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白雲の果て、春の雪
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| 第9話(1) |
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「じゃ、鷹通にもよろしく言っておいておくれ。」
用意された車に乗り込んだ天真と詩紋に、友雅はそう言伝を頼んだ。
鷹通の屋敷くらい、ここから十分歩いて行ける距離なのに…と二人は遠慮したが、後々装束を持ち帰ったりと荷物も多くなるだろうから、と言われて、仕方なく車で出掛けることにした。
以前は何度か移動に使った牛車も、今ではどこか緊張してしまう。
何せ現代で、こんなものに乗る機会なんてものは、皆無に等しいのだから当然だ。
「さて。それじゃ文紀も、今日は父様と一緒にお出掛けだ。」
見送りに出て来ていた、文紀の小さな手を握りしめて友雅は見下ろす。
これから左近衛府に向かうのだが、今日は文紀も連れて行く日だ。
左近衛府の府生に優れた笛の楽人がおり、彼に習うため楽所へ行くのが週に一度の今日である。
「昨日いっぱい練習したんだけれど…大丈夫かなあ…」
課題曲の仕上がりに、いまいち不安が残っている文紀を、友雅は優しく撫でながら言った。
「あまり緊張しないことが、成功する秘訣だよ?頑張っておいで。」
戸惑いながらも、いざとなると意外に良い音を出すものだから、父としてあまり心配はしていない。
それだけやる気があれば、更に力は伸びて来るだろう。
「ねえ、祥穂さん…」
もう一台の車に、文紀を乗せようとしている友雅の背中を見ながら、あかねは隣にいる祥穂に声を掛けた。
「何でしょう?」
「あのね…祥穂さんから見て、最近の友雅さんて、どう思います?」
急にそんなことを言い出したあかねを、祥穂は不思議そうに覗き込む。
「どう、と申されましても…いつも通り。あのように文紀様には甲斐甲斐しく、千歳様には愛情を持って慈しまれて下さっていると思いますが?」
「うん…まあ、あの子たちに対しては、そうなんだけど……」
子供たちに対して、ではないということは、天真たちに対してのことか?
だが、共に酒や食事を摂るときも、賑やかで楽しそうに見えるし、特に問題はないと思うが……。
「では、行って来るよ。留守の間、あかねと千歳をよろしく頼むよ、祥穂殿」
「あ、はい…いってらっしゃいませ」
慌てて祥穂は友雅に応えた。
隣にいるあかねは、屋敷から離れて行く車が見えなくなるまで、じっとその場で立ち尽くしていた。
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きっちりと整えられた庭の景色は、まさにそこに住む家人の性格を表していると言って良い。
ここに住む者の名を聞けば、誰もが納得するだろう。そんな気がする。
「お話には伺っておりましたが…本当に、こうしてお二人と再び逢う日が来ようとは、思いませんでした。」
「まあな。俺らもホント、未だにびっくりしてるところだぜ?」
向かいに座っている鷹通は、あの頃のように優しく誠実な笑みを浮かべて、二人を屋敷へと招き入れてくれた。
友雅、頼久、そして鷹通と再会したわけだが、やはり皆の面影は以前と全く変わっていない。
少なくとも5年以上は時が流れているというのに。
詩紋やイノリは、着実に背も伸びて成長しているのに、どうしてこうも彼らは変わらないんだろう。
「何はともあれ、私の装束で合うものがありましたら、どうぞ遠慮なく御持ち下さい。今の詩紋殿なら、身の丈も合うかと思いますし。」
「は、はい。お言葉に甘えさせて頂きますっ!」
何年もの間会っていないせいなのか、それとも少し成長した自分が照れくさいのか。
緊張感を伴いながら、詩紋は鷹通に礼を言った。
「本当に束帯ではなくても、宜しいのでしょうか…。仮にも、仁寿殿に上がるうえに、中宮様や主上にも御会いするかも知れないのですよ?」
「良いんじゃねえ?元は内輪の宴だし、その点はあっちも了解済みらしいしさ。」
「友雅さんも、あまりかしこまった格好じゃなくて良いって、そう言っていたんで大丈夫だと思います…」
帝直々に言われたのなら、問題は特にないのだろうけれど、非礼ではないかと鷹通は少し気がかりだった。
「かえって、おまえだけ正装してたら浮くぜ?ここはひとまず、友雅の言葉を信じとけよ。」
もしも、恥をかいたら…はあいつに責任持ってもらえ、と天真は朗らかに笑った。
「まあ…友雅殿は奏聞が通られる御方ですから、大丈夫かとは思いますが…」
長い付き合いが功を奏しているのか、彼ほど帝に近い場所で言葉を交わせるものはいない。
更に彼の子供たちのこともあり、他の大臣などそっちのけで友雅と雑談に耽ることも茶飯事。はた目から見ても、羨ましい限りだ。
「では、お二人ともこちらの衣冠で宜しいのですね?」
数着並べられた衣冠を合わせてみた結果、二人とも青と緑系のものを選んだ。
すると、鷹通の後ろにいた若い女性が、詩紋の選んだ落ち着きのある緑の衣を見て言った。
「詩紋殿は御髪が華やかでいらっしゃいますから、もう少し明るめの色でもお似合いかと思いますが。」
「え?でも…あまり派手なのは苦手なんで…」
控えめな性格は変わらないのだな、と鷹通は微笑んで詩紋に言うと、彼は詩紋の意志を尊重して、そのまま選んだ装束を持ち運び出来るように、と彼女に伝えた。
「なあ鷹通…あの人ってさあ…」
彼女が姿を消してから、天真は少し声を潜めて鷹通に話しかけた。
「うちの侍女が、何か?」
「…侍女、なのか?ホントに…その、そーいう相手ってわけじゃねえの?」
天真が言う"そういう相手"とは、どういう人を指しているのか。
何となく感づいた鷹通は、軽やかに笑って答える。
「まさか。侍女の中では年も若い方ですので、色々とまだ修行の身というか…。」
「そうなのか?だって、何だか…おまえ専門に付き合ってるみたいな感じだったからさぁ」
「ですから、まだ色々と修行が必要なところなのですよ。なので、主の父に就く前に、私の世話をしながらあれこれと学んでいる所なのです。」
とはいえ、若いわりには働き者で気だても良く、機転も聞く良い侍女だ、と鷹通は彼女を誉めた。
「何でぇー。せっかく、あいつらに良い土産話になるかと思ったのによ」
土産話?何故自分のことが、そんな話題になるのか鷹通には理解出来なかった。
「おまえの将来、あいつら心配してたぜ?そろそろ良い相手が出来る頃じゃないのかーとかさ」
「私は未だ…一人前には程遠いですから。」
鷹通の言葉を聞いて、天真はふう、と大きな溜息をついた。
頼久にしても鷹通にしても、まだ半人前だとか言って逃げているけれど、外から見れば十分過ぎるほど一人前だと思うのだが。
「無理に、早く身を固める必要もないでしょう。良い縁は、後々に訪れるかもしれませんからね」
「それ、相方に影響されてる?」
ニヤリと天真が笑うと、鷹通は笑顔を返した。
藤原という名を持つ家の男なら、そろそろ良い家柄の女性と縁を結び、跡継ぎを作ることが最善なのだろう。
実際、これまでに何度もそんな話は舞い込んできた。
しかし、それに踏み切れないのは、自分の未熟さもあるが…やはり近くにいる、本当の幸せを掴んだ彼らの存在のせいだろう。
出会いは早いか、それとも遅いか。
個人個人、その時期は多種多様。
彼が見つけた真実の出会いは遅かったが、自分もそうとは限らないのだが…きっと、その時が来れば、運命が気付かせてくれる。
それを待ちながら、自分を磨いて行くのも楽しい人生なのではないだろうか。
-----なんて、随分とのんびりした展望を抱くようになったものだ、と鷹通は自分を見てそう思った。
「鷹通さんも、きっと頼もしいお父さんになると思うけどなあ…」
髪の色と同じくらいに、明るい笑顔で詩紋が言う。
「買いかぶり過ぎですよ。友雅殿には…敵いません。」
「やっぱ、おまえもそう思ってんだ!」
名のある寺院か高級料亭のような、荘厳な庭の広がる藤原邸に、どっと賑やかな笑い声が上がった。
「私どもは、無事にお二人がお生まれになるのを見守っておりました。生まれたばかりの文紀殿と千歳殿を抱えて、友雅殿は安心したご様子で参られて。お二人を見つめる慈しみの表情は、それはもうお優しいものでしたからね。」
出産が終わるまでは、あかねの身と子供たちのことが心配で、いても立ってもいられず落ち着かなくて。
それらがすべて、滞りなく無事に済んだときに訪れた彼の幸福感は、あの表情に全て描かれていたと言って良いだろう。
「いろいろとお手伝いをする事も増えましたが…常にあかね殿とお子様方の事を考えて、の事ですから。本当に友雅殿は、ご家族の事を第一に考えていらっしゃいますよ。」
"子供たちを守ることが、父である私の仕事だから。"
彼らが生まれた時に、そう友雅は言った。
その言葉を、彼は間違いなく現実にしている。
あかねと、そして健やかに成長し続ける子供たちの笑顔を見れば、一目瞭然だ。
それぞれに対する愛情に包まれた、春の院。
だが、その想いが深い故の、募る切なさもまた存在する。
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