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白雲の果て、春の雪
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| 第12話(1) |
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すっかり辺りは暗くなりかけていた頃、一台の牛車は四条通りをゆっくりと進んでいた。
既に外を歩く人影は少なく、時折同じように燈籠を掲げた牛車とすれ違うこともあったが、それ以外は静かな夜の町だ。
時間はおそらく、まだ7時頃なのだろう。
向こうの世界ならば、こんな時間じゃ人の波も途切れることなどないのに…。
世界が違うのだな、と小窓から外を眺めていた詩紋は思った。
「詩紋、分かってるよな」
向かい側に座っていた天真が、ようやく口を開いた。
鷹通の屋敷からイノリの住居に移動すると、それまでのことなどすっかり忘れて、久し振りに再会した朱雀同士は大いに盛り上がった。
ずっと気に掛けていたから、お互いに同じ目線で身長も伸びて大人びた姿に、思わず驚いたり喜んだり。
でも、それもつかの間。
話しているうちに、避けきれなかった話題へ移ったあと、その場の空気は一気にトーンダウンした。
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「あいつがそんなこと考えてるなんて…思っても見なかったぜ。」
「僕らも、鷹通さんに言われなかったら分かんなかったよ。だって、いつも普通と変わらなかったもの。」
でも、それは彼がわざと平常心を装って、無理してそう見せかけていたのだろう。
「あかねが…そんなこと考えるわけ、ないよな!?」
イノリは咄嗟に、二人の顔を何度も見た。
自分はそう信じているけれど、他人はどうなのか……と、別の意見が聞きたかったからだ。
「直接あかねちゃんには聞いてないけど…僕も絶対、違うって信じてる。」
詩紋が断言してくれて、イノリはホッとした。
そう考えていたのは自分だけなのか、と思って不安だったが、彼がうなずいてくれたことで味方が増えた気がして。
そして天真の方をもう一度見ると、彼もまた頭を掻きながらイノリを見て言った。
「今のあかねには、あいつと子どもらがすべてだろ。そんなこと、絶対に思うはずはねえよ。」
「そう、だよな!有りっこないよな!」
天真からの答えを聞いて、更にイノリの顔は晴れやかになった。
誰だって、そう思ってる。
二人が、相手から離れようとなんて思うはずがないと、そう信じてる。
何せイノリは、あかねたちが結ばれた時からずっと、彼らのことを間近で見ていたのだから。
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「鷹通もイノリも、みんなあいつらのこと信じてる。俺らも……だよな?」
詩紋は天真が確認するような言葉に、黙っていたがしっかりと迷わず頷いた 。
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「二人とも、随分とゆっくりだったね。どうしたんだろうって、ちょっと心配してたんだよ?。」
「悪い悪い。詩紋がイノリと盛り上がっちゃってさあ。俺も付き合ってたら、つい時間忘れちゃってさ」
屋敷に戻ると、あかねが千歳を連れて入口まで出迎えに来た。
「もう夕飯も済んじゃったけど、二人の分は残してあるから、暖め終わるまで少し待っててね。」
「はあ、助かった。食いっぱぐれたら、どうするかと思ったぜえ〜」
廊下を歩きながら、笑い声が続く。夜も更けているが、灯籠と月の明かりで庭はぼんやりと明るい。
ひらりと桜の花が闇に舞い、静かな池の水面に点々と模様を作る。
優美な光景というのは、こんな景色を言うのだろう。
「おや、ようやくご帰還かい?」
居間に入ってきた天真たちを迎え出たのは、文紀を膝に乗せて振り向いた友雅の声だった。
小さな指先で笛穴を押さえる文紀を、後ろから手ほどきしている。
微笑ましい姿だ。
「おおかた、鷹通のところにいるよりも、イノリと会ってからの方が長かったんじゃないのかな?」
「すいません…つい」
詩紋は申し訳なさそうに、軽く頭を下げた。
「良いさ。今の京は夜でもさほど物騒ではないし、天地の朱雀が揃えば話も弾むよ。楽しかったかい?」
「はい。久しぶりに会えて、本当に嬉しかったです。イノリくんも立派になっちゃってて…。」
「イノリもきっと、同じように思っているよ。二人とも、本当に凛々しくなったからね。」
改めて友雅にそんなことを言われると、何だか詩紋は気恥ずかしくなった。
「さて。それじゃ私はそろそろ出掛けるよ。」
文紀を膝から下ろした友雅は、ゆっくりと立ち上がって衣と扇を手に取った。
「これから夜勤か?」
「いや、今日は宿直の日だから、朝まで戻らないんだ。来客に頼むのは申し訳ないんだが…今夜はあかね達のことをよろしく頼むよ。」
「そっか。分かった、まかしとけ。」
天真が返事をしたあとで、友雅は入口へと向かった。
そんな彼のあとを、あかねと共に見送りに着いて行く子供たちの足音は、何とも愛らしくて笑みが浮かぶ。
「友雅さん、今夜は泊まりなんだ…。これじゃ、今日は話が出来そうにないな…」
「ん、しょうがないだろ。あいつも今じゃ、仕事をほっぽり出せないキャリア持ちだしな。」
鷹通やイノリと話をしたあと、天真たちはずっとひとつの決心をして、ここへ戻って来た。
自分たちがここにやって来た理由は、正確には分からない。
友雅が恐れているような意味があるのか、それもはっきりとは否定できない。
だが、例えそれが理由であったとしても、自分たちは二人を引き裂くつもりはないと。
あかねを連れて帰るつもりはない。
彼女は、そんなことを望んでいるはずがないから、と、友雅に言ってやりたかったのだが。
「取り敢えず、友雅の方はあとにして…先にあかねの方を、どうにかしようぜ。」
「う…うん…」
片方だけが解決していても、どうにもならない。二人の問題なのだから、互いの心の確認が必要だ。
ふとした事から、友雅の異変にあかねが気付かないとも限らない。
だが、きっと彼はそれを隠し続けるだろう。あかねに、元の世界へ帰るという選択があることを、気付かせないために。
そこから二人の心に透き間が出来たら……。
想いが深いだけに生じる戸惑いが、皮肉な結果にならぬように。
天真たちはそれとなく、友雅のことをあかねに打ち明けるつもりでいた。
「父上、お気を付けていってらっしゃいませ。」
「お勤め頑張って下さいませね。」
二人が交互に友雅に挨拶を言うと、揃ってくるりと背を向けた。
あかねの隣にいた千歳が、ちらっと母の顔を見上げる。
言葉もアクションも起こさないが、つまり"次は母様のご挨拶の番よ"と言っているつもりなのだ。
子ども達の様子を先に察した友雅は、込み上げる笑いを抑えながらあかねの肩を引き寄せた。
「じゃ、行って来るよ。戸締まりはくれぐれも、気を付けるようにね。」
「…はい、わかりました。」
---------月の明かりが差し込まないように、しっかりと戸を全部閉めておくように。
昨日のように、そう言うのかと思っていた。
が、そんな言葉は友雅の口からは出てこずに、そのままあかねの唇を塞いだ。
「それじゃあ、ね。天真たちにも言っておいたけれど、何かあったら彼らに言うようにね。」
「あ、はい…。」
後ろを向いたままの千歳と文紀の頭を、そっと撫でて友雅は外に停まっている車へと向かった。
「母様?どう致しましたの?」
くいくいと、あかねの袿の袖を千歳が引っ張った。
「え?なんでも…ないわよ。」
何でもないのだけれど、何だろう…?
あんなに月明かりにこだわっていた友雅が、今日は何一つそれに触れないなんて。
外には綺麗な檸檬色の月が、夜空を明るく照らしている。
気付かないはずはないのに。
彼が気にする必要はないのだけれど、あんなにこだわっていたからこそ、何にも反応がないのが妙に不思議な気がした。
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