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白雲の果て、春の雪
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| 第14話(4) |
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すっかり太陽が隠れた頃、友雅を乗せた車は家路へ向かっていた。
治部省に行き、鷹通と話した。
先日天真たちが彼の屋敷に訪れた際の話をすると、彼は申し訳なさそうに目を伏せて言った。
"勝手に打ち明けてしまって申しわけない"と。
だが、むしろ謝りたかったのは自分の方だ。
彼に余計な心配をかけてしまい、同時に、気遣ってくれたことを感謝したい想いの方が強かった。
しばらくすると、友雅の気が訪れたことを察したのか、泰明が自ら治部省へやって来た。
泰明にも、無駄な心配をかけてしまった。わざわざ、あかねのところへまで話をしに来たりして。
おそらくこれなら、永泉やイノリたちにも伝わっていることだろう。
自分一人のつまらない戸惑いから始まった、他愛もないものだったのに。
……恋をした時から、私はいつも迷ってばかりだ。
初めての感情に困惑したり、たった一人の笑顔だけで胸が熱くなる。
数多の女性がそこにいようと、彼女しか瞳が捕らえられなくなり、次第にその心が欲しくなる。
それでも、その笑顔とその姿と、そのぬくもりを手にした時、それまでの迷いはすべて消えてしまう。
ただ残るのは、言葉にできないほどの………至幸の想い。
今夜もまた、月の美しい夜だ。長い夜話をするには丁度良い。
どうでも良いような雑談でも、懐かしさが込み上げる昔話でも構わない。
最後の最後に…これまで抱いていたものをすべて、聞いてもらえればそれで良い。
+++++
その日の橘家の夕餉は、随分と賑やかなものになった。
何せ、天真たちが手土産に持って帰って来たものは、二十匹以上の沢蟹と七匹の魚。しかも大振りなものもある。
「それでねっ、兄様が竿をぐーっていっぱい引っ張られましたの。それを、天真殿がお手伝いして下さって、こーんな大きなのが釣れましたのっ!」
久しぶりの外出でテンションも上がった千歳が、食事もそっちのけで今日の出来事をはしゃぎながら話す。
「まあまあ千歳様、お食事が疎かになってしまわれてますわよ。楽しいお話も結構ですが、少し箸をおすすめ下さいませ。」
微笑みながらやんわりと、祥穂が千歳を促した。
一度は箸をつけて食事を再開したが、出された焼き魚をつまんでは、また話に戻って来る。
「このお魚、最初に兄様がお釣りになったものですの。兄様が竿を垂らしたら…」
あかねは祥穂と顔を見合わせて、苦笑いを浮かべる。
こうも楽しそうに何度も話されては、微笑ましくて止める気もなくなってしまいそうだ。
かと思っていると、今度は急に立ち上がって部屋の戸口へ駆けて行く。
「父様!おかえりなさいませっ!」
「ああ、ただいま。今日は起きてみたら、千歳の顔が見えなかったから、父様は寂しかったよ?」
「天真殿と詩紋殿が、川に連れて行って下さったの。兄様がいっぱいお魚釣ったのよ!お話、聞いて下さるっ!?」
「勿論だとも。釣った文紀の話も、一緒に聞かせてもらおうかな。」
飛びついて来た千歳を抱きかかえて、友雅は広間へと入って来た。
そして詩紋の隣に座ると、彼らの方を見て微笑みながら言う。
「今日一日、二人を楽しませてくれて感謝するよ、天真、詩紋。」
「ま、女の子もたまには良いだろ?親に似てお転婆姫だしな」
「ちょっと天真くん!それ、どういう事っ!?」
聞き捨てならない発言を耳にして、あかねが少しムッとしながら睨む。
「別にそんなこと構わないさ。明るくて元気で、素敵な姫君だよ、千歳は。」
友雅がそう答えると、千歳はニッコリと笑って父の肩に両腕を絡めて抱きついた。
「お食事に致しますか。それとも、お酒をご用意致しますか?」
祥穂が友雅に尋ねた。
「そうだな…せっかくだから、文紀たちの獲物を楽しませてもらおう。」
綺麗に調理された夕餉の品揃えは、なかなかのものだ。
子どもたちが用意したものなのだし、ゆっくり話でも聞きながら味わうのも良いだろう。
「では、すぐにご用意致しますわ」
そう言って祥穂が立ち上がると、続いてあかねもその場から腰を上げた。
羹を暖めて、碗に米をよそって…、本当なら一人で十分手の足りることなのだが。
「あかね、あとで酒を向こうに持って来てくれるかい?」
友雅の声に振り向くと、こちらに向いている天真たちの視線に気付いた。
「今日は、月見酒を楽しみたいと思ってね。久しぶりに君も一緒に。」
無邪気に友雅に寄り添う子ども達のそばで、天真と詩紋の目は何かを伝えたいようにも見えた。
その眼差しは暖かな力を持っていて、まるで背中を支えてくれているような、不思議な感覚。
「昼間は出掛けてて、夫婦水入らずで過ごせなかったんだろ?夜くらいはゆっくりくっついてろよ。」
「く、くっつくって…」
あかねの顔が赤く染まる。
困惑しながら、ちらりと視線を友雅の方へ向けると、彼はいつも通りの笑顔のままで、千歳を腕に抱きかかえている。
「さ、それじゃ二人からの献上物を、頂くことにしようかな。」
そう言って友雅は、千歳を下ろして隣に座らせた。…もちろん、詩紋の横に。
もたもたしているうちに、祥穂の手で友雅の食事の用意は済ませられ、碗や小鉢の整った高杯が運ばれて来た。
並べてある魚や碗の中身を、逐一説明する千歳や文紀の声に耳を傾けながら、友雅はそれらを口に入れる。
ほのぼのとした、暖かな家庭の風景。
眺めている天真たちや祥穂たちも、その姿を見て微笑みを浮かべている。
…鷹通さんと泰明さんに、何を話に行ったのか聞くタイミングが掴めなかった…。
というより、"おかえりなさい"も言いそびれちゃったな…。
一人だけ、何となくすっきり出来ない気持ちで、あかねは彼らの姿をぼうっと眺めていた。
大小の盃を二つ用意して、銚子には、半分程度の酒を注いだ。
この世界に住んで、何かと宴の席で酒を口にする機会も増えたが、まだまだほんの少ししか飲めない。
時々こんな風に、寝酒も兼ねて寝所に少し酒を用意するけれど、大概は友雅が飲むだけで、あかねはいつも形程度に舐める程度だ。
それらを小さな盆に乗せて、あかねが厨房から出て来ると、天真が文紀の手を、詩紋が千歳の手を引いて広間を出て行くところだった。
「あれ?みんなでどこにいくの?」
「どこにって…もう、こいつらを寝かせる時間だろ?」
ふと子どもたちに目をやると、二人ともぼんやりとした顔で目をこすっている。
「一日中走り回ってたから、疲れちゃったんじゃないかな。さっきから眠そうだったんだよ。」
「ってことで、俺らが寝かせてやるから。おまえは、話をしに部屋に行け。」
天真はそう言うと、顎の先でくいっと行き先を示す。
その先には-----西の対がある。
「んじゃな。頑張れよ、イ・ロ・イ・ロ・とな!」
妙な含み笑いをしつつも、彼がかけてくれた言葉は穏やかで、そして強い。
隣で笑ってくれている詩紋の瞳も、きらきらとしていて優しい。
「……ありがと。」
うつむいて、あかねはぽつりと答えた。
それに対して二人は返事はせずに、眠そうな子どもたちの手を引きながら、東の対へと消えて行った。
胸の奥が熱くなる。
そして、心臓がどきどきと…大きな音を立てて震え始めている。
西の対へ続く渡殿で一度立ち止まり、あかねは目を閉じて深く息を吸った。
今更、お互いに隠すようなこともないし、緊張することも何も無いけれど…でも。
はらりはらりと、夜桜が花びらを踊らせる。
天上から、少しぼやけた柔らかい色の月が、光を優しく降り注いでいる。
静かにゆっくりと----------夜は流れて行く。
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