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白雲の果て、春の雪
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| 第7話(1) |
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「父様、おかえりなさいませっ!」
厨房で待機していた千歳が、友雅の顔を見るなり駆け寄っていく。
そんな彼女に、友雅は優し気な目を向ける。
絵に描いたような、理想的な家族の風景……。友雅が、愛妻のあかねを抱きかかえていること以外は。
これじゃまるで、新郎新婦が新居に入るときみたいじゃないか。
「おまえさー…帰ったとたんに、ソレか!」
思わず天真が、半分あきれ顔で友雅に言った。
やっとの事で友雅はあかねを下ろしたが、だからと言って彼らの密着度は変わるわけでもなく。
左手で千歳をあやしながら、それでも右手であかねの肩を抱くのは止めない。
「今日はずっと、千歳に付き合ってくれて感謝するよ、詩紋。」
「あ、は、はい……お、お仕事…お疲れさまでした…」
あっけらかんとしている張本人とは違って、他人の詩紋の方は顔が赤面したまま治らなかった。
何せ、千歳にあれやこれやと聞いた話だけでもアレなのに、そこにこんな状態で二人が登場したとなれば、あまりに話の辻褄が合い過ぎて、創造力が豊かになり過ぎて困る。
仲の良いのは結構だけれど、そんな二人の姿は刺激が強すぎることもしばしば。
次にどんな行動をするのか?なんて考えて、どきどきしたりもする。
詩紋がそんなことを考えているなんて、全く気付いていないだろう友雅は、次に天真に目を向けた。
「そういえば、天真は土御門家の方に行ったらしいね。久しぶりの青龍同士の再会は、どんな気分だったのかな?」
「あ、うん…まあな…。久々だったもんだから、色々話したりしたけど。」
頭を掻きながら、彼は言葉少なに顔を背ける。
それはきっと、天真なりの照れ隠し。再会の嬉しさに対して素直にはしゃげない分、込み上げる想いを深く感じている印。
そう思えば、ぶっきらぼうな態度も微笑ましい。
帰りがけ、ついでだからと土御門家に立ち寄ると、天真がやって来たのだと頼久が話してくれた。
そんな頼久もまた、彼との思い掛けない再会を心から嬉しく感じたようで、静かながら笑みを浮かべる表情で、その想いは伝わって来た。
「じゃあ、頼久さんとイノリくんの方は、来てくれるって決定ね?」
「ああ。都合の良い日を見繕って、あとで連絡するって言ってたぜ」
これで二人は確定。
残りの三人は……と、皆の視線が友雅に集まる。
「鷹通と泰明殿も了解してくれたよ。永泉様は、今日の午後に昇殿する予定があるから、ということで主上が直々にお話しになって下さるそうだ。多分、大丈夫なんじゃないかな。」
「おおっ!じゃあ全員集合ってことだな!」
八葉全員が揃うなんて、何年振りの事だろう。
最後に集まったのは、確か子どもたちが生まれる時のこと。
あかね自身は産室に入っていたので、誰がいたかなんて分からなかったけれど、泰明と晴明が祈祷をしてくれて、産声が上がるまでみんな揃って見守ってくれていたらしい。
無事に出産が終えたあと、頼久も藤姫を連れてやって来てくれて………。
「あ、友雅さんっ!藤姫…はどうでした?」
大切なもう一人を思い出した。藤姫は…彼女はやはり無理だったのだろうか。
だが、友雅がすぐに笑顔を見せてくれたのは、良いしらせがあるからだった。
「主上にお話をしたら、そういう事なら遠慮なく、とおっしゃってくれたよ。そのあと藤壷に伺って、藤姫殿からも直接良い返事を頂いた。ちゃんと、みんな集まれるよ。」
「うわあ、良かった!やっぱり藤姫も仲間だもんね!」
思わず詩紋が、真っ先に喜びの声を上げた。
土御門家で過ごしている間に、いろいろなことで世話になるばかりだった自分。
時にはイノリとの確執や、この外見のことで落ち込んだりしていた。
そんな時、あかねと共に彼女がいつも慰めてくれて、励ましてくれた。
おかげで少しは、成長するきっかけを作れたような気がする。もう一度会えたなら、改めてあの時の礼を言いたいと思っていたのが、これなら叶いそうだ。
「というわけで…全て滞りなく宴を開ける事になったのでね。皆、正装を用意しておくようにね。」
…………正装?
急に友雅が口にした言葉を聞いて、おそらく全員の頭の中にクエスチョンマークが浮かんだだろう。
正装と言うのは、つまりフォーマルな装いということ。
だが、そんなことまで気にするような間柄の集まりではない。
久しぶりに会うとはいえ、気の知れた仲間同士の…内輪だけの宴なのだし。
「あかねは勿論、千歳や文紀の装いもきちんとしたものをね。天真と詩紋の分は、どうしようかねえ…」
「いやいや!友雅、そんなん別に良いじゃんか、普段着でさ。別にかしこまった面々が集まるんじゃないんだしさ」
そんな…みんな揃って帝の御前に出るわけでもないのに。
と、天真は思っていたのだが。
「まあ、そうなんだけども、昇殿するとなると…やはり正装は心掛けないと。」
「……はぁ!?昇殿って…内裏に上がるってのか!?」
友雅から予想もしない返事が転がってきて、天真たちはその状況が読めなかった。
それはあかねも同じで、宴を開くのに何故わざわざ昇殿する理由があるのか、考えても思い付かない。
しかし、友雅の次の言葉で全てが明らかになった。そして、その場にいた全員が驚きの声を上げた(よく分かっていない千歳は除いて)。
「主上の御厚意で、宴は内裏内の仁寿殿で行われることになったんだよ。」
「ええっ!?だ、内裏で宴を!?」
知り合いだけの、内輪的な宴のはずじゃなかったのか?
てっきり、ここに集まって気軽なひととき…というのを思い描いていたのに、それが何故、どこでどうなって内裏で開催することになってしまったんだろうか。
「藤姫殿がいらっしゃるだろう。それなら、彼女がわざわざ外に出なくても済むように、仁寿殿を使ってはどうだろうか、と主上がおっしゃったものでね。そういうことになったよ。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って、友雅さん!ホントにそんな事…良いんですか?」
慌てながら友雅の手を掴んだあかねが、彼の顔を見上げる。
「主上の御厚意だからね。無駄にするのはかえって失礼だろう?それに、場所は場所でも集まるのは、気の知れた者ばかりだから大丈夫だよ。」
友雅はそう言うけれど…緊張しないわけにはいかない。
何度か昇殿の経験があるあかねでも、そのたびにどきどきして落ち着かないのに、天真や詩紋など皆無に等しいのだ。
「それにね、中宮様が千歳たちに会いたいと申されているんだよ。」
「中宮様が……?」
千歳の身体を抱きかかえると、友雅がそう答えた。
中宮と言えば、藤姫の姉のことか。今は同じ藤壷で暮らしているというが。
「まだ二人に会った事がないから、という事でね。そういうこともあって、是非仁寿殿で…と言う事なんだ。」
「あ…そういえば、中宮様の前にはお連れしたことなかったですね…」
友雅が片腕で軽く抱えられるほどに、まだ小さな子どもではあるけれども、既に彼らは数回昇殿の経験がある。
生まれて間もなくの頃、是非顔を見たいとの帝に言われて昇殿したのが、最初。
その後、ちょっとした祝い事や私的な宴などの際に、直接帝から声が掛かって内裏に上がることが数度。
今や内裏の女房・女御たちは、次に彼らが姿を見せるのはいつかと、その時をわくわくしながら待っている。
「すごいねえ…千歳ちゃんたち。そんなに小さい頃から、主上の前に何度も出てるなんて。」
思わず詩紋は、感心しながら友雅に抱えられている幼い姫君を見て溜息をつく。
「主上に言われては、仕方がないからねえ。生まれたばかりの頃なんて、主上の御顔に手を出すわ、内侍から離れないわで、次にどんな粗相をするかとひやひやしていたよ。」
「まあっ!そんな覚えもないことを言われても、千歳はどうしようもありませんわっ!」
ふっくらした頬を更にふくらませて、不服そうに父の肩を何度かぽかっと叩く。
それを見ながら、あかねもまた思い出し笑いをしながら千歳を見た。
「だって、あなたホントに落ち着きなかったのよ?今でも、それはあまり変わらないけど。」
「母様までっ!今はそんなことしませんわっ!去年の桜の宴では、きちんとご挨拶出来ましたものっ!」
今度はあかねの方を向いて、きらきらした目でむくれる彼女。それもまた、純真無垢で愛らしくて。
これ以上ご機嫌ななめになっても困るから、友雅は千歳の背中に手を回して、そっと柔らかい頬に唇を寄せた。
「大丈夫、千歳は毎年ちゃんと大人になってるからね。あと三年もすれば、そりゃあ綺麗な姫君になるよ。」
「また、そうやって甘やかすー」
父にあやされて、あっさり機嫌を直し掛けた千歳を見ながら、呆れつつも笑いながら二人を見てあかねが言うと、そんな彼女を見て友雅が答えた。
「少しくらい元気な姫君の方が、魅力的なものだからね。少なくとも父様はそんな姫君が大好きだから、いずれ千歳もそんな女性になるよ。」
友雅にそう笑いかけられて、千歳は満足そうににっこりと笑った。
そんな親子を遠目で眺めながら、天真がぽつりとつぶやく。
「あのさあー…おまえさー…遠回しな言い方してるけどさあー、誰のこと言ってるかバレバレなんだけど。」
もちろんそれは、友雅自身が実体験で味わった感情。
ただ綺麗なだけの女性じゃなくて、輝くばかりの命を持った、鮮やかな姫君。
「明るくて素直で元気で、素敵な女性にきっと千歳はなれるよ。ちゃんとその人の血を受け継いでるんだからね。」
「だからさー、それノロケのつもりかぁ?」
友雅は何も答えなかったが、片方の手であかねを引き寄せて微笑んだ。
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