白雲の果て、春の雪

 第18話(1)
「さあ、せっかく皆がこうして集まれたのだ。藤姫殿も泣いてなどいないで、この再会を楽しむのが良いよ。」
帝の手が、藤姫の背中を優しく撫でる。
そして詩紋と天真が揃って肩を抱き、皆のところへ彼女を連れてやって来た。

「藤姫、久しぶりだね。元気そうで良かった。」
「ええ神子様も…御会いしとうございました…」
あかねの前では、いつになっても小さい藤姫のままだ。
さほど目線も変わらなくなったのに、子供のようにしがみついてくる。それを、あかねはいつも当然のように抱きかかえる。
見た目が変わろうと、心はずっと変わらない。
彼女にとってもあかねにとっても、大切なその人への思いが変わらないのと同じことだ。

「奥方殿も遠慮せずに、気軽に彼女に会いに来ても構わぬのだよ?」
「えっ…そ、それはさすがに…」
二人を眺めていた帝が言った言葉に、あかねはさすがに慌てた。
普通の貴族でさえ、ある程度の位がなければ昇殿の許可が下りないというのに、気軽に藤姫のいる藤壷になど行けるわけもないし、そんな度胸もない。

「ならば、友雅に連れて来てもらえば良い」
帝は、あかねのすぐ後ろにいる友雅を見て、そう言った。
「たまには、仲の良い二人の姿も見たいものだしな。」
常に彼女の側から離れず、触れられる場所に彼はいる。
時折その細い肩を彼が抱けば、安心しきって微笑む彼女を眺めながら帝は微笑む。
一度結ばれたその絆は、互いが解こうとしない限り解けない。
他人が何をしようと、その心が相手を求めれば求めるほど強くなる。
例え龍神が引き離そうとしても、それらをはね除ける強さがそこにあるだろう。
共に生きる幸せを、何よりも求めている二人なら。
「もちろん、家族全員で来られるのも大歓迎だ。文紀殿と千歳殿が来られると、宮中が賑やかになるからね。」
子供たちは藤姫とあかねにしがみつきながら、嬉しそうに微笑んでいる。


「まあ主上!既に宴を始められていたのですわね。置いて行かれるなんて、酷いですわ!」
ようやく殿中が賑わいを見せてきた頃、帝を探し回っていたかのように、慌てて中にやって来た女性がいた。藤姫の姉・藤壺中宮だ。
「別に置いて行ったわけではないよ。藤姫殿を、少しでも早く彼らに会わせてやりたくてね。それに、中宮殿の姿も見えなかったものだから。」
「だって、お二人が揃っていらっしゃるから、例のものをご用意しようと……」
彼女の後ろには、三人の女房が付き添っていた。
それぞれに皆、小綺麗な蒔絵の箱を手にしている。

「姉様、そんなに慌てずとも…皆様こちらにおられますわよ。」
ようやく少し落ち着いた藤姫が、文紀を連れて中宮の元へとやって来た。
先日会ったばかりの若君は、彼女の前できちんと背筋を伸ばし挨拶をする。
「中宮様、先日はお聞き苦しいものをお聞かせしてしまいまして、申し訳ございませんでした。」
「まあ、文紀様!そんなことありませんわよ。とっても素敵な音に、私は酔いしれてしまいましたの。もちろん、文紀様の凛々しい立ち振る舞いも、素晴らしかったですわよ」
「あの…次の機会には、もっと良い音を奏でられるよう、これからも鍛錬して参りますので…」
「それは嬉しいわ。どんどんお越しになって、その成果を聞かせて頂きたいわ。」
一見堂々としているようで、誉められると少しかしこまってしまうのか、たどたどしく狼狽えるのがどこか愛らしい。

「先日は急なことで、失礼を致しました。」
友雅が中宮のところへやって来て、挨拶をした。
隣には桜色の汗衫に身を包んだ、彼に面影がよく似た童女が瞳を輝かせている。
「中宮様、初めてお目に掛かります。私、橘家の--------」
「千歳様ねっ!?」
千歳が挨拶をするため膝を折ろうとしたとたん、咄嗟に中宮の方が彼女をぐっと抱き寄せた。
これには、さすがの千歳も驚いたようで、大きな目を更に丸くしている。
「まあまあ何て…!何て可愛らしいのかしら!お人形のようですわねえ!」
汗衫と同じような唇の色。緩やかな流れを持つ髪は、鮮やかな細帯で結んで飾り、橘の重ねと同色の房を持つ檜扇を手に添えて。
「文紀様と揃って、お美しい目をしてらして…。髪は友雅譲りね。豊かで艶やかで、何て綺麗なのかしら。」
うっとりと彼女の面持ちを指でなぞりながら、中宮は溜息を付きつつ微笑みを浮かべる。
文紀にしても千歳にしても、双子であるから似ているのは当然なのだが、やはりどちらかの親にやや似通るところがあるようだ。

「…ふふふ、お父様にそっくり。こんなに小さいのに、どこか艶っぽさがあってお綺麗ねえ。」
丸みを帯びた頬を包むように撫でると、千歳は瞳を輝かせて、真っ直ぐ中宮を見て微笑む。
「私のようなものが、中宮様よりそのようなお言葉を賜るなど、勿体のうございますわ。」
「あらまあ、お言葉も達者ですこと。ホントに、なんて可愛いのかしら!」
今し方まで緊張していたかと思ったら、あっさり中宮を前にそんな事を答える。
愛娘の度胸の良さに、友雅もあかねも苦笑するしかなかった。



中宮が女房に持たせて来たものは、文紀と千歳へ贈る品であった。
文紀には、浅黄色の絹に金糸で唐模様を施した、上品な龍笛用の袋。
そして千歳には、柘植の櫛などを揃えた桜模様の蒔絵の打乱筥だ。
「あの、こんな立派なものを頂くなんて、申し訳ないです…」
「良いのよ。だって私、お二人のことをお噂では聞いていたのに、お会いできたのは最近のことなんですもの。もっと早くお目にかかれていたら、昨月のお誕生日のお祝いに差し上げたかったのだけれど。」
二人の生まれ月である三月には、必ずと言って良いほど宮中からの使いが贈品を持ってやって来る。
それは帝からと、入内してからは藤姫からのものも含まれた。

「お誕生日のお祝いの品だと思って、受け取ってくださいますわよね?お二人にと、一生懸命選んだのよ。」
宴には千歳も参内するだろうと聞き、数日前から女房たちを集めて、どんなものが良いかと散々悩んでいたのだ、と藤姫が舞台裏を笑いながら打ち明けてくれた。
「随分と張り切って選んでいたのだよ。中宮の気持ちも汲んで、貰ってやってくれないだろうかね?」
帝もそう促す。
…さて、どうしたものかと友雅に尋ねてみようとしたが、既に子どもたちはと言うと、その品を興味津々で眺めているし…。
「中宮様のお心として、喜んで受け取らせて頂きますよ。」
友雅が先に答えてくれたので、あかねも素直に感謝して受け取ることに決めた。

「このような素晴らしいものを頂きまして、心から御礼申し上げます。」
文紀たちは両親に言われる間もなく、自ら二人揃って中宮の前に行き、ぺこりと三つ指をついて礼をする。
「うふふ…友雅、あなたって本当に幸せな方ねえ…」
彼らの小さな肩を抱き寄せて、中宮は友雅を上目遣いに見上げた。
「こんなに可愛らしい子らを見たのは、生まれて初めてよ。きっと、それだけ深い愛情で育まれたからなのねえ」
「…いや、私一人だけでは、どうにもなりませんよ。」
「ええ、それはもちろん。奥方様がいてこそよ。あなたと奥方様の愛情で、こんなに可愛らしく成長されたのね。」
中宮に抱えられた子供たちは、母に似た瞳を輝かせながら、周りの大人たちの顔をきょろきょろしてはニコニコとしている。

「……愛情が何よりの栄養よ?ねえ、奥方様もそう思いません?」
「え、あ…ええっと……」
あかねはそう言われて、どう答えようか気恥ずかしくて戸惑ったが、そんな彼女を鷹通たちは優しく見守っている。
「奥方殿が、そんな良い愛情を子供たちに注げたのは、自らが良い愛情を知っているからだろう。」
何事も、そんなものだ。美味い味を知らねば、美味いものは分からないだろうし、上等な品質を知らねば、真の上級品は見抜けない。
そうやって自らの感性が磨かれて、その人の目や価値観が本物・真実を見抜けるようになる。
きっとそれは、心もそうなのではないだろうか。

「と、私は思うのだがね。どうだい、友雅?」
愛情を知る者が、愛情を注げるのだろう。
それは常に繋がり続ける。愛を知れば、愛することが出来るようになる。
妻への、夫への、そして子供たちへと…それらは彼らを育んで行く。

「ええ……そうかもしませんね。」
静かに、ただ一言友雅は答えた。
だが、その表情には至福が現れ、今のこの自分が置かれている空間に、何よりの幸福があるのだと、そう感じているように帝たちには思えた。



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Megumi,Ka

suga