白雲の果て、春の雪

 第19話(4)
「でも、僕とイノリくんと藤姫は…ちゃんと成長してますよ?何でですか?」
皆が八葉の意味を持ちながら、今も生きていることで、あの頃まま変わらないというのは分かった。
だけど、詩紋やイノリたちに限っては、それは当てはまらない。
身長だって体重だって、当時よりもずっと増えた。誰もが驚くくらいに。
何故、自分たちは変わったのだろうか?
「それは…君らがそれぞれに、"大人になりたい"強い意志があったからだよ。」
大人になりたい……という意志?
詩紋は首を傾げた。

「私たちは成長すれば、ただ衰えていってしまうだけだ。でも君らはね、成長して一人前の大人になりたいと、そういう意志と憧れがあったんだ。そう…例えば、見た目も逞しくなって、一人前の職人になりたいとかね。」
友雅の話を聞いて、詩紋ははっとした。そして自分とイノリのことを思い出す。
イノリは一人前の鍛冶師になろうと、詩紋も一人前のパティシエを目指そうと…もっと成長しなくてはと前に向かって歩き続けていた。
気付いたら------心も身体も少し大人に近付いていた。
まだまだ完成型には遠いけれど。

「藤姫殿も同じだ。あの頃は幼くて、故に私たちと共に戦うことも出来ない自分を、歯がゆく思い続けていたんだろう。
だから彼女も『早く大人になって、神子様と向かい合えるようになりたい』と思っていたんじゃないかな。」
友雅の言葉を聞いて、あかねの脳裏に、あの時のことが浮かんできた。
最後の戦いの前にしたとき、自分は幼くて何も力になれなかったと、彼女が心から悔やんでいたのを。
力になれないどころか、ずっと支えてくれていた彼女の力は、とても大きなものであったのに。

「……という推測が、晴明殿と泰明殿が共にこれまで、長い間調査をしてくれていた上で、辿り着いた仮説らしいよ。」
イノリを除いた八葉が、何故年を取らないのか?
泰明自身もそれが不思議で、晴明の助力も借りながら調べて来た。
そうしているうちに、詩紋と天真が再びこの京にやってきて。
イノリだけかと思っていたら、詩紋もまた驚くほど成長していて……だが、天真は殆ど変わらなくて。
それらを照らし合わせて考えているうちに、その偶然とも言える二人との再会が、手がかりとなった。
完全に確かとは言えないが、結構良い線行っているのではないかと、そう晴明は自負していたらしい。

「私とあかねが変わらないのは…この子たちの成長を出来るだけ長く見ていたい、と思っていることもあるからだろうね。」
八葉の一人であった友雅自身にも、神子を護るという想いは少なからず存在しているだろう。
だけど今はそれとは別に、彼女と共に生きる一人の男でもある。
彼女と二人で、互いの間に生まれた子どもたちを、ずっと見守っていけたら良いと思う。
それは、出会った時の瑞々しさを、今も持ち続けている彼女も同じに違いない。
「この子たちは、まだ素直だからね。思うままに成長していく。それをこうしてゆっくり眺められるのは…嬉しいよ。」
牛車の緩いリズムに身を任せ、くうくうと寝息を立てている二人を、友雅は愛しげにそっと撫でた。
「みんな、"神子殿"のおかげだよ」
久しぶりにその名で彼に呼ばれて、あかねは少しどきっとした。
「そ、そんな…別に私は……何もしてませんって」
「君がここにいてくれるから、龍神が力を与えてくれている。そして私たちにも、加護を与えてくれているんだよ。」

あかねが龍神の存在を身近に感じ取れたのは、未だに数えるくらいしかない。
だが、戦いが終わったあとは、それも全くなくなって。
おそらくもう自分は、龍神から解き放たれた、普通の女に戻ったのだと思っていたのだが。
空気のように、今もそばにいてくれているのか…。
自分たちを見守るように、気付かないけれど、すぐそばに。
「そのおかげで…私はこれからも、君と一秒でも長く一緒にいられる。それが何より嬉しいんだよ。」
------君が求めてくれているから、私はためらわずに君を愛して行ける。
そして二人で、子供たちの未来をずっと見つめて行けるなんて…こんな幸せが他にあるわけがないだろう?。
あかねの瞳を見つめながら、友雅は彼女にそう心で語りかけた。

「ね、今夜は……」
「えっ!?ひぇっ!?」
あかねの隣に移動した友雅は、その肩を抱きながら耳元に唇を寄せて囁いた。
赤面しているのはあかねだけではなく、向かいに座っている詩紋も同じ。
天真が起きていたとしたら…間違いなく車内は騒々しいことになっただろう。
「良いだろう?」
「ちょ、ちょっと友雅さっ…し、詩紋くんがいるのにそんなっ」
他人の前で言うには、あまりに刺激が強すぎの台詞だ。
どうしていいか分からず、わたわたとパニックに陥っているあかねを、友雅は後ろから抱きすくめる。
「こうやって…君を抱いて眠りたいんだ。私には、まだ君の中にいる子を感じ取ることが出来ないから…君と一緒にその子も抱いてあげたいんだよ。」
「あ、そ、そういう事なら…別に…全然。」
友雅の言葉に過剰反応し、真っ赤になっているあかねの姿を見て微笑みながら、片方の手を彼女の腹部に伸ばした。

まだぺたんこのそこを、優しく撫でてみる。
この手のひらのぬくもりが、小さな命に伝われば良いと思いながら。
彼の手に自分の手を重ね、目を閉じたまま胎内にいるはずの子に向けて、友雅の想いが伝わるようにとあかねも祈った。
それと同時に、溢れ続ける嬉しさと幸せの気持ちも、その子に組み込まれて生まれてくるようにと、そう深く思った。


「ねえ、あかねちゃん…僕らさ、もうそろそろ向こうに戻るよ。」
「えっ!急にどうしたの?」
友雅の腕の中にいたあかねは、突然詩紋が切り出した言葉に驚きを隠せなかった。
もちろんそれは、友雅も同じである。
「別に…急ってわけじゃないんだけど。だって…僕ら、向こうでまだまだやらなきゃいけないことが、残ってるから…と思って。」
そうだ、そういえば彼はパティシエになるために、留学するのだと聞いていた。
天真も大学を卒業し、社会人一年生として歩き出したのだと言っていたっけ。

「あのね…僕、イノリくんと再会して、すごく立派になっててびっくりしたんだ。もう一人前の鍛冶師になってて、すごいなって。」
同じように背も伸びた。少しはお互いに逞しくなった。
けれど、彼は職人としても成長していて。あの頃に語りあった夢の道を、着実に歩き続けている。
「だから…僕も負けられないなあって。僕も、やっと夢に近付くための道が見えてきたところだし。僕も精一杯頑張って、イノリくんの自慢に思ってもらえるようになりたいんだ。」
空色の瞳を輝かせて、現実に近付いた夢の話をするときの彼は、あの日の面影をそのままに残している。
けれど、心はずっと強く凛々しく変わって…。
戸惑うことなく、真っ直ぐ前を見つめる目を持っている。
「次に会うときに、イノリくんが驚くような人間になるんだ。でもそれには、僕らの世界でまだやらなきゃいけないことがあるから…」
「…そうだね。詩紋には、目指すものがあるのだものね」
そんな夢があるから、今もこんなに綺麗な瞳でいられるのだろう。

「だからね、出来るだけ早く向こうに戻るよ。」
「挨拶しなくて良いの?さっき言ってくれたら、みんなにさよなら言えたのに…」
「うーん、でも別に良いんじゃないかな。また会えるよ、きっと。」
詩紋は明るく、にこっと笑って答えた。
「可能性は高くないけど、僕らはあかねちゃんのおかげで、八葉として一心同体みたいなものでしょう?それなら、こういう偶然だってきっとまた、作れると思うから…大丈夫だよ。」
それは夏か、それとも秋か。
来年の春か…もしくは数年後か…分からないけれど。
願えば叶う気がする。自分たちなら、それが出来るような気がする。
夢を実現させるために、戻るのだから。
そしてその姿を、大切な人たちに見せたいから……夢を叶えに戻って行くのだ。
いつか再び逢えるときのために。


「今度来るときが楽しみだなー。赤ちゃん、男の子と女の子のどっちだろうね」
「ふふっ、どっちだろ?楽しみにしてて。」
少し寂しさはあるけれど、以前のような感情はなかった。
別れても、次に再会できるためだと思えば…冷たく凍えるような寂しさは生まれて来ない。
「どうせなら、千歳のことも楽しみにしていてくれるかい、詩紋?」
友雅は艶やかに微笑んで、文紀と肩寄せながら眠っている娘に視線を投げた。
「次に会うときは、さぞかし艶やかな姫君になっているだろうから、くれぐれも早まらないでいておくれ。」
「は、はあ…それはどうなるか…」
あかねと友雅は、くすくすと笑った。

もしも本当に…こんな恋が再び訪れるとしたら……。
彼に会う時のために、あの子も早く大人になろうとするかもしれない。
早く一人前の娘になって、好きな人と見つめ合えるように…そんな想いを抱いて。

「……んにゃー…」
ごろんと寝返りを打ち、二人に掛けてくれた衣をぐっと抱え込んで、千歳は夢の中を自由気ままに散策しているようだ。
どんな夢を見ているのだろう?
その夢の中で、彼女と共にいるのは誰だろう?
出来ることなら覗いてみたいものだと、あかねたちは子供たちの寝顔を眺めながら思った。



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Megumi,Ka

suga