白雲の果て、春の雪

 第7話(2)
厨房から寝殿へと、友雅たちは場所を移動した。
寝殿と言えば主人のプライベートルームに使われたりするものなのだが、橘家ではあくまでも客をもてなす大広間として使用している。
目にも麗しい季節の花が咲き乱れる庭が、一望出来るのはこの場所であるし、それらは客の目を十分に楽しませる。
美しい景色も、客をもてなすアイテムのひとつ。
池の水面の輝きもまた、春から夏に掛けては眩しさと涼を運んでくれるものだ。

苦労の末に出来上がった淡雪かんと、あかねが庭の梅の実を漬けて作ったという、ほのかに甘い果実酒。
千歳と詩紋には冷たい蜜生姜水で、春の夕暮れのひと時を楽しんでいた。
「でもよー、さっきの話に戻るけどさ。俺らの服をどうするんだ?正装とか言っても、わざわざ作るのも何だろ?」
天真は、昇殿する際に着なくてはならない、自分たちの装束をどうするのかと友雅に尋ねた。
友雅や鷹通は昇殿する身であるから、ある程度の正装は常に用意しているだろう。
頼久やイノリもまた、殆どそんな機会はないかもしれないが、京に暮らしているのだから誂えても無駄ではないはず。
だけど、自分たちにはそんな機会はもう殆どないのだから、そのために作るのも勿体ない。
「そうだね。私の装束を貸してあげても良いのだけれど、君たちとはちょっと趣味が違うかな。」
「…おまえのは、何か派手そうで辛いわ」
というか、友雅はそういう華やかなものしか似合わないタイプとも言える。

「詩紋くんもねー…随分と背が伸びちゃったもんねえ」
「うん…身長だけは、結構伸びたけどね。」
あかねがしげしげと、千歳の隣にいる詩紋を見てつぶやいた。
「ほとんど天真くんと変わらないよね。土御門家になら、昔の装束とか残ってるかもしれないけど…もう合わないよね。」
あの頃は、自分とそんなに目線が変わらなかったのに、今じゃ少し見上げてみないと、澄んだ青い瞳は覗けない。

「だったら、私のものよりも、鷹通などの方が誂えも合うんじゃないかな。聞いてみようか?」
「あ、そうかもしれないですね。鷹通さんだったら、寸法もそこそこ似てるかもしれませんね。」
「まあ、鷹通ならな…。ただ、ちょっとお固い感じもしないでもないけど。」
こちらに来て、まだ鷹通には再会していないけれど、真面目な性格は相変わらずなんだろうな、と思う。
頼久は己の意志を無にするタイプだが、鷹通は意外と真っ直ぐな正義感を持っている。時には熱弁を振るうくらいのこともあるほど。
しかし、そんな風に間違いを正せる力と視野があるから、周囲にも認められて、徐々に官位も上がり出世しつつあるんだろう。

「じゃあ、明日にでも話を通しておいてあげるよ。彼の屋敷に行って、見繕ってもらうと良い。」
「おう。んじゃあ頼むわ。」
これで二人の分の正装は、なんとか事無きを得る事が出来そうだ。


再び外の方から、牛車の音が聞こえて来た。
「あ、兄様がお戻りになられたのよ、きっと」
千歳が立ち上がって、入口の方を見た。
文紀は、週に一度楽師の所へ笛を習いに行っている。
楽師とは言っても、既に隠居した身の者ではあるが、雅楽寮で長い間高い評価を得ていた人物だ。
雅楽寮は治部省管轄ということで、鷹通に紹介してもらい文紀を通わせている。

「本格的だなあ。まだ五つなのにいろんなこと習ってるんですね。」
あかねが千歳を連れて、文紀の出迎えに部屋を去って行ったあと、詩紋は彼らの後ろ姿を眺めながら言った。
「本人が興味あるみたいだからね。無理に教え込むのは問題だけれど、やる気があるなら親としては力を貸してあげなければね。」
文紀への弓も、千歳への琵琶も、最初に少しだけ教えてあげただけ。
そのあとは、彼らが自分から興味を示したから、時折手ほどきをしてやったり、あるいは知り合いの楽師に通わせたりしている。

「優しいお父さんだなー…友雅さんて。」
果実の酸味を含んだ酒を傾ける彼を見て、詩紋がにこにこ微笑んでいる。
「文紀くんや千歳ちゃんたちのこと、ちゃんと見てて。それで、好きなことをのびのびさせてあげて。それでちゃんと手助けしてるなんて優しいなあ。」
「そうかな?せっかく彼らがやりたい事があるのだし、出来ることがあれば手を貸してあげているだけなんだがね。」
友雅は自覚があまりないようだが、そんな風に見守るような優しい父の姿なんて、詩紋たちが住む現代じゃ、今や理想の父親像だ。
あれをしろ、これをしろ、と頭ごなしに押し付けるのでは、子供だって嫌気をさして反抗するだろうが、彼はまず、子供たちの興味のあるものを見つけてから、動いている。
文紀たちが奏でる素直な琵琶と笛の音色は、そういう友雅の存在から生まれるものなのだろう。
「何だか、今から将来が楽しみですね、文紀くんたち。立派な楽師とかお姫様になるんだろうなあ。」
あと五年もしたら、彼らは十五。
自分たちが京にやって来た時と同じくらいの年になる。

「それまで待っていてくれるとありがたいねえ、詩紋。」
「えっ!?」
出会った頃と全く変わらない、雅やかな笑顔を友雅は向ける。
「親としては、可愛い我が姫の初恋を黙って見過ごすのもね?」
「そ、そ、そんなこと言われてもーっ!!」
柔らかい髪を揺らして、目を丸くしながら動揺している詩紋の顔は、苺の実のように真っ赤に染まっている。
「なーにおまえ、マジに赤くなってんだよっ」
天真が笑いながら、詩紋の背中を叩いた。

「賑やかに何のお話をされているの?」
「え、あ、あっ…千歳ちゃんっ」
文紀を連れて戻って来たあかねたちが、再び部屋に現れた。
さっきと同じように、迷わず友雅と詩紋の間にすとんと腰を下ろした千歳は、顔が赤い詩紋の顔を不思議そうに見ている。
「どうなさったの?詩紋殿のお顔が赤いようですわ」
「あ、ううん…べ、別に何でもないよっ…」
父親によく似ている彼女は、瞳の輝きは母のあかねに似ているけれど、その眼差しは友雅譲りだ。どこか艶やかさがあって、意識すると変にどきどきしてしまう。

「くくく…両親公認だもんなあ?」
ちらりとあかねと友雅を見ながら天真が笑うと、二人もまた同時に笑顔で応えた。

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「明日にでもお二人のお召し物を、合わせてみた方がよろしいですわね。」
宴の話をすると、祥穂はそう言って子供たちの装いについて答えた。
成長の著しい年頃だから、寸法には常に気を使わなくてはならない。
とは言っても、袿や袴のようなものなら裾が長いから、背が伸びてもそれほど気にすることはない。
ただし、男児の場合は足を出すので注意が必要だが。
「はあ…当日はいろいろと用意が大変だな〜。正装と言ったら、やっぱり十二単ですもんねえ。」
周りは気の知れた人だけと言っても、藤姫と共に中宮も参ると聞いているし。
そうなれば、多分帝も顔を出すに違いないし。
となると、平装なんか出来る訳がないのだ。

「奥方様は如何なさいますか。やはり唐衣裳をご用意した方がよろしいですか」
「そうです…ねえ。でも、あまり重々しいのもアレなんで…。」
隣にいた友雅が、二人の間に割って入った。
「まあ、晴れの日用の袿を選んで、合わせれば良いと思うよ。私も別に束帯まで身につけるつもりはないし。ただ、あの子たちはね、中宮様に初めて御会いするわけだから、きちんとしないといけないと思うよ。」
「やっぱそうですよねえ。はあ…何回やっても、こういうのは大変だなぁ…」
子供たちのことを気に掛けてくれるのは、とても光栄なことではあるのだけれど、相手は何せ帝であるから緊張も半端じゃない。
昔ほどではないけれど、いざという場で失敗しないかどうか、と子ども達のことも自分のことも心配で仕方がないあかねだった。


「おーい友雅、ちょっとさぁ、これ何だ?」
天真が文紀と共に、いくつかの巻物を持ってやって来た。それは、友雅が持ち帰ってきたものだ。
「ああ、これはね…文紀たちに、ってもらったものだよ。色々な物語が書いてあるんだ。」
それらを持ってやって来た文紀を、友雅は膝に抱えて受け取った。
「唐の国の物語や、いろいろな言い伝えの話とか、たくさんあるんだよ。」
「母様が話してくださるようなお話ですか?」
「そうだね。でも、母様のお話の方が、ずっと面白いかもしれないけれどね。」
彼女は小さい頃に聞いたという話を、子どもたちが赤ん坊の時から、寝物語に話して聞かせている。
主人公は動物だったり、異国の姫君と王子だったり、または普通の商人や町人たちだったりと様々で、大人が聞いても興味深いものばかりだ。
そして文紀たちはそれぞれに、お気に入りの登場人物を見つけては、覚え書きをしたりして個々に楽しんでいる。



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Megumi,Ka

suga