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白雲の果て、春の雪
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| 第17話(3) |
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「ねえ、是非永泉様の笛もお聞きしたいわ」
大きな瞳を輝かせて、小さな姫君は今にも永泉に飛びつきたそうに、ぐいっと思い切り背を伸ばした。
「こらこら千歳、あまり永泉様にご無理を言って、困らせるんじゃないよ」
「だって、永泉様の笛の音はとてもお美しいんですもの。まるで綺麗な川の流れの音みたい。」
こんな小さい子供であっても、彼が奏でる音の美しさは感じ取ることが出来る。
逆に、雑念などに惑わされない純粋な子供だからこそ、鋭い感性があるのかもしれないが。
「良いですよ、皆様のお邪魔にならないのであれば…是非ご一緒に一曲」
千歳のお願いを、永泉はすんなりと笑顔で受け入れた。
自分の笛を、ここまで誉めたたえて喜んでくれるとなれば、相手が子供だろうが嬉しいものだ。
「永泉さんすいません…千歳が強引なこと言って…」
申し訳なさそうに苦笑しながら、あかねが母親の顔で頭を下げたが、彼はそれを微笑みで促す。
「いいえ、構いませんよ。彼等にせがまれては…私もその気にさせられてしまいますから。」
期待通りの答えが永泉から返って来ると、千歳はにこにこと満足そうに笑った。
「これで…全員が揃ったね。」
友雅が一言そう言うと、皆は一旦言葉を噤んで周囲をゆっくりと見渡した。
頼久と天真、イノリと詩紋、鷹通と友雅、泰明と永泉。そして……あかね。
「こんな風に再会出来る日がやって来るなんて、思ってなかったのにな。」
詩紋と顔を合わせながら、イノリは笑う。
そしてまた、頼久と天真も同じように笑い合って。
別れたときは、あれが永遠のさよならだと覚悟していた。
神泉苑から戻って行く二人とは、もう会えないのだと泣きたくなった。
けれど、すぐ後ろで抱きしめてくれた人がいたから、自分の選択は間違ってはいないのだと確信できた。
あかねは黙ったまま友雅の手に指を絡めて、強く握りしめた。
この人と生きて行きたいから、ここで生きることを私は決めたんだ。
それが自分にとって、最良の幸せであると信じたから。
彼の妻となり、さほど時を置かずに子供たちを授かり、すべて満たされた幸せな日々が日常化していた頃に、やってきたのは唐突な再会。
「でも、会えて良かった…みんなに」
友雅と手をつないだまま、あかねは素直にそう答えた。
会いたかったのは、本心。
もしも可能性があるのならば、天真たちにもう一度会えたら良いだろうな、と考えたことはあった。
けれど、それは会いたいということであって、帰りたいという気持ちではない。
「ふふっ、八葉のみんなに、この子たちを会わせてあげることが出来て、本当に良かった。」
くるくると表情を変える子供たちを、自分たちの方へ引き寄せる。
両親が、どんな風に巡り会ったのか。どんな風に過ごして来たのか。
少しずつ小さい頃から、寝物語に話聞かせてやっていたから、だいたいのあらすじは知っているはず。
京を護るために、神子であった母に力を貸してくれた、八葉と言う男性が八人いたこと。
その一人が父であり、父の親友の鷹通や泰明など…彼らが仲間として戦ってくれたのだと教えたからこそ、二人はすんなり彼らに懐いている。
だが、この世界にいない二人のことを、どうやって伝えてあげれば良いだろうか…と悩んだ。
二人は母の異世界での親友だった、としか教えてあげられない。
ちゃんと、出来れば面と向かって彼らを紹介してあげられたら良いのに…と。
「ホントに良かった。この子たちにようやく八葉全員を教えてあげられたもの。」
「…そうだね、皆が揃っていたからこそ、今があると言っても過言ではないのだからね…。」
友雅もまた、同じ気持ちだった。
一人の女性として彼女を護る役目なら、自分ひとりで十分だ。
けれど、八葉としては常に八分の一の力に過ぎない。白虎の加護があったとしても、対になる天の四神の力を持った鷹通の力が必要だ。
青龍の頼久たちも、朱雀のイノリたちも、陰陽師としては十分な力を持つ泰明でさえ、同じ玄武の永泉がいなくてはならない。
それだけお互いに大切な存在で、その力があったからこそ京を護れたし、神子の彼女を護ることが出来た。
それが出来なかったら…こんなにも愛せる人を捕まえられなかったのだから。
「天真殿、詩紋殿、父様と母様のお力になって頂いて、心から感謝致しますわ。」
「どうもありがとうございました。こうして面と向かって御礼を申し上げることが出来て、光栄です。」
「………」
五つの子供の言葉とは思えないほど、きちんとした声で千歳と文紀は天真たちの前に立ち、ぺこりと頭を下げた。
「よ、よせ!チビどもにそんな台詞言われると、変な気分にならぁっ!」
「あはは…ははは……ど、どうも…ありがと、二人ともっ…」
くすぐったいような、気恥ずかしいような気分で、むずむずと身体を掻きながら二人は顔を赤くする。
「今の言葉には、私たちの気持ちも含んでくれているんだよ。感謝しているよ、天真、詩紋。」
友雅はあかねの手を握ったまま、二人を見つめて静かに微笑んだ。
「ん?皆揃っているのに、まだ賑やかさが足りないようだね?」
その声は穏やかな口調ではあったが、人々に緊迫感を与える圧倒的な力があった。
帝が部屋を訪れたとたん、これまでの緩やかな空気は一転する。
「兄上、何か急な事でもおありでしたか?」
ああいう性格の泰明は別として、この中で唯一帝に一対一で応じれる立場の永泉が、まず自分から帝に歩み寄り声を掛けた。
「いや、滅多にない八葉の再会であるから、私も少し顔を覗かせてもらおうと思ったのだけれど…仲間同士の宴に水を指してしまうだろうかね?」
くるりと面々を一望すると、友雅のところに視線が来た時、彼が口を開いた。
「そのようなことはございません。むしろ私共の方こそ、このような場に仁寿殿を使用させて頂き、更に立派な持て成しもご用意頂きまして、心苦しいほどの感謝を抱いている次第です。」
「ならば、私も彼女の付き添いとして、宴を楽しませてもらっても良いかな?」
そう言ったあと、帝は後ろを軽く振り向いた。
その後ろから続いて顔を出した、その女性は----------
「藤姫だ!」
思わず詩紋が声を上げた。
自分と同じように背が伸びて、それに連なるように黒く艶やかな髪は更に長く。
でも、潤ませた黒い瞳はあの頃と変わらず、彼女の面影をしっかりと残している。
「ああ…本当に、この様な日が来るとは…」
駆け寄って来た詩紋と天真に囲まれて、感極まった藤姫の目から大粒の雫がこぼれ落ちた。
「本当に天真殿と…詩紋殿で…ございますのね…?」
「そうだよ!藤姫、綺麗になっちゃってびっくりしたよ!」
「もう立派なお姫さんだなあ…」
彼らが最後に見た藤姫の姿は、十歳のけなげな幼い姫君だった。
その小さな体で、懸命に自分たちの力になろうと気を配り続けてくれて…。
どれほど、その強さに助けてもらったか知れない。
「再びお会い出来て、嬉しゅうございます……」
「あー、泣くなってー!せっかく再会したんだからさー!」
泣きじゃくる藤姫をどうにか落ち着かせようと、二人は必死になって彼女の背中を撫で続けた。
「藤姫様、藤姫様」
天真たちの間から、小さな顔がふたつ覗き込んで来た。
「ああ、文紀様と千歳様…大きくなられて」
「入内されて御会い出来なくなって、寂しかったですわ」
「ええ、ええ…私もお二人の顔が見られず、心細い毎日でございました。」
神子であるあかねの子は、藤姫にとっても甥や姪のようなもの。
生まれた時から、何かと触れ合う機会の多かった彼らが、日に日に成長して行く姿は、彼女にも嬉しいことだ。
「今宵は本当に、夢のような夜でございます…」
彼女がつぶやいた言葉に、誰もが同じようにうなづいた。
姿形は若干違えど、あの日共に過ごした姿が、今ここで再び顔を揃えている。
誰ひとり欠けることもなく。
「良い夜になりそうだね…」
友雅の声に、あかねは強く彼の手を握ってうなずいた。
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