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白雲の果て、春の雪
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| 第17話(2) |
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車宿には、藤原家の牛車が既に停まっていた。
その隣には、比較的簡素な造りの車が一台。小窓の近くに五芒星が刻まれていることで、それが安倍家のものであると分かる。
「まだ鷹通さんと泰明さんしか、来ていないんでしょうかね?」
車から下りてあかねが言う。
「いや、多分乗り合いで来たんじゃないのかな。」
頼久はああいう性格だ。自分は主に仕える立場であるから、いくら参内するとしても個人で土御門家の車を使うなんて、と躊躇したのだろう。
イノリはイノリで、全く気にしないタチだし。下手すれば徒歩で来る可能性だって有り得る。
「きっと鷹通のことだから…気を使って彼らのところを回って、自分の車に同乗させて来たんじゃないのかな?」
「そうかもしれませんね、鷹通さんならそれくらい考えてくれそう。」
闇が訪れている宮城の奥から、使いの女官が迎えにやって来た。
その背後には、背の高い快活な青年が立っている。
「イノリ様、お久しぶりです。」
「おまえな〜、もうちょっと子供らしい挨拶しろって。まだやんちゃ坊主で良い年なんだぜー?」
生真面目な挨拶をする文紀に、イノリは遠慮なく豪快に笑いながら頭を撫でた。
「お元気そうで何よりですわ。久しく御会いしておりませんでしたから。」
「おう、千歳も元気で良かったな。」
薄い露草色の装束を着崩すように袖をまくり、逞しい腕で千歳を抱き上げた。
すっかり立派な青年に成長した彼は、腕だけではなくがっしりとした身体つきで、小さな子供を抱き上げるくらい何て事はない。
それもすべて、彼が取り組んで来た鍛治の業から生じた賜物だ。
「お話の続きは、是非仁寿殿へお越しになってから、ごゆっくりどうぞ。ささやかですが、お持て成しもご用意しておりますので。」
微笑ましい談話が繰り広げられているようだが、彼らと話したい者はまだまだ他にもいる。
女官は先導して、皆を中へと迎え入れた。
広々とした仁寿殿にやって来ると、月明かりと松明で照らされた庭に面した庇に、鷹通と頼久が佇んでいた。
友雅たちの姿を、まず鷹通が見つけて声を掛ける。
「ああ、やっと主賓の方がいらっしゃいましたね。」
子供たちの顔を見て、彼は目を細めた。
あかねは先に二人の背中を押して、彼らに挨拶に行くように促す。
「鷹通殿、頼久殿、お久しぶりでございます」
千歳と文紀はとことこと、並んで鷹通たちの前に辿り着く。
「ああ、少し見なかったというのに、お二人とも随分と立派になられて…。」
さも愛しそうに鷹通は手を伸ばし、ふくよかな彼らの頬をそっと撫でた。
「健やかなご成長、心からお喜び申し上げます。」
「ええ、ありがとう頼久殿。」
…………ちらり、と天真は隣の友雅を見て、そっと彼に耳うちをする。
「あのさあ、あいつ…いつもあんな感じなわけ?」
「うん?何か頼久に、変わったところがあったかい?」
変わったというか、まあ頼久らしいのではあるけれども……。
相手は五つの少女である。
そんな彼女の前に跪き、頭を垂れるなんてまあ。
別に自分の主君でもないのに、その光景はまるで姫君に忠誠を誓う騎士のようだ。
「頼久さん、お久しぶりです!」
彼らのところへ移動し、詩紋は未だに再会していなかった頼久に挨拶をした。
風貌はあの頃から全く変わっておらず、芯の通った強い眼差しもそのままだ。
しかし、彼の方はというと、現れた詩紋の姿に一瞬声を失った。
「詩紋か…」
「はい。もう一度会えて嬉しいです。」
確かに声も人なつっこさも彼のものだが、何せ天真と並ぶほど伸びた身長と、少しだけ大人びた姿に驚きを隠せないようだった。
「朱雀の八葉は、成長が著しい性質のようですね。」
自分たちとは違って、あの頃よりもずっと逞しくなった二人を眺めながら、鷹通がつぶやいた。
「あっ、泰明殿がいらっしゃったわ」
彼が姿を現したとたん、まっさきに千歳が泰明を見つけた。
駆け寄ろうとしたが、泰明の方からこちらに歩み寄って来る。
「皆到着したようだな。」
「でも、永泉さんがまだですよ」
こうして七人が揃っただけでも奇跡だが、八葉はひとり欠けていては意味がない。
「永泉は既に到着している。今、帝と謁見中だ。それが済めば、こちらにやって来るだろう。」
「じゃあ、もう少し待っていましょうか。」
友雅は千歳を抱え、あかねは文紀をそばに座らせ、春の夜風が漂う庇の下に腰を下ろす。
時折女房たちが入って来て、宴の為の料理や酒を用意して行った。
「どうした、詩紋」
向かい側に座っていた詩紋に、泰明が声を掛けた。
「あ、えっと…何か不思議だなあって。」
さっきから詩紋は、皆の顔をキョロキョロと見渡しながら、時折首を傾げている。
「…何で僕とイノリくんだけは成長してるのに、他のみんなは全然変わらないのか、それが不思議で。」
あれから五年以上経っているのに、友雅やあかねたちはもちろんのこと、鷹通、頼久、そして泰明も別れたときの記憶そのままだ。
天真は…どうだろう。
ずっと一緒にいるけれど、彼もまたそんなに変わった印象もない。
でも、時は間違いなく流れている。
彼らの間に生まれたこの子たちも、赤ん坊からこんなに成長している。
「それに関しては、私も調べてはいるのだが、まだ詳しいことは分からぬ。しかし、お師匠の言われることには、何かしら意味のある理が存在するからだろうとの事だ。特に心配することはないだろう。」
「まあ、それなら良いんですけどー」
これもまた、龍神の悪戯なのだろうか。
「お待たせ致しました。遅くなりまして……」
足取りと共に涼しげな数珠の音が響き、最後の一人がやや慌てた様子で到着した。
庭を眺めるため、庇の下に集まっていた面々からの視線が彼に集まる。
「永泉さん!」
「おー、久々だけど、あんま変わってねえなー、アンタも」
「天真殿…!そしてもしやこちらは…」
夜目にも艶やかな金色の髪を見て、彼もまた皆と同じように驚いた顔をする。
「そ。この髪と目の色見りゃわかるだろ?でっかくなっても、中身はまんま、あの詩紋だぜ?」
「ちょっとイノリくん!"あの"ってどういうことー!?」
これでも少しは男らしくなったんだからね、とイノリを小突くけれど、二人の姿は戯れ合う子猫の兄弟みたいなものだ。
「実際に目の当たりにされて、驚かれたでしょう。私たちも、突然彼らが現れた時には…夢を見ているのかと思いましたよ。」
永泉の隣に立った友雅が、静かにそう言った。
その顔を見上げてみる。詩紋たちの戯れ合いを眺める友雅の眼差しは、静かで、そして穏やかさを漂わせている。
以前の切なさは消えて、ただそこにある現実をそのまま受け止め、この不可思議な再会を見守っているかのように。
くいくいと下の方から、袖を引っ張る力があった。
見下ろしてみると、いつのまにか千歳がやって来ていて、懸命にこちらを見上げていた。
「あのね永泉様、今日は父様と兄様が笛をご披露されるの。私も琵琶を弾くことになっているの」
「そうでございますか。しばらくお二人の楽は聞いておりませんが、さぞかし腕を上げたのでしょうね。」
兄の帝から文紀の腕前は噂で聞いているが、なかなか表に顔を出さない千歳の琵琶の腕は、どうなのか分からない。
ただ、一年前の桜の宴の席で友雅と演奏したときの音は、齢四つにしては達者な腕前をしていて、皆感心していたほどだから期待出来るだろう。
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