白雲の果て、春の雪

 第6話(3)
形になった淡雪かんを、一口サイズの賽の目切りに分ける。
まずは味見を…と、苦労を共にした者全員が、一斉に口の中に放り入れた。
「ん!大成功だよねっ!あかねちゃん!」
「ホント!こっちでは初めて作ったけど、ちゃんと出来て良かったあ〜」
寒天液と混ざり合ったメレンゲは、柔らかい舌触りと閉じ込めて固められている。
「まあ、俺の手助けのおかげだ、な?」
「天真サマサマ〜!」
賑やかな笑い声の中で、初めて口にするそれの味わいに、千歳は不思議そうな顔をして指を舐める。
「どう?千歳ちゃん美味しかった?」
「甘いふわふわが、口の中ですーっと溶けてしまいますのっ!さっきまで固かったのが、すーっと消えてしまいますのよっ!?」
大きな瞳を輝かせて、なめらかな舌触りに驚きの声を上げる。
現代で育ったあかね達には、何かしらで似たようなものを口にしたことはあったから、それほど珍しいものという気はしないのだけれど、千歳にとっては生まれて初めて味わう、新感覚の食べ物に思えるのだろう。

「詩紋殿っ!このままにしておいても、溶けてしまわないのかしらっ!?」
「あ…寒天だから、一度固めれば多分大丈夫だと思うよ」
それを聞くと、千歳は振り返ってあかねを見上げた。
「父様と兄様にも召し上がって頂きたいわ!きっと驚かれると思うのっ」
「はいはい。もちろんみんなに食べてもらうようにって、ちゃんと量を計って作ってあるから大丈夫よ。夕餉の時に、父様や文紀や…祥穂さんたちにも召し上がってもらいましょ。」
皆が揃うそれまでは、水瓶に浮かべた器の中で冷やしておくことにした。


車宿の方で、物音がした。
「父様がお戻りになられたみたいよ、母様!」
外は未だ陽が高く、夕方というにも早い時間ではあるが、今朝は随分と早く出掛けたようだったから、帰宅もその分早いのだろう。
それか、早めに帰って宿直に再び出掛けるか…。
武官というものは、なかなかに多忙
な仕事らしい。
以前の友雅なら適当にやり過ごしていたようだが、大将となれば彼一人しかいない立場である。交替もあまり出来ないだろう。

友雅を出迎えるために、あかねが入口へ向かうために厨房から上がると、そのあとを千歳が着いて行こうとする。
そんな彼女の小さな手を、急に天真が軽く引き止めた。
「何を致しますの?天真殿」
くるりと振り返ってこちらを見る千歳に、彼はかがんで耳うちをする。
「父様と母様の邪魔はするもんじゃねえぞ?」
「私、邪魔など致しませんわっ」
「ダーメダメ。"いってらっしゃい"と、"おかえりなさい"のちゅーの邪魔はするもんじゃねえの。」
にやっと笑って言う天真の顔を、千歳はぽかんとして見ている。

「ちゅー…接吻の事ですの?そんな事まで気にしなくてはならないの?」
「当たり前だろー。仲良くちゅーちゅーするんだぞ?おまえも言っただろ、夫婦そろって仲良くしてるときは、割り込む機会を見るのが大切だって。」
初めてその話を聞く詩紋は、二人の会話に顔を赤らめている。
だが、千歳の方は至って冷静で、動揺など全く無関係と言った感じだ。
そして、二人に向かってあっさりと答える。
「…だって、父様と母様の接吻なんて、いつもしていることですわ。気にしていたら切りがないですもの。」
詩紋の顔は更に赤くなり、天真は思わず硬直する。
それでも千歳は普通と変わりなく、はきはきと言葉を続ける。
「私たちがいたって、祥穂たちがいたって、父様と母様は一向に構いませんのよ?これは仲良しの証なのだから、って言われるわ。」
はあ…と天真は頭を抱える。
今朝方、あかねをからかったりしてみたが…こりゃあ本当に西洋かぶれというか、やはり頭に"バ"を付けて呼んでやった方が良いんじゃないだろうか。
今は自分たち客人がいるから、これでも控えているのかもしれない。
となると、日常的にはどんな生活スタイルをしているんだ、あの二人は…。

と、そこで天真は、先日千歳が言っていた事を思い出した。
「ちょっと待て。じゃあおまえさ、機会を見る時ってのはどーいう時のことを言うんだよ?」
"例え夫婦であっても、男女が仲睦まじくしているときは、様子を見て立ち入る機会を待たなくてはならない"…とかなんとか。
大の大人でも気恥ずかしいことを、五つの少女がさらりと当然のように言う。
「そうね、抱き合って接吻している時は、邪魔をしてはいけないのです。それと、父様と母様が寝所について、床を共にされたら…お部屋には近寄ってはいけないって言われてますの。」
さすがの天真も、話を聞いていたら気恥ずかしくなってきた。
詩紋は、黙って(というか言葉も出ないという言い方が正しい)顔を赤くしているだけだし。
まあ、こんなことを教え込むと言ったら…大体予測はつくけれども、一応聞いてみる(好奇心も手伝って)。

「おーい…誰にそんなこと仕込まれたんだよ〜…」
「父様よ。それと、祥穂にも言われたわ。床に着かれた男女の邪魔は、してはならないのですって。理由はよく分からないけれど、愛情の確認をする大切な儀式があるからって。」
……オイオイ…こいつらまだ五つだろっ。こんなチビにそんなことを教えんなよ、アイツー!
進歩的なのか古風なのか。ここ橘家の空気はあきらかに普通とはちょっと違う。
だが、それが彼らにとっての幸福であるということなら、ここは大目に見てやるしかないか…と天真は思った。


「おかえりなさい、友雅さん。お勤めご苦労様でした。」
玄関を潜ると、真っ先に出迎えてくれるのはあかねの笑顔だ。
「ああ、出迎え有り難う。……おや、今日は小さな姫君のお出迎えは無し?」
「え?あれ…?」
友雅に言われて、辺りをきょろきょろ見渡してみるあかねだが、その視界に千歳の姿はない。
いつもなら自分の隣に着いて来て、父の帰りを出迎えに来るはずなのに。
「どうしたんだろう、あの子。まだ厨房にいるのかな。ちょっと呼んで来ますね」
その場であかねは振り返り、もう一度奥へと戻って行こうとしたが、即座にその手を友雅に掴まれて引き止められた。
「わざわざ呼びに行かなくても良いよ。こちらから顔を出してやれば良いさ。」
「そうですか?じゃ、いいか…」
言われるがままに立ち止まり、その場で足を止める。
だけど、彼は手を離そうとしない。

「じゃあ改めて、いつもの"おかえりなさい"は?」
もう片方の手をあかねの腰に回して、顔を極限まで近付けてくる。
一瞬かすったお互いの鼻先に、声もなく笑って目を閉じる彼女の唇に、自らの唇を重ねた。

触れる唇の暖かさは、抱きとめている彼女が幻ではない証だ。
そう、彼女はここにいる。
自分が手の届く場所にいるのだと、何度も繰り返し考える。
目の前から消えるなんてこと、有り得ない。
絶対にそんなことは-----ない。

つんつん、とあかねの指先が肩を突く。
「友雅さん、ちょっと度が過ぎますよ。まだまだ陽は明るいんですからね。」
少し濡れた唇を離して、かすかに染まった頬をちらつかせながら言った。
「誰も見ていないんだから、少しくらい羽目を外しても良いだろう?」
「ダメですよ。今はお客さんだっているんですから--------」
口では咎めるようなことを言っても、決して突き放す仕草を彼女はしないから、ついそれと反対のことをしたくなる。
もう一度軽く唇を押し付けても、抗わずにそのまま受け止めてくれる。
だから、もう少し求めたくなってしまうのだ。
その唇も、彼女の存在すべてを。

「…も、もうおしまいです!早く戻らなきゃ、ホントに変な誤解されちゃうっ!」
「誤解?どういう風に誤解されるのか、逆に知りたい気もするけど。」
「またそうやって、おかしな返し方するんだから…っ!」
少なくとも、多分天真にはお見通しなんだろうなぁ、とあかねは思う。それがまた、嘘じゃないから誤摩化すのが難しい。
「まあ、理由はどうあれ、可愛い若姫の顔を見られないのは心細い。そろそろ奥へ行こう。」
「そうですよ、早く行かなくちゃ……って、何をするんですかっ!いきなり!」
急にふわりと身体が浮かんで、小袖の裾から覗く素足が宙を舞う。
軽々と抱き上げられたあかねの身体は、友雅の腕で支えられて、その胸の中へ閉じ込められる。
「こ、こんなカッコで中に入るつもりですかっ!?」
「別に恥ずかしがることないよ。あの子たちに見られたところで、いつものように、両親の仲の良さを体感するだけだよ。」
「でもっ、て、天真くんとか詩紋くんとか〜っ!」
赤の他人がいるのを、分かっているんだろうか。
祥穂をはじめとする侍女たちや、乳母や従者などの家人もいるが、彼らは日常を知っているから今更だろうけれど…。

「久しぶりなんだから、思いっきり見せつけてるのも面白いと思うんだがねえ?」
「み、見せつけるどころかっ…からかわれるのがオチですってばー!」
と、どぎまぎして身体をばたつかせるあかねを、友雅の腕がぎゅうっと強く抱きしめた。

「こうして、抱いていたいんだ。頼むよ。」
囁くような細い声が耳をくすぐり、びくっとした瞬間にもう一度唇を塞がれて。
そのまま、何もなかったかのように友雅は歩き出した。
もちろんその腕に、あかねを抱えたままで。



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Megumi,Ka

suga