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白雲の果て、春の雪
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| 第19話(1) |
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そのまま晴明も宴に加わることになり、夜も更けて宴もたけなわとなっていた。
天真たちとの再会がメインだったはずなのに、思い掛けないことのおかげで、主賓はあかねたちにすり替わってしまっている。
「ほーら、飲め飲め!オレらの酒も全部飲めー!」 強いというほどでもないのに、祝いだと調子に乗って酒をくらった天真は、簡単に酔いが回ってそこらの銚子をかき集めて、友雅に盃を押し進めている。
そして詩紋はと言えば、並んでいる果物を取り集めてきては、あかねに手渡す。
「はい、あかねちゃん、これも食べて!。これからはどんどん、栄養つけなきゃいけないんだから!」
「あ…ありがと…」
やけに甲斐甲斐しくされて、あかねは少し照れくさかった。
ふと、ふわりとした柔らかい暖かさが背中を包む。
振り向くと頼久が、薄手の衣を駆けてくれた。
「春とは言え、夜風はやや冷えることもございます。大切なお身体ですので、どうぞこれを。」
「は、はい…どうもありがとうございます…」
恐縮しながら衣を受け取り、あかねは少し縮こまって友雅の横に座った。
「しかしさあー、おまえ気付かなかったのかあ?出来てたの。」
既に酔っているのだから止めておけば良いのに、天真は友雅に酒を勧めつつ、自分の盃にもそれを継ぎ足す。
顔を赤らめてあかねの方を覗き込んでは、何のかんのと口を挟もうとする。
「普通こういうことって、女は敏感に分かるもんじゃねえの?ほら、月のモノが来なく……ぐぅ!」
ただでさえ、言葉をオブラートにくるむというのに疎い天真が、更に酒の勢いでとんでもない下品なことを言いそうになったので、詩紋が後ろからその口を両手で押さえた。
「まあ仕方あるまいよ。まだまだ自覚するには早すぎる時期だからな」
宮中で用意する酒は、普段飲めるものとは格別に違う。
やはり今日ここに顔を出すことにして、正解だったな…とおこぼれの酒を楽しみながら晴明が言った。
「だが、月の初めに私が神子の気を診たときは、瑞兆は感じなかった。」
隣にいる泰明が、納得出来ないような口振りで言う。
八葉である自分こそが、あかねの気を誰よりも敏感に感じられると思っていた。
千歳たちを身籠ったときも、真っ先に気付いたのは自分だったのに、何故今回は晴明の方が先なのか?納得が行かない。
「だからな、まだ早過ぎなのだよ、泰明。月の初めにおまえが診たときは、何もなかったということだ。」
笑いながら晴明は、不服そうな泰明に二杯目を注がせた。
「つーことは、ナンだ…ここ最近にナンかあったってことだなー!?」
「うわっ!天真、おまえ酒くせー!!」
押さえ込もうとした詩紋を放り投げ、イノリの後ろから再び天真が顔を出した。
「何だよー!じめじめしてたと思ったらよぉー、やるこたぁやってたってことかー!?おーい!いつ仕込んだー!?」
「さあねえ…?覚えがありすぎて、ちょっと分からないな。」
「ちょ、ちょっと待ってっ!友雅さんまで、何言ってんですかー!!」
まさか友雅まで酔いが回っているのでは!?
彼は結構酒に強いはずなのに…それとも、わざと?
そして挙げ句の果てに……
「…やるって、何をですの?父様と母様、お二人で何かしていたの?」
運悪く、千歳が天真の騒ぎように反応を示す。
千鳥足の天真は、ニヤニヤして彼女の顔を覗き込んだ。
「それはなー、おまえらの親は一緒になー……ぐあああ!!」
もう自分の手には負えないと判断し、詩紋は最後の頼みの綱で、頼久に天真の成敗を依頼した。
すると頼久は、あっさり天真の首根っこを引っ張ると、その場からずるずると連れ去って行く。
「はあ…全くもう。いくらおめでたい席だからって、飲み過ぎだよ、もう…」
困ったように溜息を着く詩紋と、照れくさそうに笑い合う鷹通たち。
だが、そこにいる誰もが、暖かな気持ちを抱いている。
「ねえねえ父様?父様と母様は何をしていたの?それでややこが出来ることって、なあに?」
誰に聞いても言葉を濁すだけで、はっきりと答えが返らないことにしびれを切らし、千歳は友雅のところへやって来た。
「…余計なこと言い残していきやがって、天真め」
頭を掻きながらイノリが笑う。
困ったように笑うあかねの隣にいる文紀にも、千歳は尋ねてみる。
「ねえ兄様はご存知?どうしてこうなるの?」
「さあ…?神様の理なのかなあ…」
年の割には頭の良い文紀も、こちらの知識はまだまだのようだ。
「千歳も文紀も、愛する人が出来れば…自然に分かるようになるよ。」
彼女の髪を撫でながら、友雅が答えた。
「今は分からなくて良いんだ。父様みたいに、大好きな人が出来たら分かるさ。」
「ふーん?やっぱり、よく分からないわ」
「だから、本当に好きな人を見つければ良い。父様が、母様を見つけたようにね」
彼はそう答えて、柔らかな千歳の頬に唇で触れた。
いつか、そんな時が来たら……何もかも分かる。
形だけでは知ることの出来ない、本当の幸せがあるということに。
そんな人に巡り会えれば、この世こそが、あの日憧れていた桃源郷であることに気付くはず。
その人自身が、探していた永遠の楽園であることを知るだろう。
「父様は、千歳たちがそんな相手に出会えるように…心から祈っているよ。幸せになれるようにね。」
「…じゃあ、父様は母様とご結婚して幸せだったのね?」
「勿論。母様じゃなければ、こんなに今も幸せじゃいられないよ、きっと。」
「と、友雅さんっ…やっぱり少し酔ってるんじゃないですかっ…?」
そばにいた文紀をぎゅうっと抱きしめて、あかねは顔を赤く染める。
「いや、私もそう思うよ?」
少し離れて友雅たちを眺めていた帝が言うと、隣の中宮もこくりとうなずいた。
「では、少し風流な祝いの曲を演奏いたしましょうか?」
そう言って微笑む永泉の手には、愛用の竜笛が握られていた。
夜もやや静かに深まって来た頃。笛の音や琵琶の音が、よく響く時間と言える。
「奏者が物足りなくはありますが…『越天楽』など、如何でしょう?」
「ああ、それは良いな永泉。このような時刻、かえって静かな演奏の方が、風情があって良いではないか。」
静寂が時と共に積み重なり、色を落とした空には月が映える。
薄い松明や燈台の明かりが映り込み、庭の桜もほろほろと舞い落ちる。
「お二人もご一緒に、合わせてみますか?」
永泉が子供たちを誘ったが、齢五つの二人にはまだ高度すぎる曲だ。
奏でた事があるというなら別だが、おそらくまだ経験はないだろう。
「では、この子たちの代わりに…私の拙い琵琶でも良ければ、お手合わせ頂けますか、永泉様?」
友雅は持参した琵琶を手に、弦を一本弾いてみせると、夜の静寂に音が響く。
「まあ、素敵。私的な宴だなんて勿体無いほどですわね」
中宮が顔をほころばせながら言った。
家庭を持ってから、あまり宴に顔を出さなくなった友雅であるから、今では彼の演奏を聴くことは少ない。
だからこそ、こんな夜は貴重なのだ。
「二人ともお父様と永泉さんの演奏を、よおーく聞いて参考にしなさいね?」
あかねは子供たちの背中を抱いて、永泉と音合わせをしている友雅を見た。
彼はその視線に気付いたようで、一度そちらを見て静かに微笑んだあと、抱えた琵琶の弦を撥で弾いた。
笛の音はどこまでも澄み切って優しく穏やかに、水面の輪のように広がって行く。
そして琵琶の響きは、水の中で自由に優雅にたゆたう魚の動きにも似て、重なる笛の音を包むかのように共鳴する。
「永泉様の笛の音って、本当にきれいだな…」
「あら、父様の琵琶の音だってすごくきれいよっ」
笛の音に耳を奪われている文紀に、千歳は父の音を自慢したりして…。
何とも無邪気で、思わず顔がほころんでしまう。
「微笑ましいことだね、あの子たちの姿は」
「ええ本当に。こちらまで、幸せな気持ちになってしまいますわ」
帝と中宮は、あかねと藤姫の二人に囲まれて、きらきらと瞳を輝かせている子供を眺めながら笑った。
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