白雲の果て、春の雪

 第12話(3)
「俺らは月の住人じゃねえし、おまえもそうだろ。例え、それくらい遠い異世界の人間だとしても、さ」
「………知ってたの…?」
あかねが問い掛けると、二人は顔を見合わせたあと、揃ってうなづいた。

「鷹通さんから、聞いたんだ。友雅さんが…そういう事で悩んでるって、僕ら全然知らなかったんだけど…」
ずっと世話してくれている祥穂でさえ、気付かなかったくらいだ。詩紋たちが感づくはずが無い。
あかね自身、夜が訪れるたびに彼が月を避けようとしたことがなければ、異変に気付かなかっただろう。
「ホントは友雅に、直接話すつもりだったんだけどさ、あいつ今夜は泊まりだって言うしさ。一応おまえにも、こっそり吹き込んでおいた方が良いと思ってたんだけど、…気付いてたんだな」
二人のすぐ後ろに座っていた天真が、麦湯を啜りながら話す。

「おかしいなって…思ってはいたの。私から、月を遠ざけようとしてる気がしたから…」
二人で月見を楽しむためにと、自ら設置した釣殿を疎ましく思うように、寝所の戸をすき間なく閉めて、それらからあかねを隠すように抱きすくめて。
いつもの彼とは違う、その理由が分からないまま、もどかしい時間が過ぎて。
「今日、泰明さんがここに来たの。それで……友雅さんがそういう風に悩んでるって、初めて分かったの…」

なよ竹のかぐや姫は、月に帰ってしまう。十五夜の夜に迎えに来た、同じ月の住人に連れられて。
----あかねは元々、京の人間ではない。生まれ育った世界が別に有る。
彼女は京に留まり、自分と結ばれて子を生して数年の年月が流れた。
そこに何の前触れも無く現れた、彼女と同じ世界で生まれ育った天真と詩紋。
もしも彼女がかぐや姫であったとしたら………彼らが再び訪れたその理由は?

「まさか、友雅さんがそんなこと考えてるなんて思わなくて…。」
「しょうがねえって。単なる、悪い偶然にぶち当たっちまっただけだ。それが、生憎友雅の琴線に触れちまったんだよ。」
ただ、運が悪かっただけ。
本当は何も変わらないのに、それを曇らせる偶然に惑わされて、真実を見失っているだけのこと。
「どこかで友雅さんは、そういう気持ちをずっと抱いてたんだと思う。でも、今までそれを思い出さなかったのは、幸せだったからだよ。」
詩紋はあかねの隣に腰を下ろし、彼女が見ている池を共に眺めた。
寄り添うほど近くにいる人の気配は、その存在だけで何となく暖かい。
抱きしめてくれる人とは違う感触だけど、優しさはどこか似ている気がする。
「友雅さん幸せだったんだよ、あかねちゃんと一緒になって。あかねちゃんが…友雅さんを幸せにしたんだよ。」
「それは私の方だってば…。前にも言ったじゃない。」
詩紋は、くすりと笑った。
「だから、二人とも幸せなんだよ。あかねちゃんも友雅さんも、同じ気持ちを持ってる。それが、あかねちゃんたちの幸せの理由でしょ?」

天真はゆっくりと立ち上がり、庭に続く高欄を数段降りて、あかねの足元で腰を下ろした。
昼間散った桜の花びらが、地面を覆うように広がっている。
こんなに暗くなった夜でも、その色は目に鮮やかに映る。
昼夜問わず、この屋敷は春の景色に包まれている。
暖かく、優しく、穏やかな……そんな世界がここにはある。
「確かに俺らはさ、何でまたここに転がり落ちて来たかわかんねえけど…おまえらの生活を壊すつもりはないし。そこんところは安心しとけ。」
振り返った天真がそう言うと、詩紋の手がそっとあかねの背中に触れた。
「もし、そんな理由があってのことでも、その時は僕らも龍神に納得してもらうように頑張るし。だから、あかねちゃんたちは心配しないで。」
肩に置かれた詩紋の手は、昔よりずっと大きかった。
でも、横から覗き込む詩紋の顔は、間近で見るとあの頃と全然変わっていない。
身長が伸びて、少し精悍になったかなと思ったが、透き通った瞳の輝きと柔らかい表情は、別れた時のまま今も優しい。

「いろいろ…ごめんね。余計な心配させちゃったね…」
「ううん、こっちこそ気にしないで。急にこんなことになったんだもの、驚くのは当たり前だし。」
「ま、俺らも驚いたけどもさ」
三人の笑い声が、緩やかな夜の風に乗ってふわりと溶けた。
昔のように、学校帰りや放課後に三人で、こうしていろんなことを話したり、はしゃぎまわたりしていたのを思い出す。
そばにいるのは、変わらない彼ら。
だけど、今はもう別の世界の人たち。そして、それぞれに生きる場所がある。
自分の生きる場所で、いつだって幸せに向かって歩いている。

「友雅にも、あとでちゃんと言っといてやるから、おまえらはおまえららしく、イチャイチャしてろ。そーいうのが一番似合ってるって。」
「また、そういう言い方するっ!!」
照れ隠しであかねが、天真の背中を思いっきり叩いた。
彼は笑いながら転げる振りをして、庭へと降り立つ。それを詩紋が無邪気に笑いながら眺める。
何年過ぎようと、住む場所が違おうと、大切なものはいつも変わらない。

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朝日が昇り始め、空が明るくなって来ていた。
「今宵は珍しいものを頂いて、楽しい宿直を過ごさせてもらいましたぞ。」
「奥方殿と撫子姫にも、よろしく礼を申して下され。非常に良い味でございました、とな。」
大臣たちは席を立つ間際に、友雅にそう言ってその場を後にした。
彼らにとっては、未知の食べ物である料理や菓子の数々。
その見た目や舌触りにも驚いた様子だったが、味は意外にも美味であり、何よりそれらを友雅の妻であるあかねと、まだ齢五つほどの愛娘が作ったというのだから、驚きの連続だったのだろう。

京という世界しか知らない者には、知る由もないものばかり。
すべてそれらは、彼女が別の世界の習慣を知っているからこそ、成り立つもの。
「今更、そんなことを気にしても、仕方ないのだけどね…」
最後に一人取り残された友雅は、そんな言葉をつぶやいて席を立った。
うっすらと空の闇が晴れて、青い色が見えてくる。
今日もまた、春爛漫の暖かな一日になりそうだ。



外は白々と明けて来ていると言えど、まだ人々が動き出すには早い時間。
帰り道の四条大路にも人影は殆どなく、屋敷への道すがらも静かなまま。
車から降りて門をくぐり、入口に足を踏み入れても、迎えに出てくれる者はいない。宿直の時は、いつもそうだ。
そっと足音を忍ばせ、友雅は西の対にある寝所へと向かった。
まだ、あかねは眠っているだろう。
今日は宿直明けの休み。
彼女の隣に寄り添って、しばらくゆっくり休むつもりだった。

戸を開けると、部屋の中は思った以上に明るかった。
燈台が点いたままなのだろうか…と思ったが、見渡してみると戸が少し開いているせいで、外からの光が部屋に入り込んでいたからだった。
月が綺麗な夜は、こんな風に月明かりを部屋に照らしながら眠っていたものだ。
そんなことを思い出しながら、友雅は床間を遮る几帳をめくった。

………!?

友雅は咄嗟に釣殿へつながる戸を、勢い良く開けた。
朝日に浮き上がる春の庭が、目の前に桜の花と共に広がっている。
慌てて辺りを見渡したけれど、そこには探している人の姿は無かった。

おそるおそる振り返り、もう一度確かめる。
用意されている、いつもの寝床。
二人で眠るためのその場所に、彼女の姿はなかった。

嫌なことが思い浮かんだ。
…まさか、そんなことがあるわけがない。
開かれていた戸から、差し込む朝日。
これが夜であったなら…差し込むのは月明かり。
嘘だろう?まさか…本当にそんな。
やっと心が持ち直して来たというのに、それが現実になるなんてこと…。

身震いがした。
いてもたってもいられず、友雅は部屋を出て行こうと入口を見る。
きっともう既に起きていて、どこかにいるんだ。そう、例えば厨房とかで、朝餉の支度をしているのかもしれない。
一抹の期待を抱きつつも、不安は遠慮なく心の中を支配して行く。

廊下に出ようと戸に手をかけた瞬間、それは外側から力を伴って、ゆっくりと開かれた。
「おう、宿直のお勤め、お疲れさん。」
目の前にいたのは、地の青龍である彼だった。




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Megumi,Ka

suga