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白雲の果て、春の雪
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| 第12話(2) |
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子どもたちを寝かしつけたあかねは、彼らの部屋を出ると、西の対にある自分たちの寝室へと向かった。
今夜は友雅が宿直であるから、朝までずっと一人だ。
週に2回ほど、こんな夜がある。
大将になる前はもっと回数も多かったし、もう慣れっこだった。
でも、今日は何だか心細い。
彼のところへ嫁いで、初めて経験した独り寝の夜を思い出す。
心細くて、朝までずっと眠れなかった、あの頃みたいだ。
単なる夜警なら、数時間で彼は仕事を終えて帰って来る。
朝が明けるまでの間、寄り添う腕から伝わるぬくもりや、胸に耳を当てた時に聞こえる彼の鼓動。
一人じゃない、彼がここにいる。
そう確かめられることにホッとして、心地良い眠りへと誘ってくれる。
あかねは渡殿で、ふと足を止めた。
天上の月が映り込んでいる池を、ぼんやりと眺める。
……夜遅くまで、月を二人で眺めたりもしたっけ。
西の対にある部屋を寝所に決めたとき、わざわざ釣殿を造り付けた。
部屋の蔀と障子を開けると、テラスのように広がる釣殿へと出られる。
それは、眠りに着く前に、二人だけで月を楽しむためだけの、特別な場所。
睡魔が襲って来るまで、ずっといろいろな話をしたり、時々こっそり彼にお酒を用意してあげたりして。
家族みんなで庭に降りて、月を眺めながら庭を散策するのも楽しいけれど、釣殿での観月は二人だけの時間。
そんな風に過ごす夜が、とても好きだった。
「よ。チビどもは、もう寝たのか?」
薄暗い廊下の向こうに、天真と詩紋の姿が見えた。
「うん。今寝かせたところだよ。二人とも今日はドタバタしたから、すぐに眠っちゃった。」
千歳はあかねの料理を手伝って、あちこち忙しく歩き回っていたし。
文紀は笛を習いに行ったかと思ったら、帝の前で演奏することになっちゃたりして、さぞかし精神的にも疲れたんだろう。
「じゃ、少し話でもしねえか?まだ寝るには早いだろ?」
「そうだね…今夜はなかなか寝つけそうにないし…」
あかねがつぶやくように言うと、こつんと天真が肘で腕を突いた。
「添い寝してくれるヤツがいないと、心細くて寝られないってか?」
「なっ…何言ってんのよ!!別に…友雅さんが宿直でいないのはしょっちゅうだし…別に…」
普段なら気にならないのだけれど。
「少しゆっくりお話しようよ。今夜は、ほら…月も綺麗だし。」
詩紋が見上げた空には、月が柔らかな光を放って浮かんでいる。
「いろいろ…あかねちゃんと話したいことがあるんだ。今日、イノリくんと会ったときの事とか…」
「…そっか。じゃあ、ちょっと待ってて。何か飲み物でも用意してくるから。」
そう言ってあかねは一人、厨房へと向かった。
彼女の後ろ姿が遠くなるのを眺めながら、天真たちはお互いに目配せを交わした。
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「それでね、イノリくんの仕事場も見せてもらったんだよ。凄いんだ、こんな大きな刀から、小さい刃物とかまでいっぱいあって。」
「うちのハサミとか包丁も、イノリくんに任せてるの。綺麗に磨いでくれるから、すごく切れ味も良くて助かってるのよ。」
「結構名前が知られて来てるって。凄いよねえ」
イノリの話をし始めた詩紋は、生き生きと今日見て来たことを話し始めた。
再会したときの嬉しさや驚きと、お互いに夢に向かって歩いている現実。
ゴールはまだまだ遠いけれど、辛いこともたくさんあるけれど、成功したときの達成感と満足感があるから、先に進む事が出来る。
別の世界で生きていても、同じようにそう思いながら歩き続けていることが、何となく詩紋は嬉しかったのだ。
「で、イノリと鷹通に話を聞いて来たぜ。都合が良さそうなのは、来週の月曜辺りだってさ。」
「月曜日かあ。私たちは平気だし、友雅さんはその日は宿直もないし…。あとで他の人たちにも聞いてもらうね。」
天真たちがまだ会っていないのは…泰明と永泉か。
詩紋はまだ、頼久にも会っていないはず。そして、藤姫とも。
久しぶりに、あの面々が全て揃うなんて夢みたいだ。
ここに残ると決めて、神泉苑から天真たちを見送ったとき、もう二度と彼らとは会う事は無いと思っていたのに、こうして再び顔を会わせることになるとは。
その理由は……分からないけれど。
麦湯を注いだ碗の中に、月明かりが降り注ぐ。空には星も輝いている。
「そういや鷹通のところに行ったらさ、あいつのそばに若い娘が着いててさ。俺、ちょっと勘ぐっちまったよ。」
「えっ?それってもしかして…鷹通さんの!?」
あかねはすぐに、その話題に食いついて来た。が、期待したような答えではないと分かると、がっかりしたように溜息をついた。
「なんだぁ…。鷹通さんに良いお話がついに!って思ったのにな。」
「まだまだ一人前には、程遠いってさ。」
「十分もう立派なのにねえ…。謙遜しすぎなのよねえ、鷹通さん。」
まるで親戚のオバさんみたいな口振りで、あかねが呆れたように言ったのが何だかおかしかった。
昔は鷹通に頼ることもあったのに、今じゃ彼の将来を心配することになるとは。
もちろんそれは、同じ白虎である友雅につられて、のことなのだろうけど。
「でもさ、あいつ言ってたぜ。"良い縁は遅くなってから訪れるかもしれないから、早まる必要も無い"って。」
「そんなこと言ってたの〜?」
天真はくすくす笑いながら、あかねの顔を見て話を続ける。
「感化されたんだろ。間近でハッピー満喫してる奴らを見てたら、そう思うようになっても仕方ねえんじゃん?。鷹通が晩婚になったら、おまえらのせいだぞ?」
「ちょ、ちょっと!そんなこと言われてもっ…」
八重桜のような色に頬を染めて、慌てるあかねを天真はからかいながら笑う。
その隣で、詩紋は二人のやり取りを眺めながら、静かに微笑んでいた。
「鷹通さんの気持ち、僕も分かる気がするよ。あかねちゃんたち見てたら、そういうのもあるかもなって考えちゃうかも。」
「し、詩紋くんまでっ!」
あかねにとっては、早すぎるほどの結婚だったが、友雅にとっては遅い春だった。
けれど、どちらが良いかなんてことは、誰にも予想できない。
「羨ましくなっちゃうよ、本当に。友雅さんは優しい旦那様でお父さんで、千歳ちゃんたちは可愛くて。僕らも見てて幸せになるもの。」
幸せ…か。確かに私は幸せだ、とあかねは思った。
嫁いだ彼の家柄は、貴族と言えどそれほど高貴なわけではない。
だが、彼自身も身分や階級にこだわらない性格だし、そのせいで堅苦しい空気は一切ここにはない。
それでも、これまでの功績を認められて大将を任され、数多い殿上人の中でも、彼ほど帝の信頼を得ている者はいないだろう。
おかげで帝には有り余るほど目をかけてもらい、不自由することもない穏やかな生活が続く。
子どもたちはすくすくと、元気で素直に成長していく。
それを見守りながら、隣で手を握ってくれる彼がいる。
「……幸せなんだろ?」
天真が、尋ねるようにあかねに言った。
「…うん。」
今、ここに彼はいないけれど…幸せを与えてくれた彼が一緒に歩いてくれるから、迷わずにそう答えられるのだ。
「そーいう幸せ家族を引き離すようなことは、俺らはしねえよ。」
あかねが顔を上げると、そこには天真と詩紋の微笑みがあった。
「友雅に恨まれるようなことは、したくねえしな。あいつに恨まれたら、おまえにまで恨まれそうだ。」
急に何を言うのかと思ったら……。
もしかして、二人は…あの事を知っている?
頭上から降り注ぐ月明かりを、何より恐れていた彼の想いを。
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