにしても、おまえんとこのチビ姫はマジで詩紋に惚れ込んでるぜー?」
さっきの千歳を思い出しながら、天真は笑いながら言った。
「別れさせるのは可哀想だけれど…ね。詩紋にも夢があるのだからね、今は仕方がないさ。」
「今は、ってことは…おまえ本気で詩紋に娘、預けちゃっても良いって思ってんのっ?」
ひやかすような顔で友雅を覗き込むと、彼は静かに微笑んで答える。
「可能性があるのなら、私は構わないよ。…他の誰よりも、君たちの方が信頼出来るからね。」
親である自分が、一番それを身に染みて分かっている。
五つの彼女にとっては初恋。
それが実るかはまだまだ分からないけれども、心の底では詩紋なら……という気持ちがないわけではない。
友雅は立ち止まり、花が咲き乱れる庭先に目をやった。
丁度この視線の向こう。
あの辺りから、彼らは思い掛けなく現れた。
少し成長した姿をして、懐かしい面影はそのままで。
「さっき言ったように、あの子と詩紋の間に縁があれば、自ずとまた時を超えて会うときが来るさ。例え時間が掛かってもね。」
巡り会いの瞬間は、十人十色。早い出会いも、遅い出会いも人それぞれだ。
そして、その巡り会うべき相手が、現世の中だけに留まるわけではない。
求め合う縁があるなら……いつかその力が時空を歪めて、出会いの瞬間を創り出すだろう。
「何よりも、私がそれを一番分かっているからね。それに、あの子は私たちの娘だから。」
「はー。おまえがそういう惚気を平気で言えるようになって、俺もホッとしたわ」
天真がそう言って笑うと、友雅も一緒に声を上げて笑った。
「やっぱおまえはさ、あかねとイチャイチャしてる方が、似合ってら。」
ぽん、と天真の手が背中を押す。
その感触の中には、確かに彼に対してのエールが込められていた。
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