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白雲の果て、春の雪
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| 第10話(2) |
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「お二人は…本当にお強い方ですね」
鷹通はそっと目を伏せると、静かな口調でそう告げた。
友雅から話を聞いたあと、自分は彼の切なさに感情移入して、同じように胸を痛めながら悩むだけしかなくて。
現実的に、その解決策を見つけるために、足を踏み出せないままだった。
今も、彼らから『打ち明けてくれ』と頼まれなかったら、やはり口を閉ざしていただろう。
そのままにしていても、現状は変わらないままだというのを知りながら。
だが、彼らは……迷わずに答えた。
例えそんな意味があって、自分たちが再びこの世界にやって来たとしても、二人を引き離すつもりはないと。
それが龍神からの使命であろうと、目の前の幸せを崩壊することになるのなら、その役目を放棄する、と。
はっきりと、そう言える彼らの心の強さが、鷹通には羨ましかった。
「私は…友雅殿が抱かれている想いが、痛々しいほどで…それに対して哀れむしか出来ませんでした。そして、もしもお二人が本当にそんな役目を持って、来られたら…と不安に思うだけで何も出来なかった。情けない限りです。」
「そんなことないですよ。鷹通さんは友雅さんと同じ白虎の立場だから、それだけ敏感になっていただけですよ。」
近い立場だから、遠慮してしまうこともある。
傷に触れようとしても、その痛みが自分にも分かってしまうから。
「教えてくれて、ありがとうございます。」
ぺこり、と詩紋は頭を下げた。
あの頃のように純粋なまま、彼は一段と強く成長している。
金色の髪にも負けないほどに、輝きながら。
「ま、あとは俺らが引き受けるからさ。鷹通も、あんまり考え込むなよ?」
顔を上げると、目の前にいた天真は足を崩し、用意した水菓子を遠慮なくほおばっている。
「俺と詩紋とで、それとなくあいつらを気付かせてやるよ。このままじゃ、どうにもならねえし。」
それに、友雅がいつまでも自分たちに対して、恐れを抱かれてちゃ困っちまうし、と声を上げて天真は笑った。
八葉の存在は、神子を護るためのものだった。
それならば、神子である彼女の幸せを護ることも、役目のひとつなのではないだろうか。
彼女が幸せであるためには、友雅が迷いなく彼女を愛せる空気を作ってやることも、そうだろう。
「私も、戸惑ってばかりではいけませんね」
鷹通は笑った。
そうだ。自分もまた八葉の一人。
彼女を----彼女を愛する人の背中を叩く命を持っているのだから。
+++++
楽所に文紀を預けて、友雅は清涼殿へと向かっていた。
週に一度、彼が文紀を連れて内裏にやって来る事は既に承知の事で、頃合いを見てこちらへ来るように、帝から声がかかったからだ。
時折、何人かの女房達に声を掛けられた。
が、以前のように艶やかな誘いなどは皆無で、彼が連れて来ている子供たちの事ばかりが話題の種だ。
「若様の笛の音は、雅やかさを増しておられるとのお噂。是非、次の宴にはその音をお聞かせ頂きたいものですわ。」
「困ったね。そこまで期待されると、親の私まで恐縮してしまうよ。」
そう答えながらも、我が子たちが賛辞を受けるのは悪い気がせず、こういう時に自分は"親なのだな"と我に返る。
子どもたちが、日に日に成長して行くのを眺めるのは、幸せなことだ。
彼らの中には自分の命と、愛した彼女の命が埋め込まれている。
我が身の半身であり、彼女の半身でもある、この世で何よりも大切な命だ。
どんな時でも、健やかで幸福であるように祈りながら、愛情の全てを栄養として注いでやるけれど…それは自分ひとりでは出来ない。
二人が生み出した命は、二人の愛情こそが何より必要であるだろうから----どちらかが欠けてはならない。
私だけじゃなく、あの子たちにも彼女は必要不可欠だ。
それなのに、彼女を引き離すつもりかい?
彼らを愛することが、彼女にも幸せであるはずなのに、それでも……。
宛ての無い、聞こえるはずもない誰かに、友雅は心の中から問い掛ける。
胸の奥に響き続ける、痛みと切なさを抱えたまま。
「まあ…!それならば何故、若様も連れて来られなかったの?」
清涼殿に着くと、友雅は中に通されることなく、そのまま飛香舎へと連れられた。
辿り着いたそこには、藤壷の主である中宮と藤姫、そして帝の姿もあった。
今日は左近衛府の仕事ではなく、文紀を楽所に連れて来るための同伴役だと話すと、中宮は身を乗り出す。
「ようやく御会い出来ると思ったのに。私だけずっと仲間はずれのようで、つまらないですわ」
「急にこんなところへ連れて来られては、文紀殿も緊張してしまって可哀想だよ、中宮。」
「主上は、何度も御会いになっているから、そんな風におっしゃることが出来ますのよっ」
拗ねている中宮を宥めている帝を、藤姫は苦笑しながら眺めている。
ここは大内裏の中で、一番和やかな空気が流れているところだ。
一国の主である帝までもが、無邪気な姫君を相手に柔和な表情を浮かべる。
「決めましたわ。今日は私、お二人のお見送りに伺います。」
「姉上様、それは少々ご無理なことじゃありません?」
「ちょっとくらい、良いじゃないの、藤。少しお顔を拝見させて頂くだけよ」
困った顔をして、藤姫はちらりと友雅を見た。
その合図は、いわば助け舟を願う視線。
「中宮様のお願いとあれば、お断りする訳には行きませんね。後ほど、こちらに連れて参りましょう。」
「まあ、それ本当?」
晴れやかな中宮の顔が、友雅へと向けられる。
「何分、まだ幼い身ですから、粗雑な振舞いを働いてしまうかもしれませんが…」
そう友雅が言うと、横から帝が口を挟んだ。
「文紀殿なら、そのようなことはないだろう。同じ年頃の御子と比べて、聡明でとてもしっかりした若君だよ。」
「ええ。文紀様は幼いころから勉強熱心で、とても真面目にたくさんのことを学ばれてらして。」
だから宮中の者は皆、彼をひと目でいいから見たくて、うずうずしているのだよ、と帝は笑った。
「賞賛のお言葉を頂くのは、親として光栄でございますが…そのようなお話で、こちらに私を御呼び下さったのですか?」
友雅が話題の転換を切り出すと、それまでの穏やかな空気が、少し静まったような気がした。
帝が子どもたちの事を聞きたがるのは、いつものことだ。
しかし、わざわざ中宮や藤姫を交えての場に呼ぶというのは、今までにない。
「そなたのことで、少し気になる話を耳にしたのでな…」
静かな口振りで、帝が答える。
決してそれは、穏やかな話題ではないことが、その口調で分かる。
「友雅…真実というものは、信じる者の言葉の中にあるものかも知れぬぞ?。」
指先で持て余していた扇を畳み、帝は友雅の顔を見た。
それと共に、中宮と藤姫の視線もまた、彼の方へと傾いている。
「自分一人で考えていると、余計なことまで思い浮かべてしまうものだよ。そのうち、真実から全く正反対のことにばかり捕らわれてしまったり…とな。」
「主上?」
それきり、帝は口を閉ざした。
それに続く者はおらず、静寂に似た薄い春の風だけが、わずかに音を立てる。
はらはらとはためく緑。
まだ、花を咲かせない藤の垂れが揺れていた。
何を言いたいのか、何を告げようとしているのか、友雅は気付いた。
黙っている藤姫と中宮に、あの時ついこぼしてしまったから、そこからおのずと帝の耳にも入ったのだろう。
どうにもならない不安。
不確かなものなのに、悪い方向を確信してしまう自分の心。
「友雅…そなたの奥方が、他の者とは違う特別な生い立ちを持っていることは、私達も承知している。だが、だからと言って彼女が、そなたから離れてしまうと、何故そう考える?」
-------そんなこと、考えたくもない。
考えたくないのだ。彼女が目の前から消えるなんてこと。
でも、一度焼き付いてしまったものは、なかなか削除できない。
「そんな顔をしていては、奥方も子供たちも変に思うぞ?父であるそなたが、彼らを不安にさせてはいかんな」
「そうですね。これでは、父親失格と言われても仕方がないかもしれませんね。」
静かに友雅は、笑みを浮かべて答える。
だが、その微笑みはどこか、寂しげに見えた。
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